「会社の未来づくり」が人と仕事に熱く溶け込む
〈風土醸成 アチコーコープロジェクト〉

航空業界の国内トップを走り、英国SKYTRAX社の「ワールド・エアライン・レーティング」でも国内で唯一、最高評価の「5スター(5つ星)」を5年連続で獲得しているANAグループ。めざましいアジアの経済成長に伴う商流の拡大や、ジャパンブランドが喚起する来日外国人旅行者の増加、2020年の東京五輪に向けた訪日旅行者4000万人の政府目標など、近年の航空需要の拡大を追い風に、「お客様満足」と「価値創造」で世界のリーディングエアライングループをめざしている。

その一翼を担うのが、那覇空港でトータルな地上支援業務を行なうANA沖縄空港株式会社。同空港は発展するアジア地域に近接する国際物流のハブ拠点であり、また入域観光客数が毎年増え続ける(直近5年の成長率は10.3%)沖縄の空の玄関として戦略的拠点空港に位置づけられている。

この大きな役割を担って2016年4月にグループ入りした新会社、ANA沖縄空港株式会社は、

  1. グループの一員としてミッションを果たすための経営基盤づくり
  2. 事業をとりまく環境変化に耐えうる人・組織づくり

という2つの大きな課題に着手。2016年9月からは、小林克巳社長、重松真常務ら経営陣の強い意志のもとに、風土醸成活動〈アチコーコープロジェクト(後述)〉をスタートさせた。

同社の活動の最大の特徴は、風土醸成が経営の一環に位置づけられ、早い段階から「持続すること、やり抜くこと」を意図した独自のやり方の工夫、仕組みづくりを伴って進められている点にある。

航空業界をとりまく外部環境は変わり続けている。新会社のミッションは、一社化のメリットを生かした空港運営の効率化と、ANAグループとしての〈安全・定時・サービス品質〉の高い要求をクリアし、拡大する需要に対応していくこと。それを当たり前に果たしつつ、もう一つ、将来を展望した「沖縄空港らしさ」を、こうありたいというビジョンを描き、全体としての仕事の中で実現していくこと。そこに風土醸成の取り組みの肝がある。

重要拠点空港としての期待を背負いながら、同社の風土醸成の取り組みは、人員も時間もタイトな現場のメンバーを中心にして始まった。メンバーの大半はデスクワークではなく、日夜、空港内の各持ち場で飛行機の離発着に合わせて動いている現場スタッフである。

実際に同社では、業務品質と効率を着実に高めていく日々の活動と、長期にわたる会社の成長のための活動を、どのようなやり方で両立させ、持続可能なものにしようとしているのだろうか。

以下、【骨格編】では、同社の風土醸成の取り組みを概観しながら、その背景にある経営の課題と、経営による取り組みの土台づくりの骨格を紹介していく。

【骨格編】変化に耐えうる会社の土台をつくる

変えるべきものは何か、現実はどうか。

ANAグループが進めてきた空港運営会社設立の狙いは、空港運営に携わる縦割りの機能別会社を統合し、業務を一元化して空港機能のパフォーマンスを上げること、さらには、空港会社同士が同じ方向を向いて連携することでグループ全体としてのサービスやオペレーションの品質を上げていくことにある。「空港機能全体を見通した全体最適の追求」は、グループの空港各社に求められる大きなテーマだった。

 

受けた仕事はやりきるが、全体を見ていない

小林克巳代表取締役社長
沖縄は「安心できる海外♡堅苦しくない日本」です。

これまでANAグループの伊丹空港、成田空港のトップを歴任し、グループ会社の統合も手がけてきた小林克巳社長はこう語る。「空港運営会社が達成すべきミッションは安全、定時、サービス品質のさらなる向上であり、どの部門もめざすものは共通です。その中で、役割分担している仕事の工程には前後の流れ(前後工程の関係)がある。その関係の中で、どう連帯意識を持って最終成果につながるような想定のもとに各分野の仕事をしていくか、がとても大事です。そういう方向性について具体的にいろんな場面で確認し合えるという意味で、会社は一つのほうが間違いなくメリットがあります」

