変化のエネルギーを支える「持続」の土台づくり

風土醸成プロジェクトは、一社化のメリットを最大化し、さらに社員が突破口となって会社の未来をつくっていくためのエンジンづくりである。

2016年4月以降、新会社の立ち上がり段階では、教育研修や組織の整備・機能強化などハード面の整備が先行した。そして5カ月後の9月、この大きな変化をきっかけにして従来の考え方や動き方、会社との関わり方などを変えていくためのソフト面(風土・文化など目に見えない部分)の改革、新会社の風土醸成が本格的にスタートした。

活動の体制は、「人」の可能性を引き出すことに価値を置く小林さん(社長)、重松さん(常務)の両スポンサーを軸に、推進のエンジンとなるアチコーコープロジェクトの若手メンバーと、アチコーコーに対する支援機能を持つDo-kleプロジェクト(ミドル層)が連携しながら活動を進めていく。2つのプロジェクトが職場を巻き込み、横断的にネットワークを広げていく展開である。

ツールには“気楽にまじめな話をする”オフサイトミーティングが使われた。

「前述のとおり、飲み会では話すが会議では沈黙が多い中、社員の思いを引き出すには〈オフサイト〉が最適と考えました」(重松さん)

 

風土醸成の進め方

ANAからの出向者に依存せず、社員の主体的な活動として持続させていくため、経営が活動の骨格や仕組みづくりに力を入れて積極的に支援。

  1. 自分たちが主体的に、仕事と一体で風土を変え続けていく活動にする
  2. 全社一律一斉の活動にせず、意欲と関心のあるメンバーで始める
  3. 考えて動き、変化するための余裕を「明日の仕事の時間」とみなす
  4. 自分たちの「ありたい姿」を描き、真の課題を発見・解決しながら近づいていく
  5. 変化・成果を見えるようにし、経営計画に組み込む

 

現状打開の改革ポイント

経営陣が見定めた現状打開の糸口となる改革のポイントは、

  • 「ものが言いにくい」状態を「自分の意見や思いを口に出せる」状態に変える
  • 真剣に相談、協力できる仲間をつくる
  • 「個々が与えられた仕事をこなす」状態を「全体を見て課題を見つけ、チームで協力して解決する」仕事の仕方に変える
  • 長期視点で部下の成長を支援し、課題解決を促進する支援型マネジメントに変える

 

ありたい姿、めざすものへの想い

お客様1名・手荷物あるいは貨物1個・飛行機1便に強くこだわり、お客様に選ばれる企業であり続けることに挑戦し続ける。

 

実施内容の意図すること

  • 本音で話せる、本気で意見をぶつけ合える仲間を増やす
  • モヤモヤを出し合って、視野や関心の範囲を広げる
  • 問題を出し合って本質的な問題、課題を見つける
  • 現地・現物を見て考える、気づいたことを「やってみる」
  • 自分たちの「ありたい姿」を描いて共有する
  • 「ありたい姿」に近づくための真の課題を見つけ、チームで解決に取り組む
  • 変化を可視化し、レビューする
  • オフサイトミーティングのコーディネート、風土改革のプロセスデザインを学ぶ

 

風土醸成活動の推進母体

アチコ-コープロジェクト(現場活動のエンジン)

「アチコーコー」は沖縄の方言で「熱あつ」のこと。その名のとおり、まだ熱くて柔らかい若手メンバーを19名、活動推進のコアメンバーとして現場・間接の8部門にわたって集めた。アシスタントマネージャーやチーフクラスのメンバーが、現場の仕事と一体で風土を変えていくための議論を重ね、長期視点の課題に取り組んでいる。Do-kleプロジェクトと連携し、「沖縄空港のこれからを考える」オープンなヨコのネットワークとして同じ土俵で話ができるメンバーを増やし続けている。

 

Do-kleプロジェクト(マネジメント変革と現場活動の支援)

「ドゥークル」とは沖縄の方言で「自ら、自分で」という意味。

アチコーコーメンバーの上司でもあるリーダー・副部長・部長がメンバーの中心。アチコーコーメンバーの相談に乗り、意見交換しながら、活動の職場展開や現場の改革・改善のチャレンジなど上司にしかできない支援をする。現場発の問題や課題を組織的に取り上げ、計画づくりなどを通して経営につないでいくタテのネットワークのキーになる。

 

推進事務局

経営として風土醸成の取り組みの旗を持つ重松常務、アチコーコーメンバー(総務部のアシスタントマネージャー志良堂太一さん)が、経営と現場の両面から2つのプロジェクトを支援しながら、スコラ・コンサルトのプロセスデザイナーと一緒に活動全体のプロセスデザインを行なう。並行して、社内のプロセスデザイナーを育成する。

 

(外部支援)スコラ・コンサルトのプロセスデザイナー

主体的な変化を引き出す活動の視点―「自分にとっての意味・価値」を動機に

風土は一朝一夕に変わるものではないから、一過性の取り組み、形式的な活動にせず、「自分たちの意志と責任で、自分たちの会社を未来に向かって良くしていく持続的なものにしたい」というのが経営陣の意志である。社員だけにそうなってほしい、というのではない。本気でそうなるように経営の側からも形や行動で示してきた。

