このプロセスは、本当の意味で差別化できると思う。

中村淳ニさん
■略歴
1992年に中途採用で入社。営業を経験し管理(人事)に異動後、技術兼務で現取締役。

 

風土改革を始めるまでの経緯を教えてください。

磯輪が社長就任前に柴田さんの本を読んで、その風土改革の真髄にふれ、「中村くん、スコラさんが主催する会に一緒に参加しよう」と声をかけてくれたところから第一歩がスタートしました。

その後、ISOWAの風土はどうすればもっと良くなるのかと考えた結果、「社員からオフサイトミーティングを体験したいと言ってもらうようにしよう」ということになり、2001年の80周年記念パーティで行なった柴田さんの講演を特に熱心に聞いていた技術部の社員に声をかけました。

彼は「部署を変わりたい」「会社を辞めたい」と言っていた人間です。その意思を確認し、彼を発起人として風土改革がスタートしました。

風土改革について、社内からどのような意見がありましたか?

「オフサイトミーティングをやって、何のためになるの」と疑問視する声や「難しいことをやるよりも『右向け右』で動く組織のほうがいい」という意見、「勉強会にお金をかけるのか」といった予算についての厳しい意見がありました。最初の船出は本当にたいへんでした。

中村さんは、風土改革にどのように関わられたのでしょうか?

当初は、ほぼすべてのオフサイトミーティングに顔を出していました。ただ、成果を出して表舞台で拍手を浴びる主役は風土改革に取り組む社員で、私の役割は、彼らが風土改革に取り組みやすいような環境をつくることだと考えており、「中村さんのおかげでやりやすい」と言ってもらえるようにサポートしてきました。また、私は社長を支えつつ、ともに歩んでいく立場でしたので、「褒めるのは社長、叱るのは私、そして一緒に笑う」というように、磯輪とは違う役割を担うことを心がけていました。

風土改革導入後、会社はどのように変わっていきましたか?

まず、社員が「そもそもを考える」ことを大切にするようになりました。前世代が経営をしていた右肩上がりの市場拡大時には、トップが全知全能の神のような存在で、海外戦略の構築から、それこそ消しゴム一個の購入まで指示していました。

そのほうがスピードにつながったからです。しかし、時代は大きく変わりました。また、以前は違う部署の社員同士が仕事について本音で話をすることは少なかったのですが、今はお互いが真摯に向き合って対話しているようすを見ることが多くなりました。

無口だった社員が喋るようになり、無表情だった社員が笑顔になり、社内の雰囲気が良くなっています。

具体的なところでは、私が入社した1992年の頃と比べると、工場が変わりました。当時、工場は整理整頓や掃除がされておらず汚かった。

「右を向け」と指示すると、左を向くような反抗的な人がいましたし、中にはタバコを吸いながらボルトを締めているような人がました。

そんな状態ですので、労災事故が頻発していたのですが、今はもう工場内はクリーンですし、労災事故は激減しています。

風土改革によって得られた成果にはどのようなものがありますか?

2000年に、ある大手企業様から「大きな段ボールを生産できる印刷機を開発してほしい」というご要望をいただきました。

それに応じるには、特別な仕様の機械を開発する必要があり、大きなリスクもあります。受注した結果、数千万円の赤字を出しました。

その7年後に、この案件と類似するご要望を別の企業様からいただました。「今回もまた同じ結果になるのではないか」という反対意見がある中で受注したところ、結果として数千万円の利益を出すことができました。

成功した理由は、以前とは違って各部署が連携し、課題点を潰していくことができたからだと分析しています。

2014年に戦略言語化ミーティングがスタートしました。中村さんの視点から経緯を教えてください。

2010年に「業務のど真ん中で風土改革の成果を出す」という方針が発表されました。先に述べたような業績につながる成果が積み重なったことが一因だと考えています。

この方針についてオフサイトミーティングで議論をした結果、1年後の2011年には「ISOWAは止めません、止まりません」という会社の軸足を共有できました。

この目標についても何度も議論を重ねました。私も議論に参加し、 「サービス(メンテナンス)がISOWAの収益の柱になったり、そこだけに議論の焦点が集中したりするとバランスがおかしくなるのではないか」といった議論の方向性を質すような意見を述べました。

そして、 「お客様の立場に立って収益を含めた価値を止めないことがISOWAの仕事である」という考えが出てきた頃には、オフサイトミーティングの参加メンバー間で、この目標がISOWAの戦略に変化しており、それを受けて、2014年に戦略言語化ミーティングがスタートしたのです。

このようなプロセスを経て出てきた戦略を、私は、本当の意味で他社と差別化できる戦略だと理解しています。 なぜなら、ISOWAの理念にもとづいた、他社には絶対に真似できない戦略だからです。

単に似たような機能を持つ機械なら他社でも開発できるかもしれません。しかし、サポートやメンテナンスを含めてトータルで考えると、他社では真似ができないのです。

今後は、「同じ物なら安いほどいい」というお客様ではなく、そういったことに価値を感じていただけるお客様に、ISOWAの機械を購入いただきたいと考えています。

今後についてはどのようにお考えですか。

理念経営を進めていきたいと考えています。他社と同じような機械を開発していたら、待っているのは、価格競争です。差別化するには、理念を判断の軸として戦略を進め、成功事例を一つずつ積み重ねることが必要だと考えています。

問題を早く解決する、お客様のご要望に応じるといったことは大切ですが、理念にもとづいて「それは本当にやるべきなのだろうか」と考えたり、お客様のために提案できたりする企業になることを重視しています。

理念経営の求心力となる言葉を大切にしながら、お客様からの賛同を得られるようにしていきたいです。