組織風土の日 2025 - 風土改革・組織開発・対話ならスコラ・コンサルト

無関心、あきらめは社会を冷たくする。

仕事の中にも「その先で社会が良くなる」見方とActionを。

年末恒例の流行語大賞2025に「企業風土」がノミネートされたのには驚きました。たしかに年初からテレビ業界に大激震が走る大スキャンダルがありましたが、マウスイヤーと言われて久しい時代の変化の早さ。今年前半のことなど1、2年前ぐらいの感覚です。政治や経済のリードで社会はどんどん変わっていきますが、そのスピードに生身の人間が追いつかなくなっているのが今世紀。風土課題には、つねに等身大の自分たちの戸惑いや足踏み状態が現れる、というのが実感です。

2025年〈組織風土の日〉は、私たちの風土改革支援の「その先で社会が良くなるのか?」を問い直してみたいと思い、改革現場に密着しているプロセスデザイナーを中心に「肌で感じる風土課題」について聞いてみました。言うに言われず職場でモヤモヤしている方は、12の課題で少しだけ発散していただけたらと思います。

課題とあわせて「現実的な打開の糸口」も取り上げていますので、ぜひ参考にしてみてください。

 

【風土課題】世代・立場に偏りなく必要な心理的安全性

炭元 宗一郎

●私が実感する風土課題は「これ」

1on1や対話の場、ルールづくりなど、心理的安全性(自分が思っていることを安心して発言できる)を高める取り組みを進めている企業や組織が多い。主に上下関係でものが言いにくい立場の若手が対象だが、では、それ以外の上の層は心理的に安全な状態にあるのだろうか。管理職やベテラン社員は思っていることを自由に言えるだろう、という前提があるのではないか。私は30代だが、管理職やベテラン社員の本音を聞く立場になってみて疑問に感じるところがある。

●共通して見られる状況  

管理職の人と話をすると、苦しい胸の内が明かされる。「1on1をしましょう」「職場で対話の機会を設けましょう」「ただし、飲みニケーションはご遠慮ください」「若手の残業は管理職が肩代わりしてください」…。これでは管理職になりたくない若手社員が増えるのも当然だろう。ハラスメントはもちろんあってはならないが、それを気にして部下や若手社員との距離を縮められず、お互いに疎遠になっている職場をよく見る。コロナ禍を経て、心理的安全性以外の要因でも人と人との距離は大きく離れてしまった。この職場にできた溝を埋め、お互いの関係性を深めるための努力(義務)が管理職や先輩だけに課されている現状には、どこか違和感がある。

●私の着眼点(打開の糸口)

管理職側が若手社員に歩み寄ることは基本的には必要だ。しかし、お互いが安心できる踏み込んだ関係性を築くためには、若手社員のほうからも歩み寄れようになることが大切。それを個々の意思に任せるのではなく、たとえば無理なくお互いの理解が深まっていくような「共通の目的」を持てる機会、世代を超えて一緒に学べるような機会をつくる。管理職やベテラン社員が若い頃からどのような経験を経てきたのかを知るところから始めてもいいかもしれない。先輩たちの経験や知識からは学べることがたくさんある。組織的に継承したいノウハウもある。

年齢や経験に関係なく、人としてお互いのことを知ろうとするからこそ、本当の意味での心理的安全性が実現される。

「その先で社会が良くなる」ためのMy Action

年代に関係なく、誰もが自分の思っていることを発言し、一人ひとりの知恵や経験が掛け合わされる組織にするため、以下を意識して行動している。

・自分の考えをしっかりと持ち、物怖じせずに発言する
・積極的に先輩社員の仕事を取りに行き、自分がお願いしたいサポートを明示する
・世代を超えた交流の場、社内イベントには積極的に顔を出して関係性をつくる
・自分から管理職、ベテラン社員に声がけして雑談する
・管理職やベテラン社員の知恵や経験から積極的に学ぶ
・組織の礎をつくってくれたことやアドバイスに感謝を伝える

【風土課題】人の思いが湧きづらい「関わり不足」

木下 拓郎

●私が実感する風土課題は「これ」

前例・成功体験が通用しない環境 → 答えを持てない経営層
革新なく時代の変化に目先の策で対応 → 仕事に忙殺されるミドル層
タスクだけ渡される分業組織 → 受け身で仕事を楽しめない若手層

こうした骨太な風土問題はあれど、そもそも忙しいことを理由に組織のタテヨコ関係において、人が人として関わり合う関係性が希薄になっている。それにより、人と会社・職場・仕事をつなぐ理由になる「思い」も湧きづらくなっているのではないか。

●共通して見られる状況

「時代の変化に対応しろ」という指示や号令はあるが、単年の数字目標や評価のあり方はまったく変わっていない。「効率化」という名目で人員だけが減らされていく対応策だと、みんな目の前の仕事をこなすことに精一杯になり、人の育成やチームづくりの観点は薄れていく。結びつきのないバラバラの職場では、多くの人が周り(上司、部下、同僚)に対する不満を抱えて、お互いに「あっちが変わるべき」と思っている。そんな構造を抱えたままで1on1などの手が打たれているため、やること自体が目的化して効果を生まず、現状は変わらない。

●私の着眼点(打開の糸口)

まずは、人が人として関われる状態をつくること。階層を問わずそれぞれの人たちが自分の思いを大事にし、お互いの間でも、思いや気持ちを口にしながらやりとりをしてみる。そのためには、まず個々が自分から人に関わろうとすること。気持ちのこもった挨拶をする、つらそうにしている人には声をかける、などのちょっとした関心を相手に向けることがやりとりの下地になる。

「その先で社会が良くなる」ためのMy Action

自分の気持ちを言葉にする、オープンでいるようにしている。

【あまり仕事の接点がない人に対して】
・心を込めた挨拶&ひとこと(お礼など)
・何かを抱えていそうに見える人には声をかける

【一緒に仕事をしている人に対して】
・仕事の意味や目的を確認し合う
・仕事をふり返り、現状に対してどう思っているか、どうなったら良いと思うか、何に力を入れるかなどを話す

そもそも、自分が世の中に必要だと思う仕事をする(やりたい仕事をする)。

【風土課題】課長になるのは「罰ゲーム」

山科 雅弘

●私が実感する風土課題は「これ」

「課長になるのは罰ゲーム」多くのミドルが心の中で叫ぶ本音だろう。上からは「あれをやれ、これをやれ」と矢継ぎ早に指示が降ってくる。しかし、現場には筋書き通りに展開できない切実な事情がある。プランと現実、この板挟みの中で、現場を預かる課長はさまざまな葛藤や悩みを抱え込んで疲弊しているのが現状だ。ミドルがいきいきと仕事ができる状況に変わっていかない限り、日本企業が真に活力を取り戻すことはないだろう。

