複雑で確実性が低い現代において注目されているネガティブ・ケイパビリティは、ビジネスだけでなく、日常生活や人間関係においても役立ちます。 このページではネガティブケイパビリティとは何か、その意味や具体的な内容を紹介していきます。そして、どのようにネガティブ・ケイパビリティを身につけられるのかについて、例を交えながらわかりやすく解説します。
INDEX
ネガティブ・ケイパビリティの定義をわかりやすく
ネガティブ・ケイパビリティの定義とは、「どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力」を指します。あるいは「性急に証明や理由を求めずに、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいることができる能力」を意味します。
これは、「早急に証明せず、理由も求めずに、不確実さや不思議さのままにいることができる能力」とも表現されます。簡単に言うと、すぐに「わからない」を「わかる」に変えたり、問題に白黒つけたりするのではなく、答えの出ない状況に耐える力のことです。
ネガティブ・ケイパビリティという言葉は、1817年にイギリスのロマン派の詩人ジョン・キーツが弟達への手紙の中で初めて使った造語です。
その中でネガティブ・ケイパビリティは、シェイクスピアが持っていた能力、詩人に必要な能力として述べられています。それは「答えを急いで見つけようとせず、分からなさの中に留まっていられる力」、さらに「自分の考えや気持ちを消して、想像によって他者の中へ入っていける共感力」と提唱されました。
ここで述べられているネガティブ・ケイパビリティには、4つの要素があります。「答えを急いで求めないこと」、「わからない状態にとどまること」、「自分の考えや気持ちを消すこと」、「他者の中に入って共感すること」です。
外部から入ってくる刺激や情報を受け止め、分からないという状態を保つことによって、他者の目から見た世界が感じ取れるようになります。その共感する他者の領域が拡がっていくと、自分の枠組みが解き放たれ、多様な視点や考え方ができるようになります。それはひらめきや創造力とも呼ばれるものです。
その後精神科医のウィルフレッド・ビオンが概念に注目して、重視しました。
ネガティブケイパビリティとはどのような能力か
ネガティブ・ケイパビリティの能力とは、「不確実性や曖昧さを受け入れる能力」のことです。 答えがすぐには見つからない状況や、矛盾をはらんだ状況に直面した際に焦ったり、不安になったりせず、その状態をそのまま受け止める力を意味します。 ネガティブ・ケイパビリティは心理学の分野でも注目されており、決して消極的な意味合いではなく、むしろ安易に結論に飛びつかず、深く思考を続けるための能力と捉えられています。
ネガティブケイパビリティが注目される背景
ネガティブケイパビリティが現代社会で注目される背景には、社会やビジネス環境の複雑化があります。 現代は「VUCA」、つまり変動性(Volatility)、不確実性(Uncertainty)、複雑性(Complexity)、曖昧性(Ambiguity)の時代と呼ばれており、将来の予測が困難になっています。 こうした状況では、過去の経験やマニュアルが通用しない問題が増え、すぐに正解が見つからない事態に直面することが多いです。仕事においては、新規事業の立ち上げや市場の変化への対応など、不確実な状況での意思決定が求められる場面が増えています。 また、医療や看護、教育、福祉といった分野でも、マニュアル通りにはいかない複雑な問題や、すぐに答えの出ない状況に対応する力が重要になっています。さらに環境問題や人権問題など、一朝一夕には解決できない課題が山積になっていることも、ネガティブ・ケイパビリティが必要とされている理由の一つです。 他に予測が困難な出来事の例として、「多様性の尊重による利益相反や矛盾」、「新型コロナウィルスなどの感染拡大」、「AIをはじめとする技術革新」、「日本における人口減少・少子高齢社会と働き方・学び方の変化」などがあります。 日本は寿命や働く期間が延長していく中で、長期にわたり、このような環境変化に対応していくことが求められています。
ポジティブ・ケイパビリティとの違い