ただし、本土にある他の空港運営会社が既存のグループ会社同士の統合だったのに対し、ANA沖縄空港だけは、那覇空港で空港ハンドリング業務を受託するエアー沖縄グループの2社を1社化してANAグループ入りした、という点で大きく異なっていた。

 

2社は50年以上にわたってANAグループの関連部門と一緒に仕事をしてきた経緯から、グループに入ることについては社員の多くが前向きだった。業務内容も従前とそれほど変わるわけではない。もともとANAグループの基準でオペレーションをしてきているから安全や品質、パフォーマンスも標準のレベルにある。「空港」という共通の場所で分担する業務の責任は果たしてきたが、会社の生い立ちによる風土・文化の違いがあった。

グループの一員となり、従来と同じ業務を担うにしても役割や責任は格段に重くなってくる。早期に変える必要があったのは、長年にわたり染み付いている仕事の仕方・考え方である。これは外部の第三者からは見えやすいが、内部ではなかなか自覚しにくい。

 

重松真常務取締役
なぜか、自分に不向きな仕事(風土醸成活動)を続けています。

小林さんの右腕として、新会社の風土醸成プロジェクトを進言し、自らも事務局として支援しているのが重松真常務だ。2015年の春、新会社設立のためにANAから出向してきた。重松さんは、過去に出向した2つのグループ会社で風土改革に取り組んできた経験を持つ。

「間接部門の人たちはANAとのやりとりが増えたことで、環境の変化を肌で感じていると思います。でも9割以上を占める現場の社員たちは、今までとの違いは感じにくい。社員がグループ入りをきっかけに、もっといい会社になろう、グループの中でも全体をリードできる会社になろう、あるいは沖縄県内でピカイチの会社になろう、という思いを持って仕事をする状態にはほど遠い感じでした。このままではせっかくのチャンスを生かせずにごく普通の会社で終わってしまうと思いました」

その点について、小林さんは穏やかな口調でこう話す。

「今までも大きな問題なく運営されてきたけど、これからは、もう一歩先に進んで、全体としてより力を発揮できる会社になっていく必要があります。これまでは別会社だったから、そういう会社の基盤とか、社員が自律的に考えて物事を動かしていく組織運営や人材の育ち方とか、伝統の中で築かれてきた共通の経営基盤がありません。任された仕事をやりきる、やりくりして回すといった面では長けているけど、では、将来的に会社をどう発展させていくのか、その中で人をどう成長させていくのかといった未来につながる会社運営になっていたかというと、特に人の育成の面では十分ではなかったような気がします」

 

 

ものを言わない、「上から言われたことをやるのが仕事」という価値観

「沖縄に来た当初、飲み会での大盛り上がりと会議での静けさ(発言の少なさ)とのギャップに戸惑いました。当社は現場主体の会社ですから、たとえば作業手順の順守徹底のためにはトップダウン型のマネジメントも必要です。ただし、これが強過ぎると上の人の言うことには従うもの、余計なことは言わないといった考えの社員が増えます。

一方で、会社や事業をとりまく環境が大きく変化する中で、マネジメントスタイルも変わってきている。たとえば、現在のANAからの出向者は強権的で一方的に指示を出すタイプではなく、『そもそも』の背景や目的『何のために』といったところからていねいに話していこうとする人のほうが多くなっている。だからこそプロパー社員も柔軟に変わってほしいと思うのですが、長年にわたり染み付いたものはなかなか変えられないようで、上司にものが言いにくい雰囲気はいまだに根強く残っています」(重松さん)

プロパー社員はどう感じているのだろうか。貨物サービス部から総務部に移り、風土醸成プロジェクトの事務局に一本釣りされた志良堂(しらどう)太一さんは、過去を振り返ってこう話す。

 

志良堂太一さん(総務部総務課アシスタントマネージャー)
プロジェクトは驚きとモヤモヤの連続です。

「現場にいた頃は、毎日決められた仕事を決められた時間内にこなす、という感じでした。上から言われたことをやる、任された業務をしっかりこなすのが仕事だと思っていました。だから、上司の言うことに対して『自分はこう思う』というのがあっても言わないほうがいい、言ったところで聞いてもらえないだろうと引っ込めてしまう。あきらめていたんですね。正直なところ、自らもっと良い仕事をしよう、仕事に付加価値をつけるとか、選ばれる会社になるんだという視点はなかったですね」

