スコラ・コンサルト メールニュース 422号(組織風土の日特別号)
11月20日は「組織風土の日」
風土改革を専門とするスコラ・コンサルトが30周年を機に2016年制定。
人々の意欲や努力がよりよく育って組織され、みんなの夢や希望に通じるように。年に一度は自分の組織をメンテナンスすることを習慣にしてもらうのが目的。
★短期退職要因「上司や同僚に相談できない」調査結果第4弾より(巻末にお知らせ)
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年末恒例の流行語大賞2025に「企業風土」がノミネートされたのには驚きました。たしかに年初からテレビ業界に大激震が走る大スキャンダルがありましたが、マウスイヤーと言われて久しい時代の変化の早さ。今年前半のことなど1、2年前ぐらいの感覚です。政治や経済のリードで社会はどんどん変わっていきますが、そのスピードに生身の人間が追いつかなくなっているのが今世紀。風土課題には、つねに等身大の自分たちの戸惑いや足踏み状態が現れる、というのが実感です。 2025年〈組織風土の日〉は、私たちの風土改革支援の「その先で社会が良くなるのか?」を問い直してみたいと思い、改革現場に密着しているプロセスデザイナーを中心に「肌で感じる風土課題」について聞いてみました。言うに言われず職場でモヤモヤしている方は、12の課題で少しだけ発散していただけたらと思います。課題とあわせて「現実的な打開の糸口」も取り上げていますので、ぜひ参考にしてみてください。
無関心、あきらめは社会を冷たくする。
仕事の中にも「その先で社会が良くなる」見方とActionを。
風土改革のスペシャリストが肌で感じる 【24の風土課題】 (前編)
私が実感する風土課題は、これ!
炭元 宗一郎
【風土課題】
世代・立場に偏りなく必要な心理的安全性
私が実感する風土課題は「これ」
1on1や対話の場、ルールづくりなど、心理的安全性(自分が思っていることを安心して発言できる)を高める取り組みを進めている企業や組織が多い。主に上下関係でものが言いにくい立場の若手が対象だが、では、それ以外の上の層は心理的に安全な状態にあるのだろうか。管理職やベテラン社員は思っていることを自由に言えるだろう、という前提があるのではないか。私は30代だが、管理職やベテラン社員の本音を聞く立場になってみて疑問に感じるところがある。
共通して見られる状況
管理職の人と話をすると、苦しい胸の内が明かされる。「1on1をしましょう」「職場で対話の機会を設けましょう」「ただし、飲みニケーションはご遠慮ください」「若手の残業は管理職が肩代わりしてください」…。これでは管理職になりたくない若手社員が増えるのも当然だろう。ハラスメントはもちろんあってはならないが、それを気にして部下や若手社員との距離を縮められず、お互いに疎遠になっている職場をよく見る。コロナ禍を経て、心理的安全性以外の要因でも人と人との距離は大きく離れてしまった。この職場にできた溝を埋め、お互いの関係性を深めるための努力(義務)が管理職や先輩だけに課されている現状には、どこか違和感がある。
私の着眼点(打開の糸口)
管理職側が若手社員に歩み寄ることは基本的には必要だ。しかし、お互いが安心できる踏み込んだ関係性を築くためには、若手社員のほうからも歩み寄れようになることが大切。それを個々の意思に任せるのではなく、たとえば無理なくお互いの理解が深まっていくような「共通の目的」を持てる機会、世代を超えて一緒に学べるような機会をつくる。管理職やベテラン社員が若い頃からどのような経験を経てきたのかを知るところから始めてもいいかもしれない。先輩たちの経験や知識からは学べることがたくさんある。組織的に継承したいノウハウもある。 年齢や経験に関係なく、人としてお互いのことを知ろうとするからこそ、本当の意味での心理的安全性が実現される。
「その先で社会が良くなる」ためのMy Action