「そもそも活動は、自分たちが『やる』と決めてやらないと続かない。風土改革の取り組みがうまくいかないのは自分たちに責任があると私は思っています。こうすればうまくいくという公式を学んで進める方法もありますが、結局、自分たちが考えて主体的に動かないと変えていく力がつかない。その点、オフサイトミーティングというツールを活用し『自分たちが当事者として主体的にやる』というスコラ式風土改革のやり方は魅力的です」(重松さん)

 

アチコーコープロジェクトを立ち上げてから、重松さんがずっとメンバーに言い続けていることがある。「私は風土醸成活動の言い出しっぺですが、いずれ異動する出向者ですから、ここにいる間に自分がやれることをやるしかありません。でも、自分がいなくなった時にこの活動をどうするかは常日頃から考えてほしい。続けるにしても、あるいはやめるにしても自分たちの考えをしっかりと持って、上に対しても『こうする』と言えるようにしておいてくれと。また、風土醸成活動の成果は簡単には出ないため、焦ることがあるかもしれない。加えて、周りの理解不足に悩むこともあるかもしれない。だから、この活動が自分にとってどのような意味・価値があるのかについても考え続けてほしいと」

その旗を持ってプロジェクトを立ち上げた重松さんには、これまで他の出向先でも風土改革に取り組み、成果も失敗も味わってきた経験がある。そこから得た「持続」のための視点や知恵は、風土醸成活動の進め方や、初期に行なう基礎づくりにもしっかりと反映されている。

1.いきなり大勢を巻き込むのは非効率だから、コアメンバーを選ぶ
2.上から言われてやるものではないから、やるかどうかは社員が決める
3.仕事と改革活動を分離せず、現場の事実・実態に紐づける
4.口にできずにくすぶっている「モヤモヤ」、感情を軽視しない
5.一人で抱え込まず、なんでも相談できる仲間を増やす
6.一人ひとりがしっかり考え、いろんな人の意見を聞いて視野を広げる
7.表面的な問題解決ではなく、真の課題、真因を見つける
8.アウトプットよりも、考え方、やり方、プロセスの変化を重視する

 

形式に終わった活動の失敗を、再燃のエネルギーにする

じつはANA沖縄空港のスタートに先立つ前年の2015年から、風土改革委員会や次世代空港運営体制検討プロジェクト(通称Jプロ)が発足し、統合・グループ入りに向けて社内の機運を高め、よりよい風土の会社にしていくための風土改革活動が始まっていた。メンバーの中堅管理職を中心に熱のこもった議論がなされ、ここで新会社のビジョンも策定された。現在、公式に「私たちの想い」として掲げられている《1名1個1便に強くこだわる》である。

 

しかし、ちょうど旧会社が50周年を迎える節目の年でもあり、こうした活動から生まれた成果も、歴史的なビッグイベントのセレモニーを盛り上げる演出の一部になってしまう。ビジョンづくりも納期が優先、プロジェクトのメンバーたちも目前のイベント準備に追われることになり、“新会社という器に魂を入れる”ための風土改革は消沈してしまった。

そのままグループ入りして半年近くがたち、置かれた環境が変わっても、社員の側で新しい風土を醸成しようという機運が再燃する気配はない。放っておくと“鉄を熱いうちに打つ”タイミングを逸してしまうと感じた経営陣は、一度バトンを引き取り、新体制のもとで活動を一新、本格的な風土醸成に取り組むことを決めたという経緯があった。

 

当時、Jプロのサブメンバー(JJプロジェクト)として活動に加わっていた志良堂さんは、「結局イベント要員で終わってしまってモヤモヤが残った」と振り返る。特に、当時の状況下でつくられた「自分たちの想い(ビジョン)」については、策定メンバー以外、それぞれが自分の想いを重ねていく議論のプロセスがあったわけではない。

仕切り直しで始まったアチコーコープロジェクトで、「ビジョンをもとに自分たちのありたい姿を考えよう」という段階になると、メンバーから「これは自分たちが決めたものじゃない」という声が出てくることになった。

結論から言えば、アチコーコーのメンバーが4、5カ月をかけて、ゼロベースで自分たちの「ありたい姿」を考える議論をしたところ、出てきたものは《1名1個1便に強くこだわる》と、その想いは同じだった。でき上がったビジョンへのモヤモヤの中身は、結果への不納得ではなく、省かれたプロセスへの不納得だったのである。

 

「逆にあれがバネになって『私たちの想い』の議論が深くなった面はあると思います」と志良堂さんは言う。

「今だから言えることですけど、そういうみんなの議論や成長を思い浮かべると、不完全燃焼だったあのプロセスは決してムダではなかったのかなと思います。あの時から抱えてきたフラストレーションが『ありたい姿』を考える議論の大きなエネルギーになっている。全部がつながっているんですよね」(重松さん)

 