新会社のスタートにあたって、まず焦点になるのは“上から言われたことをやるのが自分の仕事”という根強い価値観で動いている「人のありよう」だった。何かを感じても口に出すことはしない、黙って言われたことに従い、一人で頑張る。社員の「仕事ってそんなもの」という思い込み、そういう会社との関わり方を変えることが、まさに当面の課題だった。

それを問題として質すのではなく、その現実に立って、みんなが自分たちで考えたり体験したりして気づくことで変えていこうというのが風土醸成のアプローチである。

「人」の能力を引き出さなければ、経営が立ち行かない

小林さんも、現場が問題を見つけて口にしやすい状態で仕事をすることは、安全品質向上の上でも重要だと考えていた。

「現場の仕事を毎日ぎりぎりの人員で何とかしのぐという余裕のない状態の中で、何かを変えよう、見直そうとすると相当なエネルギーを要します。どうしても手間のかかることにはフタをして、今までのやり方を続けることになる。きちっとやっていれば問題はないだろうと。でも外部の環境は変わるので、今までのやり方自体が果たして安全なのか、という局面も出てきます。現場にも日々いろんな場面でいろんなことが起こっていて、最前線で働く人間だからこそ異変に気づくこともあるわけですね。そういう時は相手が上司であろうと先輩であろうと、気づいた人が『おかしい』と言わなきゃいけない。決められたルールで日々着実にやることと、どんな時でも誰にでも言うべきことが言える、この両方があって安全品質の基盤がつくられると思います」

 

空港の安全・保安や運営効率化への要求は年々ハイレベルになっている。これからハイテク化によってクリアされていく余地は当然あるが、それでもITの力だけではカバーできない部分、変化や複雑な事態への対応、指示なくして見直し刷新していく自律的な改善・改革など、人にしか期待できない仕事は残る。

「当社は人の会社ですからね。人がどれだけ能力を発揮してくれるかが会社の良し悪しを決める最大のポイントです。特に、空港オペレーションに責任を持つ仕事は、人の使命感やモチベーションに依存する部分が少なくありません。それを感じてくれる社員じゃないともたないと思っています」(小林さん)

沖縄は人気の観光地だけあって、2016年度の入域観光客数は877万人と過去最高記録を更新している。格安航空会社や外国航空会社の就航も大幅に増加し、特に顕著な東アジアをはじめとする国外からの観光客数が大幅な伸び率を見せる例外的な拡大基調にある。

だが、空港としてはそれに合わせて人を増員できる時代ではない。人員を増やすことなく業務の改善、効率化によって対応しようというのがグループの方針だ。

こうした背景の中で、同社の人材確保は深刻な問題になっている。いい人材を採りたくても近年の人手不足で採用難が続く。加えて沖縄の場合は離職率が高く、人の流出がなかなか止まらない。現場が逼迫すると新人の育成にも手が回らなくなり、守るべき品質にも影響が出る。これら人材に関わる問題は昨今、重要な経営課題となっている。

もう一つの問題は「定時性」である。これは、時刻表に記載されているお客様と約束した時間に飛行機を出発させているかどうかであるが、昨年度から低迷している。これについては那覇空港の特性に起因する部分も大きい。

那覇空港は民間航空会社と自衛隊の共用空港であり、航空会社の定期便や戦闘機、ヘリコプターなどが離発着し、上空には米軍基地の軍用機も飛び交うという特殊な環境にある。空港近くには大型客船が就航する港があり、アジアなどから大きな船が入るたびに着陸する飛行機の進入路をふさぐ。

「さまざまな制約により、定時性の向上は行き詰まった状態が続いていますが、現場が自分たちで考えて仕事の仕方を見直せるようになること、そして、まだ会社の規模が小さかった頃のように互いを思いやり助け合う風土をつくることができれば、今より定時性を上げられる可能性があります」(重松さん)

いい人材を集め、定着率を高めていく一方で、会社を環境変化に耐えうる熱い集団にしていく。今いる社員がやりがいを持っていきいきと仕事をし、チームとして能力を発揮できるようにすることは、難しい課題を抱える経営にとっては現状打開の突破口でもある。