●共通して見られる状況

多くの企業でミドルが疲弊する背景には、組織全体に及ぶ構造的な問題がある。年々、企業では対応すべき重要課題が増え続けている。現場には多方面の部署から過剰な指示が下りてくるが、現場の実行リソースは限られていて、すべてには対応しきれない。受けて展開するミドルは板挟みになり、一人で悩みを抱え込む。さらに、上からくる指示は「やるべきこと」が一方的に伝えられるだけで、背景や目的、意味など肝心な情報は共有されない。

こうした一方通行が続くと、ミドルをはじめ現場は考える余地を失い、思考停止に陥る。そもそも指示を出す本社側もその背景、目的、意味を深く考えていないことが多いため、組織ぐるみの思考停止状態を招いてしまう。結果として、問題がシワ寄せされた課長の目的は、「怒られない程度に上からの指示をさばくこと」へと矮小化されていく。

●私の着眼点(打開の糸口)

構造的な悪循環も断ち切れないわけではない。ポイントはミドル層の連携だ。同じ境遇、立場同士で横のつながりを強化する。自分一人で抱える葛藤や悩みを共有し、対策ではなく前向きになれる本質的な解決の道筋を一緒に考える。それを経営と共有して一体で解決を進める拡大的な連携ができれば好循環への転換も可能になる。

あわせて、停止状態の頭を働かせるための「問う」思考とやりとりの習慣化もポイントになる。上から降りてきた「やるべきこと」に対し、意味や目的がよくわからなければ問い返して確認する。さらに実行面でも「これは本当に必要なのか」「もっと良いやり方はないのか」「目的や方向性に合っているのか」と考えて、既存の枠を超えることが現状打破につながる。

「その先で社会が良くなる」ためのMy Action  

現状、「問い返し」や「問い直し」の機会はきわめて少ない。しかし、私はこの重要性を深く認識し、日々の実践を心がけている。もし私自身が指示を受ける立場にあれば、その背景と目的を深く問い返し、納得がいくまで確認することを徹底している。また、チームで何か実行する際には、「なぜ必要なのか」「何のためにやるのか」「誰にとってどんな意味があるのか」といった本質的な問いを立て、メンバー間で対話をすることを大切にしている。

こうした私の個人的な実践は、ミドルの「やらされ仕事」を減らし、彼らがいきいきと主体的に仕事に取り組める状況をつくり出すための、ささやかな一歩である。ミドルが元気になることが、日本企業が真に活力を取り戻し、組織の持続的な成長につながるものと信じている。

【風土課題】「誰かまかせ」で無関心、自分で考えない社会

太田 久美

●私が実感する風土課題は「これ」

①普通に街で見かける「言われないんだったら、問題ない」という羞恥心のなさ、民度の低さ
②不安は語るが自分では学ばない←「しかるべきところが解決すべき」「上の仕事をしっかりやれ(私には関係ない)」という受け身の社会?

●共通して見られる状況

①新幹線自由席で行列していたら、気づかないふりでしれっと横入りしてきた40代の会社員風の男性。身なりもとてもきちんとしている。誰も何も言わない。
②たとえば円安と国債の問題。国力低下に必ずつながるが、目の前の景気の話にしかふれない。マスメディアがポピュリズムに陥るのではなく、政治のポピュリズムにこそ、チクっとやってほしいが!

●私の着眼点(打開の糸口)

①社会正義を振りかざすというより、実験的にひと声かけて「それってどうなの?」を伝えてみる。「無関心な大勢のうちの一人」にならない。
②まず自分で知る、考える。できれば対立する2流派を見る、エコーチェンバー(自分に入ってくる情報が偏って、妄信的になってしまう)状態の対策として。

「その先で社会が良くなる」ためのMy Action

①ひと声かける「お兄さん、そこに並ぶって違いませんか?」
②対極内容の本を読んで、どんな内容だったか言いふらす。知らないから言わないを減らす。
ちょっとした関わりのシグナルをお互いに出し合う。糾弾や警察ではなく、ピアコーチング的世界観で。私もうっかりやっちゃうかもしれないですし。

【風土課題】周囲が「尊重・無関心」で子育て環境が冷たくなっている

瀧尾 千波

●私が実感する風土課題は「これ」

昔は(私が子どもの頃)、近所のおばちゃん、友だちのお母さん、親戚のおじちゃんやおばちゃん、ピアノの先生やサッカーのコーチなど、多くの大人との関わりが密にあって、親以外の大人から声をかけられたり、教えてもらったり、叱ってもらったりと、社会全体で子どもを見守り、育てていた。今は核家族化が進み、子育ての方針も多様化して他家の子どもには余計な口出しをしなくなった。社会全体でというよりも、家庭ごとに子育てをするのが当たり前になっている。干渉しないぶん、子どもの行動はすべて親の責任という風潮があり、親は一歩家の外に出たら、子どもから片時も目が離せない。「自由は尊重するが自己(親)責任」でという社会の態度が色濃くなると、周囲との隔たりによって母親たちは孤立し、心の余裕をなくしていく。

●共通して見られる状況

まだ物心がつかない小さい子が電車の中で騒いでいたら白い目で見られるし、赤ちゃんの泣き声を聞いて顔をしかめる人も少なくない。もちろん、子どもの野放図な行動を放っておくのは論外だが、親が対処しようと焦っているにも関わらず、「親は何してるんだ」「子どもが騒いだり泣いたりするのはしつけのせい」と言わんばかりに迷惑そうな視線を向けられ、肩身を狭くしている光景をよく見かける。

●私の着眼点(打開の糸口)

昔のように密でなくても無関心ではない、もっと社会全体で子どもを育てられるような、子どもたちの豊かな心を育むような視点で関わり合うことができないか。子育てをする親だけではなく、自分とは違う境遇の人に対して「自分は関係ない」「自分とは別世界」と距離を置くのではなく、社会全体で「理解し応援する」視線や空気があれば、親も子も、人々も安心して生活ができ、この社会を信頼できるようになるのではないか。

「その先で社会が良くなる」ためのMy Action

自分も3児の母として子育ての悩みや孤独を抱えて悩んだ時期があったので、双子サークルの運営に加わり、同じ悩みを抱えている人に情報を発信したり、相談に乗ったりする場をつくっている。また、自分や周りの人たちの使わなくなった子ども服・おもちゃ・絵本などのリユース品を次の世代に譲り、使ってもらうような活動もしている。これからは、自分とは違う境遇の人に対しても理解・応援できるように行動をしていきたいと思う。

【風土課題】「減点主義」から「めざすもの」に挑戦へ

神田 卓

●私が実感する風土課題は「これ」

職場で、本来めざしたい成果や価値について自由にやりとりをしたいが、どうしても正解がある前提で、「何ができていないか」「ミスがないか」などマイナス要素に目が向いて、“減点されないこと”が第一の目標になってしまう。「めざすものに向かって、一緒に挑戦しよう」という気運をつくるためには、まず前例にとらわれないで話し合うことに挑戦する必要がある。