辞令交付で「会社を良くする仕事(明日の準備)」の時間を確保する

長年にわたって染み付いた常識や行動習慣は一朝一夕に変わるものではない、という認識だから、経営は「変化を急げ」とは決して言わない。しかし、取り組みを促進する環境をつくることはできる。

そのための支援に力を入れる経営陣には、はかっているタイミングがある。

一つは、前にふれた「鉄は熱いうちに」と重松さんが口にする、内部のゆらぎが安定しきらない2、3年目。もう一つは外部要因として、来日旅客数が一気に増えると予測される2020年までの間、比較的余裕のあるうちに人を育てたいと小林さんは考えている。

 

2019年までの3年間は、経営にとってもプロジェクトメンバーにとっても活動の正念場である。

とはいえ、プロジェクトのメンバーはほとんどが現場で時間刻みの業務を抱え、それぞれの現場も敷地内の広い範囲に散らばっている。空港は24時間体制だからメンバーの空き時間を合わせるだけでも苦労する。いくら経営陣の肝いりであっても、通常、風土醸成のような活動は業務とはみなされない。それが現実だから、「みんなの休みを使ってやるしかないということになると申し訳ない」と、小林さんはアチコーコープロジェクトの発足以来、メンバー全員に兼務辞令を交付している。

「辞令があるのとないのとでは全然違う」と志良堂さんはきっぱり言う。公式に業務と認められる活動になっていないと、業務時間内に職場を抜ける時も「忙しいのにどこ行くの?」と思われて、肩身の狭い思いをしながら時間のやりくりをすることになる。

辞令交付について、小林さんの考えはシンプルなもの。「経営としての大方針の一環だよ、ということを認知させる目的以外の何ものでもありません」と明快だ。

「担当業務と同等以上に重要だと私は理解しています。まさしく業務の一環ではあるんですけど、こういう異質な業務は、業務時間内だけでやりきれる仕事でもない、使命感とか、この会社を良くしていきたいという気持ちがないとやれないですよね。だから上司も同僚の人たちも彼らのことをしっかりサポートしてね、というメッセージです。もともと言われたこと以外のことをやる文化がなかったので、認知してもらうためでもありました」

環境変化に耐えうる会社にしていくための「明日の準備」の仕事は、日々達成すべき業績向上の仕事とは違う。しかし、想いを持ってそれに取り組むメンバーと周囲との間には当然の温度差がある。

「上司たちが集まる会議の場などでは『温かくサポートしろ』『細かいことは言わず支援だけしろ』と話はしています。ピンときているかどうかは定かではありませんが(笑)」

少しでも寒暖差を埋めるため、トップのほうからもスポンサーシップを発揮する。

各部署では管理職のDo-kleメンバーが稼働調整を行ない、広く職場を巻き込んでいくため、業務としてオフサイトミーティングを始めている。

 

経営と業務に「活動」を埋め込む―風土を表す考動計画

会社の風土が変わり始めると、どんなところに目に見える変化が現れるのだろうか。

これまで経営の立場で出向先の複数社を見てきた重松さんは、風土が端的に現れるものとして「経営の活動計画」を挙げる。

「日々の仕事はきっちりやり、それに付加価値をつけるために活動計画があると思いますが、大体パターンとしては内容が総花的になっていて未達成の項目が多く、これを次の年度も掲げているケースがよく見受けられますね。逆にいいなと思うのは、ややこしい課題がちゃんと挙がっている時。ややこしい課題って、本当に真剣に考えて具体的なアクションプランを立てて実行しない限り、先に進まない。そんな、大事だけど誰も手をつけないような課題が一つでも入っていると、いいなと思います。本当にやるぞという計画を作成した部長の意気込み、課題解決しようという意志が出ているかどうか。まさに風土が現れると思いますよ、そこに」

 

ANA沖縄空港の活動計画は、2017年度から“自らしっかり考えて実践する”ものにしようと「行動計画」から「「考動計画」に名称も中身も変えた。その土台をなすものとして「風土づくり」が設定されている。

ただ、重松さんがいいなと感じるような具体的な課題項目が入ってくるのは、活動が2年目に入り、いよいよ始まった業務改革レベルの課題への取り組みが目に見えてくる来年からになる。

考動計画の質的変化は、会社の変化を判断する最大の指標だと重松さんは言う。

 

プロジェクトの活動が計画の形で可視化されれば、半期ごとのレビューで変化を確認でき、成果の共有もしやすくなる。経営計画に組み込まれることで社内の認知も高まるし、みんなが意識し始める。

さらに重松さんは、自分たちで組織の進化を見られる「共通のモノサシ」を持ちたいと早い段階から考え、作成を進めてきた。風土醸成の取り組みをもっと自分たちのものにするためである。ANA沖縄空港らしいスタイルのオフサイトミーティング、独自の変化や成長を確認するための指標、現在地を確認するためのマップ…。有視界飛行だけではなく計器飛行もできるように、そういう確かなものを拠り所にして、みんなが使いながら活動を続けていけたら、と語る。

そうやって「明日の準備」の仕事は輪郭を現し、日常業務の中に溶け込んでいくのである。