年代に関係なく、誰もが自分の思っていることを発言し、一人ひとりの知恵や経験が掛け合わされる組織にするため、以下を意識して行動している。 ・自分の考えをしっかりと持ち、物怖じせずに発言する ・積極的に先輩社員の仕事を取りに行き、自分がお願いしたいサポートを明示する ・世代を超えた交流の場、社内イベントには積極的に顔を出して関係性をつくる ・自分から管理職、ベテラン社員に声がけして雑談する ・管理職やベテラン社員の知恵や経験から積極的に学ぶ ・組織の礎をつくってくれたことやアドバイスに感謝を伝える
木下 拓郎
人の思いが湧きづらい「関わり不足」
前例・成功体験が通用しない環境 → 答えを持てない経営層
革新なく時代の変化に目先の策で対応 → 仕事に忙殺されるミドル層 タスクだけ渡される分業組織 → 受け身で仕事を楽しめない若手層 こうした骨太な風土問題はあれど、そもそも忙しいことを理由に組織のタテヨコ関係において、人が人として関わり合う関係性が希薄になっている。それにより、人と会社・職場・仕事をつなぐ理由になる「思い」も湧きづらくなっているのではないか。
「時代の変化に対応しろ」という指示や号令はあるが、単年の数字目標や評価のあり方はまったく変わっていない。「効率化」という名目で人員だけが減らされていく対応策だと、みんな目の前の仕事をこなすことに精一杯になり、人の育成やチームづくりの観点は薄れていく。結びつきのないバラバラの職場では、多くの人が周り(上司、部下、同僚)に対する不満を抱えて、お互いに「あっちが変わるべき」と思っている。そんな構造を抱えたままで1on1などの手が打たれているため、やること自体が目的化して効果を生まず、現状は変わらない。
まずは、人が人として関われる状態をつくること。階層を問わずそれぞれの人たちが自分の思いを大事にし、お互いの間でも、思いや気持ちを口にしながらやりとりをしてみる。そのためには、まず個々が自分から人に関わろうとすること。気持ちのこもった挨拶をする、つらそうにしている人には声をかける、などのちょっとした関心を相手に向けることがやりとりの下地になる。
自分の気持ちを言葉にする、オープンでいるようにしている。 【あまり仕事の接点がない人に対して】 ・心を込めた挨拶&ひとこと(お礼など) ・何かを抱えていそうに見える人には声をかける 【一緒に仕事をしている人に対して】 ・仕事の意味や目的を確認し合う ・仕事をふり返り、現状に対してどう思っているか、どうなったら良いと思うか、何に力を入れるかなどを話す そもそも、自分が世の中に必要だと思う仕事をする(やりたい仕事をする)。
山科 雅弘
課長になるのは「罰ゲーム」
「課長になるのは罰ゲーム」多くのミドルが心の中で叫ぶ本音だろう。上からは「あれをやれ、これをやれ」と矢継ぎ早に指示が降ってくる。しかし、現場には筋書き通りに展開できない切実な事情がある。プランと現実、この板挟みの中で、現場を預かる課長はさまざまな葛藤や悩みを抱え込んで疲弊しているのが現状だ。ミドルがいきいきと仕事ができる状況に変わっていかない限り、日本企業が真に活力を取り戻すことはないだろう。
多くの企業でミドルが疲弊する背景には、組織全体に及ぶ構造的な問題がある。年々、企業では対応すべき重要課題が増え続けている。現場には多方面の部署から過剰な指示が下りてくるが、現場の実行リソースは限られていて、すべてには対応しきれない。受けて展開するミドルは板挟みになり、一人で悩みを抱え込む。さらに、上からくる指示は「やるべきこと」が一方的に伝えられるだけで、背景や目的、意味など肝心な情報は共有されない。 こうした一方通行が続くと、ミドルをはじめ現場は考える余地を失い、思考停止に陥る。そもそも指示を出す本社側もその背景、目的、意味を深く考えていないことが多いため、組織ぐるみの思考停止状態を招いてしまう。結果として、問題がシワ寄せされた課長の目的は、「怒られない程度に上からの指示をさばくこと」へと矮小化されていく。