●共通して見られる状況

定例会議や打ち合わせ、研修などで「間違い探し」的な質問や指摘が増えていて、最終的なゴールや成果に向けてのアイデアや前向きな提案が出にくくなっている。新しいことをやろうとする時も「リスクは?」「前例は?」と不安点ばかりが話し合われ、実行段階でも“できていないこと”のほうに目が向けられがち。報告や評価の場面でも「ここが抜けている」「この対応は足りない」とマイナス点を指摘するフィードバックが定着していて、その人が「どうしたいか」に耳を傾ける姿勢が欠けている。こうした減点思考の組織の代弁者が、全体的なチャレンジの動機や意欲を冷やしている。

私の着眼点(打開の糸口)

【話し合いの場面】オーナーが「何をめざしたいのか」「何が実現できたら嬉しいか」を先に言語化して、やりとりの土台に据えることが大事。具体的な成果のあれこれや希望の持てる挑戦と失敗にメンバーの意識を向けるようにする。そして、メンバー全員で「挑戦」「工夫」「成長」などポジティブな視点、減点ではなく「加点」モード、数値目標ではなく“みんなでめざすポイント”に焦点を当てた話し合いを試す。

【報告・提案・評価の場面】報告・提案を受ける、評価をする側が、必ず「この取り組みや仕事で一番大事にしたいこと」「どこまでめざせたか」から話を聞く。

「その先で社会が良くなる」ためのMy Action

・日常のチームミーティングや打ち合わせで、最初に「私たちがめざしたいゴール」をひと言確認する時間を取る。
・フィードバックやふり返りでは、「できたこと」「挑戦したこと」「次にめざしたいこと」を必ず伝える。失敗やミスだけに注目せず、「めざすものに近づくための工夫や姿勢」を見つけて、共感の気持ちを相手に伝える。

【風土課題】多様な個人の力が組織の力につながっていない

三好 博幸

●私が実感する風土課題は「これ」

日本の経済成長は、基幹産業である製造業のモノづくり現場が持つチームワークや組織能力の高さが原動力となっていた。これらを生み出し、下支えしていたさまざまな要因が「失われた30年」の間に変化をしているにもかかわらず、多様な個人の力を組織の力に昇華させていく術をほとんどの日本企業が確立できていない。

●共通して見られる状況

価値観や就業観、働き方や雇用形態の多様化によって分業化、個業化が加速する一方、DXの遅れや慢性的な人材不足もあって余裕なしの状況が解消されないまま、多くの企業では、周囲と関係なく「一人ひとりが自分の仕事をこなす」だけの状態が蔓延している。通常業務をこなすだけで精一杯で、新しい価値や変化を生み出す組織全体の能力が著しく低下している。

●私の着眼点(打開の糸口)

「そもそも組織とは、個人の力だけでは実現できないことを皆の力を集めて実現するための協働のシステムである」ということに立ち返り、多様なメンバーがバラバラに分担業務をこなす分業ではなく、メンバー同士で情報や知恵のやりとりをしながら相互に協力する「協働する組織・チーム」をつくっていくこと。それが日本企業の強みであった組織力の再構築のポイントである。

「その先で社会が良くなる」ためのMy Action

高度経済成長期の日本企業の強みであった組織力は当時の時代背景や経営環境に合わせて築き上げられたものであり、VUCAといわれる今の時代では新たな組織能力の構築が必要だということを社会に提唱し、そのための実践的な方法論や技術を企業に提供する努力をしている。

日常で意識しているのは、他者の価値観の違いを尊重するものの「人は人、自分は自分」ではなく、「自分にはない能力や価値を持っているこの人と何が一緒にできるか」をまず考える。

【風土課題】いまだ根強い「上の人に従う」「上の人には言わない」という慣習

刀祢館 ひろみ

●共通して見られる状況

働き方改革、パワハラ対策、MeTooムーブメント、企業コンプライアンス対応…と、ここ数年で日本社会の規範が刷新されている。一方、大学の学生や企業のミーティングでは、こんな声がまだまだ普通に聞こえてくる。

・店長に「数字いってないのに残業つけていいと思っているのか」と言われ、毎晩遅く帰って、朝は定時出社。ちゃんと休めてない。(販売会社のチームリーダー)
・「この時代に、会社の飲み会では女性がお酌するのが普通。本社はそんなことないらしいけど」(地方支社・女性社員)
・「バイト先で強い社員さんがいて、誰もさからえない」「会社に入ったら、上の人は絶対ですよね」(大学生)
・「また不具合が出たので本社に報告しているけど、回答が返ってきたためしがない。お客様に迷惑かけちゃいけないので、結局、現場で対応するしかない」(設備メーカーの現場監督者)

上司と部下、本社と現場など、仕組み上の上下関係がそのまま力関係になり、「下から上へ」問い返したり、意見したりするのはやめておこうと無意識に判断する傾向がある。

●私の着眼点(打開の糸口)

「上の人」は指示や依頼をし、決定するのも仕事だけど、もう一つ、メンバーの意見や質問を聞いて意欲を促すことも大事な仕事だってことが知れ渡っていない。もしも自分が「上」の立場の場合は、全員が無理でも誰かにひと言でもいいので声をかける。自分が「下」の場合は、感想でもいいので何かしら反応する。(そもそも組織運営の役割や責任を明確にするために、〇〇長、リーダーなどの組織機構・役職が設けられている。たとえば法令・コンプライアンス、もっというと人権は組織運営の仕組みよりも優先される)

「その先で社会が良くなる」ためのMy Action

立場に関係なく人の言うことがよくわからない時や、すぐには受け入れられない時には、「ちょっと待ってもらえますか」「〇〇って思うんですけど」「それってどうしてですか?」など、黙っていないでひと言はさむ。「迷ったら言う」を心がけている。すると相手も「あ、言葉が足りなかった」「そこがわからなかったのね」「なぜかというと…」「聞いてくれてよかった」と答えてくれることが多い。

【風土課題】問題を“私”から切り離して外に置かない

塩見 康史

●私が実感する風土課題は「これ」

現代の問題現象は多岐にわたるが、多くの人はそれらを自分の外側にあるものとして捉え、外部環境を変えることで解決を図ろうとする傾向が強まっているように感じる。しかし、実際の「問題」には構成要素として“自分自身”も含まれており、変革が必要なのは、自分自身のあり方や自分と他者との関係性なのではないか。風土改革は、このあり方を問い直すことから始まるのではないか。

●共通して見られる状況

人材育成やマネジメントの課題として「Z世代をいかに動機づけるか」という視点がある。すでに飲みニケーションや強圧的な指導が通用しないことは理解されているものの、それに代わるものとして「魔法のようなHOW」を探し求める姿勢が見受けられる。こうしたアプローチは、上司から部下へ、相手を操作することで問題解決を図ろうとするものであり、「共に考える」「自分自身を問い直す」といった関係性の再構築が困難になっていることを痛感する。

●私の着眼点(打開の糸口)