ネガティブケイパビリティと対になる概念にポジティブ・ケイパビリティがあります。 ポジティブ・ケイパビリティとは、「すぐに答えを出して、阻害要因から脱出する力」を意味し、問題を特定して、効率的に解決することを重視する能力のことです。 つまり、ポジティブ・ケイパビリティは、できるだけ曖昧さを排除し、問題を単純化し、早く成果につなげることが重視されるということです。 これは、学校教育などで培う「いかに早く、正確に問題を解決できるか」といった能力に該当します。そのため、ネガティブ・ケイパビリティと比較すると、前例や既存の知見による予測と準備はしやすいといえます。 一方、ネガティブ・ケイパビリティは、すぐに答えを出さずに曖昧な状況に耐え、不確実性や未知を受け入れる力を指します。ポジティブ・ケイパビリティが明確な目標に向かって進む力であるのに対し、ネガティブ・ケイパビリティは、答えのない状況で立ち止まり、深く思考する力のことです。 どちらかが優れているというものではなく、両者は補完関係にあり、状況に応じて使い分けること、あるいは両方のバランスをとることが重要です。
ネガティブケイパビリティの具体的な例
ネガティブケイパビリティは、ビジネスや日常生活など様々な場面で見られます。 例えば、ビジネスにおいては、新規プロジェクトで予期せぬ問題が発生し、すぐに解決策が見つからない状況に直面したとします。その際、焦って不確実な情報に基づいて意思決定するのではなく、まずは原因不明の状態を受け入れます。その上で、多角的にじっくりと情報を収集・分析し、最適な解決策が見えてくるまで、粘り強く取り組む姿勢が重要です。この状態こそネガティブ・ケイパビリティを発揮している状態と言えます。 人間関係においては、相手の言動の真意が理解できず、もやもやとした気持ちを抱いたとします。その時に、すぐに決めつけたり、感情的に反応したりせず、相手の立場や背景を想像し、曖昧な状態をそのまま受け入れます。その上で、対話を続けることで、より深い理解につながることがあります。 また、自身のキャリアにおいては、将来が不透明で、どの道に進むべきか迷っているとします。その場合にすぐに結論を出さず、様々な可能性を模索しながら、自分にとって、本当に大切なものは何かを時間をかけて見つめ直すことも、ネガティブ・ケイパビリティの実践と言えます。 これらの具体例のように、すぐに答えが出ない状況でも不安にならず、その状態に耐えることで、新たな視点や創造的な解決策が生まれることがあります。
ネガティブケイパビリティを身につけるメリット
ネガティブ・ケイパビリティを身につけるメリットとしては、不確実性の高い現代において、個人だけでなく、組織にとっても多くのメリットがあります。 答えのない状況に耐えることで、感情に振り回されず、冷静に物事を判断できるようになったり、既存の枠にとらわれない柔軟な発想や創造性が生まれる可能性があります。 また、困難な状況に直面しても、諦めずに粘り強く取り組むことで、変化への適応力やレジリエンス(困難から回復する力)が高まります。 このように多様な視点から物事を捉えられるようになることも、ネガティブ・ケイパビリティの重要なメリットといえます。
感情を適切に管理する力
ネガティブケイパビリティを身につけることで、感情を適切に管理する力が養われます。不確実な状況や予期せぬ問題に直面した際に、不安や焦りといった感情に圧倒されることなく、冷静さを保つことが可能になります。答えがすぐに出ない状況でも感情に流されず、理性的に状況を分析し、忍耐強く問題に取り組むことができるようになります。これは、ストレスの多い現代社会において、心の健康を維持し、前向きな姿勢を保つためにも非常に重要です。感情をコントロールできることで、衝動的な判断や後悔につながる行動を避けることができます。
柔軟な発想力と創造性
ネガティブケイパビリティは、柔軟な発想力と創造性を育てる上で重要です。 答えの出ない曖昧な状況に意識的に留まることで、既存の知識や枠組みに捉われず、多角的に物事を捉えることができます。 また、すぐに結論を求めず、様々な可能性を探求する姿勢が斬新なアイデアや創造的な解決策を生み出すきっかけとなります。特に、まだ世の中にない新しいものを生み出す際には不確実性を受け入れ、未知の領域に踏み出す勇気が必要です。 ネガティブ・ケイパビリティが高い人は、固定観念に縛られず、常に新しい視点やアプローチを模索する傾向があります。
困難からの回復力(レジリエンス)
ネガティブケイパビリティは、困難からの回復力であるレジリエンスを高めることにつながります。 レジリエンスとは、逆境や困難にぶつかった時にしなやかに立ち直り、状況に適応する力のことです。 ネガティブケイパビリティを高めることで、予期せぬ問題や失敗に直面しても、それを悲観的に捉えすぎず、現実を受け入れ、そこから学びを得て、次に活かすことができるようになります。答えが出ない状況や困難な時間を耐え抜くことで、精神的な強さが培われ、ストレス耐性も向上します。 これにより、困難な状況下でも心の平穏を維持し、前向きな姿勢で、問題解決に取り組むことができるようになります。
多角的な視点を持つ