構造的な悪循環も断ち切れないわけではない。ポイントはミドル層の連携だ。同じ境遇、立場同士で横のつながりを強化する。自分一人で抱える葛藤や悩みを共有し、対策ではなく前向きになれる本質的な解決の道筋を一緒に考える。それを経営と共有して一体で解決を進める拡大的な連携ができれば好循環への転換も可能になる。 あわせて、停止状態の頭を働かせるための「問う」思考とやりとりの習慣化もポイントになる。上から降りてきた「やるべきこと」に対し、意味や目的がよくわからなければ問い返して確認する。さらに実行面でも「これは本当に必要なのか」「もっと良いやり方はないのか」「目的や方向性に合っているのか」と考えて、既存の枠を超えることが現状打破につながる。
現状、「問い返し」や「問い直し」の機会はきわめて少ない。しかし、私はこの重要性を深く認識し、日々の実践を心がけている。もし私自身が指示を受ける立場にあれば、その背景と目的を深く問い返し、納得がいくまで確認することを徹底している。また、チームで何か実行する際には、「なぜ必要なのか」「何のためにやるのか」「誰にとってどんな意味があるのか」といった本質的な問いを立て、メンバー間で対話をすることを大切にしている。 こうした私の個人的な実践は、ミドルの「やらされ仕事」を減らし、彼らがいきいきと主体的に仕事に取り組める状況をつくり出すための、ささやかな一歩である。ミドルが元気になることが、日本企業が真に活力を取り戻し、組織の持続的な成長につながるものと信じている。
太田 久美
「誰かまかせ」で無関心、自分で考えない社会
①普通に街で見かける「言われないんだったら、問題ない」という羞恥心のなさ、民度の低さ ②不安は語るが自分では学ばない←「しかるべきところが解決すべき」「上の仕事をしっかりやれ(私には関係ない)」という受け身の社会?
①新幹線自由席で行列していたら、気づかないふりでしれっと横入りしてきた40代の会社員風の男性。身なりもとてもきちんとしている。誰も何も言わない。 ②たとえば円安と国債の問題。国力低下に必ずつながるが、目の前の景気の話にしかふれない。マスメディアがポピュリズムに陥るのではなく、政治のポピュリズムにこそ、チクっとやってほしいが!
①社会正義を振りかざすというより、実験的にひと声かけて「それってどうなの?」を伝えてみる。「無関心な大勢のうちの一人」にならない。 ②まず自分で知る、考える。できれば対立する2流派を見る、エコーチェンバー(自分に入ってくる情報が偏って、妄信的になってしまう)状態の対策として。
①ひと声かける「お兄さん、そこに並ぶって違いませんか?」 ②対極内容の本を読んで、どんな内容だったか言いふらす。知らないから言わないを減らす。 ちょっとした関わりのシグナルをお互いに出し合う。糾弾や警察ではなく、 ピアコーチング的世界観で。私もうっかりやっちゃうかもしれないですし。
瀧尾 千波
周囲が「尊重・無関心」で子育て環境が冷たくなっている
昔は(私が子どもの頃)、近所のおばちゃん、友だちのお母さん、親戚のおじちゃんやおばちゃん、ピアノの先生やサッカーのコーチなど、多くの大人との関わりが密にあって、親以外の大人から声をかけられたり、教えてもらったり、叱ってもらったりと、社会全体で子どもを見守り、育てていた。今は核家族化が進み、子育ての方針も多様化して他家の子どもには余計な口出しをしなくなった。社会全体でというよりも、家庭ごとに子育てをするのが当たり前になっている。干渉しないぶん、子どもの行動はすべて親の責任という風潮があり、親は一歩家の外に出たら、子どもから片時も目が離せない。「自由は尊重するが自己(親)責任」でという社会の態度が色濃くなると、周囲との隔たりによって母親たちは孤立し、心の余裕をなくしていく。
まだ物心がつかない小さい子が電車の中で騒いでいたら白い目で見られるし、赤ちゃんの泣き声を聞いて顔をしかめる人も少なくない。もちろん、子どもの野放図な行動を放っておくのは論外だが、親が対処しようと焦っているにも関わらず、「親は何してるんだ」「子どもが騒いだり泣いたりするのはしつけのせい」と言わんばかりに迷惑そうな視線を向けられ、肩身を狭くしている光景をよく見かける。