このような状況を打開するためには、世の中にあふれる(HOW的)情報を参照する際に、「私にとって」という主語を挟んで考えることが有効だと考える。「この社会課題は、私にとってどんな意味があるのか」「私はこの情報を受けて何を感じるのか」といった問いを重ねることで、環境と自分を切り離すことなく、相互に影響し合う存在として認識できるようになる。Z世代の育成においても、「彼らをどうするか」ではなく、「私にとって、彼らとの関係はどんな意味を持つのか」と問い直すことが、関係性の質を高める第一歩となる。

「その先で社会が良くなる」ためのMy Action

こうした思考を日常に取り入れるために、まず自分を取りまく関係性の中で固着しているもの、“固定観念や既成の人間関係の枠”を意識的に外すようにしている。 禅語「日々是好日」のように、毎回の対話を「新しい関係や認識を生み出す場」として捉え、過去の枠組みにとらわれず、今この瞬間の関係性をていねいに築いていくようにしている。

【風土課題】あれもダメこれもダメの弊害

野田 史美

●共通して見られる状況

今の時代の企業は、○○ハラスメントや多様な価値観(D&I、ルッキズムなど)に神経を尖らせ、慎重で丁寧な対応をしたり、過剰に配慮をしたり。また労働力不足から、それが原因で人が辞めていくことも懸念材料になっている。ただでさえ人間関係が希薄になっているなかで、社内外を問わず、世間一般にも人への接し方、対応、対人関係は悩みの種で、どうしていいかわからなくなってくる。

余計なことは言わない、聞かない、怒らない。そうしているうちに社会の口は重くなり、どんどん会話やコミュニケーションが減っていく。これが毎日の積み重ねになり、人間関係のベースになると思うと、先が恐ろしい。

私の着眼点(打開の糸口)

どうしていいかわからないから、余計なことは言わない、聞かない、怒らない。一見、困った挙句にこういう選択をしているようだが、本当は考えることを放棄しただけなのではないか? 近年では若者の転職理由に「会社がホワイトすぎて自分が成長できる気がしない」「全然怒られないし、気を遣われているのをすごく感じる。怒ってくれたらいいのに」という声も聞く。

企業は、あれもダメ、これもダメと言われて身動きできなくなっているが、本当はそこまで心配しなくてもいいのかもしれない。もちろん相手に不快な思いをさせないことは大事だが、恐れてばかりでは何もできない。基本姿勢として“相手を尊重する”という気持ちがあれば、本当は心配することなんてあまりないのかもしれない。

「その先で社会が良くなる」ためのMy Action

相手のことを考えて(最近のその人のトピックスなんかを思い描いて)、細かいことは気にせず、遠慮せず、臆せず、ささいなことでも話しかける。

【風土課題】複合化する複雑な課題をつなげて「部分最適のムダ」を脱却する

宮入 小夜子

●私が実感する風土課題は「これ」

一人暮らしの高齢者、シングルマザー、外国人、障害を持つ人、介護者など、多様な人々が共に支え合う社会を実現する「多世代シェアハウス」を広げていこうという人たちがいる。少子高齢化、家族形態の変化、個人の生き方も多様化する時代に、複数の社会課題を同時に解決しようとする試みの一つである。しかし現在の状況は、公的な支援や福祉が個別(課題別)に適用されるしかなく、縦割り行政や既存の制度・規制が複合的な課題解決モデルの実現を阻んでいる。

●共通して見られる状況

「多世代シェアハウス」は、ゆるやかな家族的ユニットをつくることで互いに助け合い、自律的な信頼関係に基づくコミュニティを構成しようという時代性をとらえた新たな試みである。しかし、レガシィな国のルールや制度は時代の変化に追いついていない。公的な個別の部分最適的(まだ最適とも言えないが)な施策には、それぞれ受益のためのハードルが設けられている。たとえば、高齢者への食事提供サービスは老人ホームと見なされ、膨大な書類や設備を求められる。シングルマザーや障害者、生活保護受給者などがリビングを共用するシェアハウスでは、行政の住居費補助が支給されなくなってしまう。

そもそも、こうした複合課題解決型コンセプトのシェアハウスの設置基準が国にないため、市区町村ごとに指導内容もバラバラである。

このような部分最適状況は企業組織にも見られる。

  • 各部署・機関は個別に課題解決に取り組むが横のつながりがない
  • 重要課題を包括的に考え、重層的な解決をデザインしていく機能がない
  • 部分最適化が全体最適を阻害している
  • 同じ対象者に対して重複した支援や抜け道をつくってしまい、既得権益化する

 

●私の着眼点(打開の糸口) 

部分最適の壁を乗り越えるためには、「共通・共感・共有」をコンセプトにした取り組みがポイントになる。①共通のビジョン(目的や実現したい姿) ②共感者の集団・コミュニティ ③先進事例の共有、が有効だ。

まず当事者の声を集め、よりよい未来像を描くことで、共通ビジョンを共有する。 そして、メンバーの自立とウェルビーイングという二つの課題の同時実現をめざす。そのビジョンにそって、経営負担の軽減にもつながるような全体最適の方法を構想し、対話を通じて共感者を増やしながらマジョリティを形成する。あわせて先進事例や類似事例から学び、関係各所に示して想いをカタチにしていく。

「その先で社会が良くなる」ためのMy Action

私としては、組織や社会の課題に取り組む人たちの悩みを聞き、一緒に考え、自分のネットワークを最大限活用して、一歩踏み出すための置き石を置いている。共有した課題については、拡散しながら、興味を持って協力してくれそうな人を発掘してつないでいる。先進事例や他社事例を紹介し、使えそうな資源の在りかを提示することで発想を転換し、つながった人たちの主体性とモチベーションを上げて、「まずはやってみよう」と一緒に行動することで、同志になろうとしている。

【風土課題】夢を描けず「日々の業務を回す」だけの中間管理職

木原 玲子

●私が実感する風土課題は「これ」

日本企業では、多くの社員が組織の規律や約束事、前例に従って動いている。その窮屈さや時代に合わない考え方、やり方に対して、心の中では違和感をおぼえ、すっきりしなさを感じ、モヤモヤや反発はあるものの、自分から現状を変えるだけのエネルギーはない。それは部下を持ち、責任ある立場の中間管理職も同じで、仮に思いや成し遂げたいことがあったとしても、組織の中では黙って過ごしたほうが無難だし楽だと思っている。そういう上司を見ている部下たちにとっては、頑張っても夢を持てない組織に映る。

●共通してみられる状況

組織の中で影響力のある管理職たちが、夢や将来を語るよりも、効率化や人員不足で目の前のことに忙殺されている。これではまずいと思っていても、今の働き方では、その思いを部下や仲間に伝えて一緒に考える余裕、語り合う時間が取りにくい。自分から企てて何かをやろうというエネルギーが湧かず、あきらめ感とこのままではダメだという焦りに葛藤を感じているミドルは多い。それが組織の中で連鎖し、中堅や若手世代にも、自発的に現状の改善や見直しをすることのあきらめや躊躇が生まれている。

●私の着眼点(打開の糸口)