ネガティブケイパビリティを高めることで、物事を多角的に捉える視野が拡がります。 曖昧な状況や理解できない事柄に直面した際に一つの側面だけでなく、様々な角度から状況を観察し、多角的な可能性を考慮する習慣が身につきます。 これは他者の意見や異なる価値観に対しても、柔軟な姿勢で向き合うことにつながります。また、固定観念に縛られずに、柔軟な思考を促します。 結果として、複雑な問題の本質を見抜いたり、より良い解決策を見つけ出したりする能力が高まります。
ネガティブケイパビリティを発揮している人の特徴
ネガティブ・ケイパビリティを発揮している人にはいくつか特徴があります。 まず、不確実な状況や未知の課題に直面しても、すぐに答えを出そうとせず、焦りや不安に流されることはありません。落ち着いて状況を観察し続ける忍耐力があります。 また、自分の感情を適切にコントロールし、困難な状況でも感情的にならず、理性的に対応することができます。 そして、物事を多角的に捉える柔軟な思考を持ち、一つの考えに固執せず、様々な可能性を検討することができます。 さらに、他者の意見も聴き、異なる価値観を受け入れる寛容さも持ち合わせています。 これらの特徴は、変化の速いビジネスの現場において、リーダーシップを発揮することにつながります。つまり、答えのない状況でも冷静さを保ち、多様な意見をまとめる力は、チームを安定させ、最適な意思決定をしやすくなります。
ネガティブケイパビリティを鍛える方法
ネガティブ・ケイパビリティは、鍛えることが可能です。 研修やワークショップなどにより、ネガティブ・ケイパビリティに関する理解を深め、具体的なスキルを学ぶことも有効です。その際はすぐに答えを求めず、不確実な状況や曖昧な状態に意図的に留まる練習をすることが重要です。 これにより、未知の事態に対する耐性を高め、感情に流されずに冷静に物事を捉える力を養うことができます。 また、自身の内面に意識を向け、思考や感情を客観的に観察する習慣をつけることも効果的です。 さらに、多様な価値観や考え方に触れる機会を増やし、自身の視野を拡げることも、ネガティブケイ・パビリティを高める上で重要です。
状況を冷静に受け止める
ネガティブ・ケイパビリティを鍛えるためには、まず目の前の状況を冷静に受け止める練習が必要です。 困難な問題や未知の事態に直面した際にすぐに解決策を探したり、感情的に反応したりするのではなく、一度立ち止まり、現状をありのままに観察する意識を持つことが重要です。 「分からない」という状態を否定的に捉えず、むしろその状態を受け入れる勇気を持つことです。これにより、焦りからくる安易な判断を防ぎ、より良い解決策を見出すための時間を確保できます。
自身の思考や感情を観察する
ネガティブ・ケイパビリティを鍛える上で、自身の思考や感情を客観的に観察する習慣は有効です。 例えば、講師などからマインドフルネスなどを学び、実践することで、「今、自分はどのように感じているのか」、「なぜこのように考えているのか」といった自身の内面を問いかけ、自分の心の動きを冷静に見つめます。これにより、感情に振り回されずに、状況を判断する力が養われます。 特に答えの出ない状況に直面した際に、湧き上がる不安や焦りといった感情を自覚し、その感情に飲み込まれずに「分からない」状態を維持する練習をすることが重要です。
多様な価値観に触れる
多様な価値観に触れることは、ネガティブ・ケイパビリティを鍛える上で重要です。 異なる文化や考え方を持つ人々と交流したり、普段読まない分野の本を読んだりすることで、自身の固定観念に気づき、物事を多角的に捉える柔軟性が養われます。 自分の常識が全てではないと理解し、多様な視点を受け入れることで、複雑な問題に対しても柔軟な発想で向き合えるようになります。 意見が異なる相手との対話も多様な価値観に触れ、自身の視野を広げる有効な手段です。
対話の実践
対話の実践は、ネガティブ・ケイパビリティを高めるために有効です。 他者と対話をすることで、自分とは異なる意見や視点に触れる機会が増え、それらを理解しようとすることで、多様な価値観を受け入れる寛容さが養われます。 特にすぐに答えが出ない問題や、意見が対立するような状況での対話は、曖昧な状態に耐えつつ、相手の真意を理解しようとすることにつながります。 対話を通じて、自身の考えを深め、相手と相互理解を深めるプロセスは、不確実性の中でも新たな可能性を見出す力が高まります。
【参考書籍】
あえて答えを出さず、そこに踏みとどまる力‐保留状態維持力対人支援に活かす ネガティブ・ケイパビリティ 田中 稔哉(著)
より深く学びたい方には下記の書籍もオススメです。
ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力 (朝日選書) 帚木蓬生(著)