昔のように密でなくても無関心ではない、もっと社会全体で子どもを育てられるような、子どもたちの豊かな心を育むような視点で関わり合うことができないか。子育てをする親だけではなく、自分とは違う境遇の人に対して「自分は関係ない」「自分とは別世界」と距離を置くのではなく、社会全体で「理解し応援する」視線や空気があれば、親も子も、人々も安心して生活ができ、この社会を信頼できるようになるのではないか。
自分も3児の母として子育ての悩みや孤独を抱えて悩んだ時期があったので、双子サークルの運営に加わり、同じ悩みを抱えている人に情報を発信したり、相談に乗ったりする場をつくっている。また、自分や周りの人たちの使わなくなった子ども服・おもちゃ・絵本などのリユース品を次の世代に譲り、使ってもらうような活動もしている。これからは、自分とは違う境遇の人に対しても理解・応援できるように行動をしていきたいと思う。
神田 卓
「減点主義」から「めざすもの」に挑戦へ
職場で、本来めざしたい成果や価値について自由にやりとりをしたいが、どうしても正解がある前提で、「何ができていないか」「ミスがないか」などマイナス要素に目が向いて、“減点されないこと”が第一の目標になってしまう。「めざすものに向かって、一緒に挑戦しよう」という気運をつくるためには、まず前例にとらわれないで話し合うことに挑戦する必要がある。
定例会議や打ち合わせ、研修などで「間違い探し」的な質問や指摘が増えていて、最終的なゴールや成果に向けてのアイデアや前向きな提案が出にくくなっている。新しいことをやろうとする時も「リスクは?」「前例は?」と不安点ばかりが話し合われ、実行段階でも“できていないこと”のほうに目が向けられがち。報告や評価の場面でも「ここが抜けている」「この対応は足りない」とマイナス点を指摘するフィードバックが定着していて、その人が「どうしたいか」に耳を傾ける姿勢が欠けている。こうした減点思考の組織の代弁者が、全体的なチャレンジの動機や意欲を冷やしている。
【話し合いの場面】オーナーが「何をめざしたいのか」「何が実現できたら嬉しいか」を先に言語化して、やりとりの土台に据えることが大事。具体的な成果のあれこれや希望の持てる挑戦と失敗にメンバーの意識を向けるようにする。そして、メンバー全員で「挑戦」「工夫」「成長」などポジティブな視点、減点ではなく「加点」モード、数値目標ではなく“みんなでめざすポイント”に焦点を当てた話し合いを試す。 【報告・提案・評価の場面】報告・提案を受ける、評価をする側が、必ず「この取り組みや仕事で一番大事にしたいこと」「どこまでめざせたか」から話を聞く。
・日常のチームミーティングや打ち合わせで、最初に「私たちがめざしたいゴール」をひと言確認する時間を取る。 ・フィードバックやふり返りでは、「できたこと」「挑戦したこと」「次にめざしたいこと」を必ず伝える。失敗やミスだけに注目せず、「めざすものに近づくための工夫や姿勢」を見つけて、共感の気持ちを相手に伝える。
三好 博幸
多様な個人の力が組織の力につながっていない
日本の経済成長は、基幹産業である製造業のモノづくり現場が持つチームワークや組織能力の高さが原動力となっていた。これらを生み出し、下支えしていたさまざまな要因が「失われた30年」の間に変化をしているにもかかわらず、多様な個人の力を組織の力に昇華させていく術をほとんどの日本企業が確立できていない。
価値観や就業観、働き方や雇用形態の多様化によって分業化、個業化が加速する一方、DXの遅れや慢性的な人材不足もあって余裕なしの状況が解消されないまま、多くの企業では、周囲と関係なく「一人ひとりが自分の仕事をこなす」だけの状態が蔓延している。通常業務をこなすだけで精一杯で、新しい価値や変化を生み出す組織全体の能力が著しく低下している。
「そもそも組織とは、個人の力だけでは実現できないことを皆の力を集めて実現するための協働のシステムである」ということに立ち返り、多様なメンバーがバラバラに分担業務をこなす分業ではなく、メンバー同士で情報や知恵のやりとりをしながら相互に協力する「協働する組織・チーム」をつくっていくこと。それが日本企業の強みであった組織力の再構築のポイントである。