特に管理職の人は、スマホやPCを見るのをやめて将来を考える時間をつくってみる。自分が大事にしてきたこと、こだわっていることなどについてとことん考えてみる。小さなことでも、「こうしたい」「こうありたい」という自分の思いを言葉にしてみる。そして、できれば身近な仲間(いろんな立場や状況にある同僚、知人・友人)や部下とも、それについて話してみる。対話をすることで気づきや刺激を得るだけではない。一人ではないという安心感や心強さが意欲を高めてくれることが、現状から脱していける一歩につながるのではないか。

「その先で社会が良くなる」ためのMy Action

頑張る世代の一人として、日々を何気なく過ごす、目の前のことに追われるのでなく、少し余裕があるときには「自分は何をしたかったの?」と問いかけている。また、友人や同僚、社外の人とやりとりすることで刺激をもらい、現状を変えようと思うエネルギーを呼び起こしていて、周りの人もそうなれるといいと働きかけている。

【風土課題】「現状は変わらない」と、個人が簡単にあきらめない社会

若山 修

●共通して見られる状況

高市政権が誕生して少し記憶が薄れつつあるが、そこに至るまでの自民党の総裁選は印象的だった。「変われ、自民党」というキャッチテーマを掲げ、身を正す改革、党の立て直し、信頼回復といった脱派閥のムーブメントを演出する一方、選挙期間中はというと、相も変わらず旧派閥時代の重鎮詣でにいそしんでいた候補者や支援者。政治記者のポッドキャストでは「まるで『戻れ、自民党』だ」と苦笑交じりに指摘していた。
これは、経営陣が経営への信頼を取り戻そうとしてタウンホールミーティングをやるけど、結局、質疑応答が全員仕込みだったり、社長が話す原稿を経企が書いたり…といった、“もともと不信を生み出してきたパラダイム”をなぞってしまう現象と似ている、と感じた。
これらの現象が引き起こす心配事が2つある。一つ目は、「変わろう」を従来からの思考・行動パターンでやることにより、結局は変われない、という問題。二つ目は、一つ目の結果によって引き起こされる、「結局は何をやってもムダだよね」という一人ひとりの無力感だ。

●私の着眼点(打開の糸口)

民主主義というものについて、あらためて考えてみること。なぜなら政治不信と同じように経営不信とは、つまるところ「みんなで決めたって意味がない。まして自分ひとりにはどうすることもできない」という無力感でもあるから。民主主義を「みんなで決めること」ではなく、「自分も含めた一人ひとりが決めること」と捉え直す。その練習は企業に属している人なら誰でもできる。
(例)企業風土を変えるプロジェクトのメンバーを募集したら、800人の組織で自分1人しか手を挙げなかったという当人が「うちの会社はひどすぎる!」と、私たちに相談に来た。でも、その1人から始まったプロジェクトは最終的に経営陣まで巻き込んで、ビジネスモデルそのものを変えていく大きなプロジェクトになった。そういう体験を積むチャンスが企業人にはある。
3人の職場で起きていることは、会社全体でも起きていること。3人の職場で改善できることは会社全体にも波及できる。「会社はダメだ」と嘆くだけでなく(嘆いてもいいです笑)、「せめて自分の職場だけでも良くしていこう」と、隣に座る仲間との本音の対話をすることから始める。

「その先で社会が良くなる」ためのMy Action

①「自分が決める」トレーニング。たとえば、選挙のたびに候補者の情報をネットで調べて(今は良いサイトがたくさん!)、自分なら誰にそのポストについてほしいかを「決める」ことをしている。「当選しやすいかどうか(自分の票が死に票にならないか)」よりも「自分だったら誰を当選させるか」で決める。
②決めるためには「自分なりの判断基準を持つ」ことが大事。「公約なんてどうせ口先だけだろう」という無力感にとらわれず、その候補者が言ったこと、口にした言葉をもとにして自分の考えに合う、合わないを判断している。

【風土課題】「やったほうがいい」と思うことが当たり前にやれない組織

岡崎 愛

●私が実感する風土課題は「これ」

組織人の多くが「本来やったほうがいい」と思うことを素直にやれない状態に陥っている。薄々これができたら楽になる、これができたら品質が良くなると思っているのに、前例主義の組織文化が立ちはだかって意思を持った行動ができない。あるいは、自信を持ってやり切ることができない。そんな葛藤だらけで、社員一人ひとりがいきいきと自己表現できない組織は活力を失っていく。それが、いまだに「挑戦しない」「新しいものが生まれない」と嘆いている多くの企業の内側ではないか。

●共通して見られる状況

複数の企業を見ていて気づくのは、自由に考えて動くことができない組織では、社員が「できるはずがない」という思い込みやあきらめを持っていること。過去に挑戦しようとした結果、上司や同僚に協力してもらえなかったり、咎められたりした経験からの学びが社員の判断に大きく影響を及ぼし、「やる前からあきらめる」姿勢をつくっている。一方で、そのような思いをしてからすでに時間がたち、環境が変化して挑戦できる機会に恵まれても、その記憶を引きずって挑戦できない社員も多い。

●私の着眼点(打開の糸口)

身の回りで起こっていること、自分が感じていること、思っていることを話し、聞き合い、現状を明確に把握することで“俯瞰的なものの見方”ができるようになることが第一歩。目の前に起きていることを自分だけの視野で捉えているうちは、本当にこうしたいという意思を持つことができない。何年も辟易としている状況を今までとは違う角度で見ることができて初めて、やってみようという意欲や、今まで考えたことのない手立てが浮かんでくるのではないか。

「その先で社会が良くなる」ためのMy Action

生活まわりの小さなことでも、自分がやったほうがいいと思ったら行動し、やり切ってみる。そこを怠けない。たとえば、電車の中で妊婦さんに席を譲ろうと思う時、「もし太っているだけの人だったら失礼かな」と気を遣ったり、周りの目が気になって躊躇してしまうことがある。でも、考えすぎてやめてしまうと後でやっぱり譲ればよかったかなとモヤモヤしてしまうもの。間違っていたらごめんなさいと謝れば良しとして、とにかく席を譲ってみる。
そんな小さなことでも、自分の意思で行動を積み重ねていくと、自信につながり、自己表現のハードルが下がっていくと思っている。

【風土課題】人間らしさを削いでいく“清潔すぎる”社会

高木 明子

●共通して見られる状況

たとえば野球場、競馬場、劇場という本来ならばさまざまな感情が入り乱れるはずの場所すらも、どんどんクリーンになっていく感覚がある。

【球場でヤジを飛ばす人が減った】
広島市民球場がマツダスタジアムになってから「(ボールを)落とせ」「2軍に落とすぞ」というヤジが減った。かつてヤジを飛ばしていた人たちは、クリーンになりすぎた球場に行きにくくなってテレビの前でヤジを飛ばしていると聞く。

【競馬場が癒しの場になった】
競馬新聞片手にひたすら予想する男性が減り、パドックで「かわいい~」と馬の写真を撮る女性客が増えた。ピクニックに来ている家族も多く見かける。場外馬券場には、まだ往年の競馬ファンが生息しているよう。