高度経済成長期の日本企業の強みであった組織力は当時の時代背景や経営環境に合わせて築き上げられたものであり、VUCAといわれる今の時代では新たな組織能力の構築が必要だということを社会に提唱し、そのための実践的な方法論や技術を企業に提供する努力をしている。 日常で意識しているのは、他者の価値観の違いを尊重するものの「人は人、自分は自分」ではなく、「自分にはない能力や価値を持っているこの人と何が一緒にできるか」をまず考える。
刀祢館 ひろみ
いまだ根強い「上の人に従う」「上の人には言わない」という慣習
働き方改革、パワハラ対策、MeTooムーブメント、企業コンプライアンス対応…と、ここ数年で日本社会の規範が刷新されている。一方、大学の学生や企業のミーティングでは、こんな声がまだまだ普通に聞こえてくる。 ・店長に「数字いってないのに残業つけていいと思っているのか」と言われ、毎晩遅く帰って、朝は定時出社。ちゃんと休めてない。(販売会社のチームリーダー) ・「この時代に、会社の飲み会では女性がお酌するのが普通。本社はそんなことないらしいけど」(地方支社・女性社員) ・「バイト先で強い社員さんがいて、誰もさからえない」「会社に入ったら、上の人は絶対ですよね」(大学生) ・「また不具合が出たので本社に報告しているけど、回答が返ってきたためしがない。お客様に迷惑かけちゃいけないので、結局、現場で対応するしかない」(設備メーカーの現場監督者) 上司と部下、本社と現場など、仕組み上の上下関係がそのまま力関係になり、「下から上へ」問い返したり、意見したりするのはやめておこうと無意識に判断する傾向がある。
「上の人」は指示や依頼をし、決定するのも仕事だけど、もう一つ、メンバーの意見や質問を聞いて意欲を促すことも大事な仕事だってことが知れ渡っていない。もしも自分が「上」の立場の場合は、全員が無理でも誰かにひと言でもいいので声をかける。自分が「下」の場合は、感想でもいいので何かしら反応する。 (そもそも組織運営の役割や責任を明確にするために、〇〇長、リーダーなどの組織機構・役職が設けられている。たとえば法令・コンプライアンス、もっというと人権は組織運営の仕組みよりも優先される)。
立場に関係なく人の言うことがよくわからない時や、すぐには受け入れられない時には、「ちょっと待ってもらえますか」「〇〇って思うんですけど」「それってどうしてですか?」など、黙っていないでひと言はさむ。「迷ったら言う」を心がけている。すると相手も「あ、言葉が足りなかった」「そこがわからなかったのね」「なぜかというと…」「聞いてくれてよかった」と答えてくれることが多い。
塩見 康史
問題を“私”から切り離して外に置かない
現代の問題現象は多岐にわたるが、多くの人はそれらを自分の外側にあるものとして捉え、外部環境を変えることで解決を図ろうとする傾向が強まっているように感じる。しかし、実際の「問題」には構成要素として“自分自身”も含まれており、変革が必要なのは、自分自身のあり方や自分と他者との関係性なのではないか。風土改革は、このあり方を問い直すことから始まるのではないか。
人材育成やマネジメントの課題として「Z世代をいかに動機づけるか」という視点がある。すでに飲みニケーションや強圧的な指導が通用しないことは理解されているものの、それに代わるものとして「魔法のようなHOW」を探し求める姿勢が見受けられる。こうしたアプローチは、上司から部下へ、相手を操作することで問題解決を図ろうとするものであり、「共に考える」「自分自身を問い直す」といった関係性の再構築が困難になっていることを痛感する。
このような状況を打開するためには、世の中にあふれる(HOW的)情報を参照する際に、「私にとって」という主語を挟んで考えることが有効だと考える。「この社会課題は、私にとってどんな意味があるのか」「私はこの情報を受けて何を感じるのか」といった問いを重ねることで、環境と自分を切り離すことなく、相互に影響し合う存在として認識できるようになる。Z世代の育成においても、「彼らをどうするか」ではなく、「私にとって、彼らとの関係はどんな意味を持つのか」と問い直すことが、関係性の質を高める第一歩となる。
こうした思考を日常に取り入れるために、まず自分を取りまく関係性の中で固着しているもの、“固定観念や既成の人間関係の枠”を意識的に外すようにしている。 禅語「日々是好日」のように、毎回の対話を「新しい関係や認識を生み出す場」として捉え、過去の枠組みにとらわれず、今この瞬間の関係性をていねいに築いていくようにしている。
野田 史美
あれもダメこれもダメの弊害
今の時代の企業は、◯◯ハラスメントや多様な価値観(D&I、ルッキズムなど)に神経を尖らせ、慎重で丁寧な対応をしたり、過剰に配慮をしたり。また労働力不足から、それが原因で人が辞めていくことも懸念材料になっている。ただでさえ人間関係が希薄になっているなかで、社内外を問わず、世間一般にも人への接し方、対応、対人関係は悩みの種で、どうしていいかわからなくなってくる。 余計なことは言わない、聞かない、怒らない。そうしているうちに社会の口は重くなり、どんどん会話やコミュニケーションが減っていく。これが毎日の積み重ねになり、人間関係のベースになると思うと、先が恐ろしい。
どうしていいかわからないから、余計なことは言わない、聞かない、怒らない。一見、困った挙句にこういう選択をしているようだが、本当は考えることを放棄しただけなのではないか? 近年では若者の転職理由に「会社がホワイトすぎて自分が成長できる気がしない」「全然怒られないし、気を遣われているのをすごく感じる。怒ってくれたらいいのに」という声も聞く。 企業は、あれもダメ、これもダメと言われて身動きできなくなっているが、本当はそこまで心配しなくてもいいのかもしれない。もちろん相手に不快な思いをさせないことは大事だが、恐れてばかりでは何もできない。基本姿勢として“相手を尊重する”という気持ちがあれば、本当は心配することなんてあまりないのかもしれない。
相手のことを考えて(最近のその人のトピックスなんかを思い描いて)、細かいことは気にせず、遠慮せず、臆せず、ささいなことでも話しかける。
宮入 小夜子
複合化する複雑な課題をつなげて「部分最適のムダ」を脱却する
一人暮らしの高齢者、シングルマザー、外国人、障害を持つ人、介護者など、多様な人々が共に支え合う社会を実現する「多世代シェアハウス」を広げていこうという人たちがいる。少子高齢化、家族形態の変化、個人の生き方も多様化する時代に、複数の社会課題を同時に解決しようとする試みの一つである。しかし現在の状況は、公的な支援や福祉が個別(課題別)に適用されるしかなく、縦割り行政や既存の制度・規制が複合的な課題解決モデルの実現を阻んでいる。
「多世代シェアハウス」は、ゆるやかな家族的ユニットをつくることで互いに助け合い、自律的な信頼関係に基づくコミュニティを構成しようという時代性をとらえた新たな試みである。しかし、レガシィな国のルールや制度は時代の変化に追いついていない。公的な個別の部分最適的(まだ最適とも言えないが)な施策には、それぞれ受益のためのハードルが設けられている。たとえば、高齢者への食事提供サービスは老人ホームと見なされ、膨大な書類や設備を求められる。シングルマザーや障害者、生活保護受給者などがリビングを共用するシェアハウスでは、行政の住居費補助が支給されなくなってしまう。 そもそも、こうした複合課題解決型コンセプトのシェアハウスの設置基準が国にないため、市区町村ごとに指導内容もバラバラである。 このような部分最適状況は企業組織にも見られる。 ・各部署・機関は個別に課題解決に取り組むが横のつながりがない ・重要課題を包括的に考え、重層的な解決をデザインしていく機能がない ・部分最適化が全体最適を阻害している ・同じ対象者に対して重複した支援や抜け道をつくってしまい、既得権益化する