【宝塚劇場から露骨なアンチが減った】
以前は宝塚を観劇すると周りの席のどこかに必ず、自分がファンのジェンヌさんには拍手を送り、その人のライバルには露骨に拍手をしない人がいた。最近はすべての出演者に拍手をする人が増えているように感じる。

●私の着眼点(打開の糸口)

コンプライアンスに厳しい世の中になり、言ってはいけないことが増えた。人間は「言わない」ことはできても「思う」「感じる」ことは止められないのではないか、と思う時、「思った」「感じた」けれども「言えない」ことによるフラストレーションや歪みの向かう先はどこなのか(必ずしもネットの誹謗中傷のようなわかりやすい現れ方だけではないような)。そんな世の中では、「言えない」ことをため込まないちょっとした工夫をお互いにしていくことが必要なのだと思う。

「その先で社会が良くなる」ためのMy Action

近くの人たちとのちょっとした立ち話や雑談を大切にし、意識的に未整理な気持ち(負の感情も含む)を言い合える機会を持ちたいと思う。まずは自分から未整理な気持ち(負の感情も含む)や説明できない直観をそのまま言うことで、呼び水になったらいいなと思っている。

【風土課題】「株主重視」の人的資本経営を「働く人本位」に

内田 拓

●私が実感する風土課題は「これ」

人を業績向上の手段ではなく持続的成長の源泉として重視する「人的資本経営」を掲げる企業が増えている。けれど、その取り組みの多くは情報開示項目のKPIに基づく施策、目に見える制度・ルールづくりなどの“外形整備”にとどまり、働く人の内にある意欲や創造性には向き合えていないように感じる。結局のところ、株主を安心させるための“人的資本の演出”に終始し、人は「資産」と言いながら、実態は人が「コスト」として扱われているという矛盾。その根底にあるのは、いまだ根強い株主至上主義による短期成果偏重。数字に表れない成果は軽視され、人の感情や関係性、成長といった“定性的な価値”は経営の論理から排除されがちだ。表向きには「人を見ているふり」をする建前重視の風土が、じわじわと働く人の心をすり減らしている。

●共通して見られる状況

経営判断の軸が、「人が育つ環境」や「戦略が実行される組織づくり」といった中長期的な視点よりも、「今期の数値にどう跳ね返るか?」に集中し、現場には「この状況では無理な目標だよね」「今は数字が優先」といった空気が広がり、挑戦や改善の芽が摘まれている。「今は耐えるしかない」という後ろ向きのメンタリティになり、誰も未来を語らなくなる。制度上で用意された「キャリア自律支援」や「対話」なども“建前の場”になっている。「この会社で働きたい」「ここで挑戦してみたい」と思える土壌がないため、エンゲージメントスコアも上がらない。

●私の着眼点(打開の糸口)

本来、会社が存在する目的は「働く人の幸せ」や「社会への貢献」であり、働く人のための器として“人が幸せに働く会社”だからこそ、社会的にも価値が生まれ、株主にとっての利益にもなる。中長期的な成長の源泉となる「人とチーム」「文化」が育つためには、まず“人がどれだけ主体的に働けるか”がポイントになる。

「その先で社会が良くなる」ためのMy Action

・対話やふり返りの時間を「投資」ととらえ、意識的に確保する。
・会議やミーティングでは、「今の判断が5年後にどう影響するか?」「私たちはどんな価値を社会に届けているか」を問いかける。
・数字だけでなく、「人がどんな想いで動いたか」を対話する。
・中長期のビジョンを日常会話の中に織り込む工夫をする。

【風土課題】「共にめざすもの」を個々の目的にした自律的な組織

簑原 麻穂

●私が実感する風土課題は「これ」

企業のような集団で「象徴的な存在」が求心力になっている場合、その人物がいなくなると、組織のバランスが崩れて「目的に対する求心力」を失うことがある。パワーや文化面で影響力が強く、目的方向性を保持していた人物がいなくなることで、組織全体が目的を見失ってしまうことさえある。これは企業組織に限らず、行政組織、団体、コミュニティの活動組織や学校のクラス、家族などにも同様に見られる。
その組織がめざすものや進む方向性を示してくれる存在がいる場合、所属する人にとっての心理的安心感や欲求は満たされ、人に依存をしてしまう。それを失った時には、「自分や自分たちがそこにいる目的」が見えなくなり、その組織は拠り所を失ってバランスを崩してしまう。

●共通して見られる状況

企業の場合、カリスマ的なトップリーダーや重要な役割を担うリーダーが交代すると、経営陣が新たな方向性を定めきれず、意思決定のスピードが落ちる。また、組織の求心力がなくなることで、目的や目標に対する実行エネルギーが落ち、目標達成に向けた協力関係が薄れるなど組織力の低下がみられる。
家族でも、母親が家族関係の信頼や和を大切にし、愛情を注ぎながら間に入ってコミュニケーションを支えていた場合、中心的な存在だった母親がいなくなると、もともと相手に不満を持ち、つながりを面倒だと思っていた場合などは、表に出ていなかった感情や不満が表面化し、家族間の関係が悪化して崩壊するケースもある。

●私の着眼点(打開の糸口)

どんな組織・集団でも、影響力のある人物がいなくなると一時的にパワーや文化のバランスが崩れることは避けられない。まず、この種の変化に直面すると混乱が起こるのは当たり前として、みんなで客観的な現状認識を共有する。そして、影響力の大きかった人物が象徴していたもの、示していた方向性や姿勢などをあらためてみんなで言語化し、「特定の人」が大事にしていたものを、「組織」や「一人ひとり」が大事にするものとして共有していく。企業、家庭、学校においても、あくまで混乱を鎮める対応策ではなく、「私たちがめざすものは何か」「どんな集団として歩んでいきたいか」といった本来の目的を共に考え、対話を重ねることがポイントになる。

「その先で社会が良くなる」ためのMy Action

組織の目的を言葉にして、そのつど問い直す。目的に対して自分が貢献できること、自分にしかできないことを人にも聞きながら「やる」という選択をする。

【風土課題】組織の多様性を阻む「自己犠牲的がんばり」

山口 和也

●私が実感する風土課題は「これ」

「会社のため」という自己犠牲的な行動は、組織においてしばしば美徳として受け入れられる。たとえば、会議で反対意見を言わず、残業を厭わない。これは貢献に見えるが、個人の多様な視点を埋没させる。ある種の頑張りが賞賛される文化では、弱音を吐くこと、失敗することを避けようとする自己規制が働く。本音は抑圧され、画一的な価値観が強化されてしまう。
異なる意見を持つ人は、周囲に合わせ発言をためらう。革新的なアイデアも、現状維持の空気に呑み込まれてしまう。組織が多様性を欠く理由には「自己犠牲」という名の同調圧力が潜む。

●共通して見られる状況

今の会社の職場には“予定調和で安定を維持しようとする考え方”が根深く存在し、異論を唱える人や異なる行動をとる人が無意識のうちに排除されてしまう。一方で、組織の外側の社会ではSNSでの炎上やハラスメント、DVの増加など、個人の“感情の暴走”が社会問題になっている。これは感情が抑圧され続ける企業組織のあり方との関連があるのではないか。
本音で語ることに恐れがある組織では、自己犠牲を強いる行動が蔓延し、それが異なる他者に否定的な文化を助長している。

●私の着眼点(打開の糸口)

まず自分の自己犠牲的な縛りを自覚する。自分を責めることなく、これまでの苦しかった、悔しかった経験や感情を受け入れることで、他者に対する「正しさ」の押しつけも軽減される。同時に、本音で話せる仲間を見つけて悩みや弱み、「おかしい」と思う気持ちを共有し、表面上の安定に流されないようにする。

「その先で社会が良くなる」ためのMy Action

私が日々の対話で意識していることは、「否定せず、判断せず、相手の話を丁寧に聴く」こと。
そして「自分の気持ちを、正直に丁寧に伝える」こと。たとえば、会議で誰かが発言したら、すぐに自分の意見を言うのではなく、まず「〇〇さんの言いたいことは~ということですね」と、相手の言葉を確認するようにしている。そして、自分の気持ちを伝える時も、「私は〇〇さんの意見を聞いて、こう感じました」と、率直に伝えることを心がけている。相手の話を丁寧に聞き、自分の気持ちを正直に伝える。そんな小さなことから、少しずつ何かが変わると信じている。

【風土課題】創造・挑戦が生まれにくい若手エンジニア

源明 典子

●私が実感する風土課題は「これ」

未来をひらく技術革新、新たな価値創出の担い手であるエンジニアだが、業務の現場では、効率性や品質を重視する会社の要求に追いつくために「こなすだけの仕事」に追われる傾向が強くなっている。もっと創造的・挑戦的な仕事に取り組んでほしいと期待されているが、現場のエンジニアには、学習や体験を通じて新たなキャリアを築くための 時間的・物理的余裕がない。

●共通して見られる状況

多くのエンジニアは、既存のルールやQCDなどに縛られ、創造や挑戦の意欲を持てないことから、結果として指示通りに淡々と仕事をこなすほうがいいと感じている。また、タテ割り・分業体制やジョブ型雇用では自分の役割や責任範囲を越えることは難しく、仕事を主体的に変えることや新たな挑戦行動ができないでいる。

●私の着眼点(打開の糸口)

若手のエンジニアは言われたことには従うが、自分の考えや思いを口に出さない傾向が強い。それを逆手にとって、たとえば「迷ったら人に聞く」「他課・部への越境相談OK」といったルールを設け、ゲーム的に考えを出し合ってみる機会をつくる。「決まったことは、やる」という若手の特徴を生かし、「自分からは言わない」という自身で課した制約を壊すことが糸口になる。

「その先で社会が良くなる」ためのMy Action

「正解」やこうあるべきにとらわれず、自分の考えや行動を広げるため、社内外問わずに人と積極的に接点を持ち、自分と違う意見やものの見方にふれるようにしている。

【風土課題】「規定どおり」と「臨機応変」、矛盾する仕事の両立

三瓶 由起子

●私が実感する風土課題は「これ」

どちらも正しい仕事をしているのに、なんだかモヤっとすること。一方は、マニュアル通りに正しく丁寧に仕事をしている。もう一方では、状況に応じて臨機応変に対応する。どちらも真っ当なのに、臨機応変な対応によってマニュアル通りにやっているほうが損をするように見えてしまうことがある。お客さまの立場に立てば臨機応変なほうが良いが、組織にとっては規定が崩れて人の裁量部分が大きくなり、確認ばかりで仕事が進まなくなる一面も出てくる。現場は、これをどう考えて両立させていくのか。

●共通して見られる状況

私が保育園の申請で区役所に行った時、4月の入園手続きに向けて特設スペースがあった。そこで申請書類を確認するのは臨時職員。マニュアルを見ながら丁寧にチェックし、不備確認をする。その際の「受領印付の申請書のコピー」をめぐるやりとりで、ちょっと錯綜する出来事があった。
私が「受領印付申請書のコピー」がほしいと伝えると、臨時職員の人から「3週間かかる」という返答。前に手続した時はすぐにもらえたけど「今だと3週間後に郵送」らしい。そうかと思い、では受領前のものでいいからコピーがほしいと頼むと、別の係の人に引き継がれた。そこから先、区役所の職員らしい人とのやりとりで、結局、ほしい受領印付書類のコピーはその場で手に入ることになった。区役所職員に念のため聞かなかったら3週間待ちになっていたはず。この過程では、臨時職員と区役所職員との間で「3週間かかるんですよね?」「今日出せるよ」といったやりとりがあった。私は明らかに区役所職員の臨機応変な対応で助かったけど、臨時職員の人の対応もちゃんとしたものだった。自分がもし臨時職員の仕事をしていたら…と、ちょっとモヤモヤが残った。

●私の着眼点(打開の糸口)/「その先で社会が良くなる」ためのMy Action

自分は臨機応変タイプなので、前記の出来事を客観的に見て、現場では常に二つの対応が交錯しがちなことに気づき、もし私だったらと考えた。
自分なら、個々が柔軟に対応すればいいというより、こういうケースがあることを関係者の間で共有し、「この時間だったら余裕があるのでコピー対応は当日可能」とか、お互いにメモや口頭で伝え合うようにする。例外は必ず発生するので、その後の報連相を欠かさないことで働く人が気持ちよく、顧客側も満足できればと。当たり前のようで臨機応変さんとしては気づいていない部分だった。

【風土課題】いかにミドルを孤軍奮闘から解放するか

奥村 美絵

●私が実感する風土課題は「これ」

ミドルマネジメント層は、現場と経営の板挟みになっており、過度な負荷が集中する状態が続いている。リーダーシップの発揮が求められる一方で、メンバーのフォロワーシップや経営の支援が十分に機能しておらず、管理職は孤軍奮闘になりやすい。世間では「罰ゲーム」と揶揄されるなど、今や損な役回りと思われている管理職の問題にどうアプローチし、希望の持てる存在にしていけばいいのか。変化の激しい時代の組織運営を左右する深刻な課題である。

●共通して見られる状況

まだまだ年功序列の強い日本企業では、部下から上司へ意味や目的を問い返すことが憚られ、やりとりが曖昧なままで進みやすい。このような組織内のコミュニケーション不全とメンバーの主体性の欠如によって、ミドルマネジメント層に負荷が集中しやすくなっている。たとえば、会議中には意見を述べず、終了後に不満を口にするメンバー。部下に指示した仕事が期日直前に未着手であることが判明し、上司が慌てて巻き取るケース、目的を確認せずに作業を進めることで、成果が価値に結びつかないケースなど。そもそもマネジャー自身もプレイヤーとしての業務比重が高く、部下の育成に割く余力がなかったりする。加えて、リモートワークでチャット中心のやりとりが増え、部下の状態や悩みが見えづらいという難しさもある。