部分最適の壁を乗り越えるためには、「共通・共感・共有」をコンセプトにした取り組みがポイントになる。①共通のビジョン(目的や実現したい姿) ②共感者の集団・コミュニティ ③先進事例の共有、が有効だ。 まず当事者の声を集め、よりよい未来像を描くことで、共通ビジョンを共有する。 そして、メンバーの自立とウェルビーイングという二つの課題の同時実現をめざす。そのビジョンにそって、経営負担の軽減にもつながるような全体最適の方法を構想し、対話を通じて共感者を増やしながらマジョリティを形成する。あわせて先進事例や類似事例から学び、関係各所に示して想いをカタチにしていく。
私としては、組織や社会の課題に取り組む人たちの悩みを聞き、一緒に考え、自分のネットワークを最大限活用して、一歩踏み出すための置き石を置いている。共有した課題については、拡散しながら、興味を持って協力してくれそうな人を発掘してつないでいる。先進事例や他社事例を紹介し、使えそうな資源の在りかを提示することで発想を転換し、つながった人たちの主体性とモチベーションを上げて、「まずはやってみよう」と一緒に行動することで、同志になろうとしている。
木原 玲子
夢を描けず「日々の業務を回す」だけの中間管理職
日本企業では、多くの社員が組織の規律や約束事、前例に従って動いている。その窮屈さや時代に合わない考え方、やり方に対して、心の中では違和感をおぼえ、すっきりしなさを感じ、モヤモヤや反発はあるものの、自分から現状を変えるだけのエネルギーはない。それは部下を持ち、責任ある立場の中間管理職も同じで、仮に思いや成し遂げたいことがあったとしても、組織の中では黙って過ごしたほうが無難だし楽だと思っている。そういう上司を見ている部下たちにとっては、頑張っても夢を持てない組織に映る。
組織の中で影響力のある管理職たちが、夢や将来を語るよりも、効率化や人員不足で目の前のことに忙殺されている。これではまずいと思っていても、今の働き方では、その思いを部下や仲間に伝えて一緒に考える余裕、語り合う時間が取りにくい。自分から企てて何かをやろうというエネルギーが湧かず、あきらめ感とこのままではダメだという焦りに葛藤を感じているミドルは多い。それが組織の中で連鎖し、中堅や若手世代にも、自発的に現状の改善や見直しをすることのあきらめや躊躇が生まれている。
特に管理職の人は、スマホやPCを見るのをやめて将来を考える時間をつくってみる。自分が大事にしてきたこと、こだわっていることなどについてとことん考えてみる。小さなことでも、「こうしたい」「こうありたい」という自分の思いを言葉にしてみる。そして、できれば身近な仲間(いろんな立場や状況にある同僚、知人・友人)や部下とも、それについて話してみる。対話をすることで気づきや刺激を得るだけではない。一人ではないという安心感や心強さが意欲を高めてくれることが、現状から脱していける一歩につながるのではないか。
頑張る世代の一人として、日々を何気なく過ごす、目の前のことに追われるのでなく、少し余裕があるときには「自分は何をしたかったの?」と問いかけている。また、友人や同僚、社外の人とやりとりすることで刺激をもらい、現状を変えようと思うエネルギーを呼び起こしていて、周りの人もそうなれるといいと働きかけている。
スコラ・コンサルト「会社と個人の関係に関するアンケート調査」調査結果
第1弾 「静かな退職者」は全体の16.3%、性別・年代問わず均等に存在
第2弾 転職経験者の61.8%が転職に満足、「前の会社の方が良い」は7.8%のみ
第3弾 やる気が出ない男性30代、割り切って充実の女性30代
風土改革事例
株式会社みずほフィナンシャルグループ
成長戦略として「企業風土の変革」を掲げ、部店単位で取り組む組織開発
住友重機械工業株式会社
誇りを持って働ける職場をつくる「自律する個人」と「挑戦する組織」を実現するための組織開発PRIDE PJ(プライド・プロジェクト)
TOPPAN株式会社
TOPPANグループ 未来創発プログラム 人事部編