●私の着眼点(打開の糸口)

まず大事なのは、上司の自分と部下がタイミングを逃さず、安心して話ができる関係をつくること。
・顔を見たら、特に用事がなくてもひと声かける。
・アドバイスだけではなく、「何か自分にできることはないか」と支援の姿勢を示す。
・部下の相談に乗れる時間的余裕をつくり、話しかけてもいいことがわかるようにする。
・経営から降りてきた情報は、なるべくタイムリーにチームに共有し、情報格差をなくす。
・部下が上司の自分以外の管理職にも相談できる関係をつくれるように、交流を後押しする。

「その先で社会が良くなる」ためのMy Action

職場で立場や役割を越えて安心して話ができる関係をつくるために、
・大切なことは一方通行の指示や連絡で済まさず、確認の会話をする。
・依頼を受けた時は、すぐにわかったつもりにならずに、狙いや意図を丁寧に確認する。
・限定的な情報で人や状況を判断せず、多面的に捉える意識を持つ。
・相手の言動に何か違和感がある時は、憶測を極力なくして、本人と直接話すようにする。

【風土課題】個人の思いが育ちにくい組織

高木 穣

●私が実感する風土課題は「これ」

組織の改革現場で以前に比べて格段に減っているのは「個人の思い」。「こうしたい」「こうありたい」「こんな組織にしたい」といった個人的な思いは、変化を起こすための起点であり、人が挑戦し成長していくための出発点でもある。
現状の組織は個人の思いが発露しにくく、「日々を安全に過ごしたい」という欲求が優勢に見える。これはこれで人として健全な欲求ではあるが、成長したい・進化したいという欲求もないと、人や組織は退化していくのではないか。

●共通して見られる状況

組織内の企画構想力が落ちている。戦略的にありたい姿に向かい構想を描いて進んでいく、仮説を立て実行しながら修正していく、アイデアを積み重ねるような会話…などができる人が少なくなっている。これには企画の出発点である「思いや目的意識の欠如」が関係しているのではないか。

●私の着眼点(打開の糸口)

自分の思いを出し合う機会や文化・風土をつくること。“正しさ”を求めて人の話を聞くのではなく、違いのある個人の思いを受け止め合うコミュニケーションをし、一人ひとりの思いから“やること”を生み出すクセをつけることが成長のポイントではないかと思っている。

「その先で社会が良くなる」ためのMy Action

チームづくりの場面では
・「何をしたいか」「何が好きか」など個人の主観的な思いを引き出す問いかけをする。
・出てきた思いをジャッジすることなく、共感的に受けとめる。
・自分でも本心を含めた自己開示をする。

【風土課題】多様性における“完全中立視点”を意識する

森田 元

●私が実感する風土課題は「これ」

組織、チームが良い風土で運営されるためには、価値観が違う人の意見も受け止める多様性、包摂性が欠かせないことは、今や社会常識になってきた。しかし、これまでの自分を顧みると「自分の価値観、意見が正しい」という暗黙の前提下で、他の意見を受け止めていた気がする。これでは、真の意味で多様性を確保できているとは言えないのではないか? という反省がある。
真の多様性を身につけるためには、自分の価値観と異なる意見も完全に対等に(完全中立に)見る客観的視点を意識的に持つことが課題だ。

●共通して見られる状況/私の着眼点(打開の糸口)

歳を重ねた夫婦は、子供たちも巣立ち、徐々に仕事も減らして、夫婦二人だけの時間が圧倒的に長くなる。そうなると、夫婦がそれぞれ自然体で幸せな時間を過ごせることがとても大切になってくる。私も、そういう夫婦になれるよう、それなりに自分の意識を変え、努力もしてきたが、最近もう一歩踏み込んだ努力が必要なことに気づいた。妻の意見は尊重しようと努力をしているのに、時に感情的な対立になってしまう。妻からすると、「意見は尊重する、好きにしたらいい」という私の態度が、どうにも上から目線で「不愉快」というわけだ。これを解決するには、自分の意見が正しいというバイアスをなくし、あえて完全中立視点で考えてみる努力が必要だと気づいた。
あえて「妻の意見も、私の意見と同じぐらい正しいはずだ」と思うようにする。最近、少し意識するようになってから、その効果も見えてきた。

「その先で社会が良くなる」ためのMy Action

組織、チームの最小単位は、メンバー2人であり、その典型が夫婦だ。「この先よりよい夫婦になる」ための私のアクションは、妻との会話における完全中立な多様性を持つこと。考えてみれば、これは私の音楽活動のバンドメンバーとの交流においても同じだ。そして、たぶん仕事仲間、会社組織などにおいても同じではないだろうか?

【風土課題】価値観の違いにぶつかり、話し合うことをあきらめる

鈴木 里沙帆

●私が実感する風土課題は「これ」

私が肌で感じているのは、「人と人とが異なる価値観や仕事観を認め合いながら対話ができていない」こと。特に最近は、世代の違いによって“仕事の進め方”や“正しさ”の価値基準が異なり、話が噛み合わなくなりやすい。どちらにも重要な価値があるにもかかわらず、互いの前提を理解しないまま意見を交わすと、「若手は浅い」「上の世代は古い」といったレッテルが生じやすい。
結果として“話し合っているつもりで、実は譲り合えていない”状態が続いているように感じる。

●共通して見られる状況

・議題が整理されずに会議が長引き、参加者が「時間をかけても前に進まない」と感じてしまう。
・立場や世代を問わず、意見の前提にあるものの違いから「相手の考えはわかるが、歩み寄るきっかけがない」と感じることがある。
・ 自分の意見は、経験豊富な世代と比べて建設的な議論に発展しにくいと感じてしまい、「言っても意味がない」とあきらめてしまう。

●私の着眼点(打開の糸口)

人と人との間に生じるすれ違いは、「どちらが正しいか」ではなく「何を大事にしているか」の違いから起こっている。互いが歩み寄るためには、まず「意見を交わす前に、お互いの価値観を確認し合う」ようにする。たとえば、経験を重ねた世代は「丁寧さ」「積み重ね」「関係性のありよう」を重んじ、若手は「スピード感」「効率性」や「目的」を重視する傾向にある。これを「対立」ではなく「補い合う強み」として認識できれば、会議や意思決定は格段に向上する。

「その先で社会が良くなる」ためのMy Action

人との違いを“ズレ”ではなく“学び合いの機会”と考えたい。 その上で、今はできていない、でもこれからやりたいこととして以下のような行動をしていきたい。
・ 相手の発言の背景にある「意図」や「経験」を聞いた上で、自分の考えを率直に伝える。
・会議の前に「話し合いたいテーマ」と「ゴール」をメンバーで共有し、話し合いの迷走を避ける。
・ 自分が感じる“違和感”を言葉にして出せるようにする。
・SNSなどを通じて、人と人との相互理解・世代間コミュニケーションの大切さを発信していく。
こうした小さな積み重ねが、人と人とが違いを超えて話し合える社会につながると信じている。