日本的「勤勉」のワナ ~ まじめに働いてもなぜ報われないのか
「勤勉」による「まじめ」が「みじめ」になる原因を解き明かす
本書は、「主要先進国の平均年収ランキングで22位」という日本の現実の中で、まじめに一生懸命働くビジネスパーソンに向けて、約35年にわたって延べ2000社以上の日本企業の変革をサポートしてきた組織風土改革の第一人者が、思考停止から抜け出し、労働生産性を上げる働き方を身に着けるための処方箋を提示する一冊となっています。
【目次】
序 章:日本の労働生産性が伸びない理由
第1章:「勤勉」はなぜ、日本人の美徳となったのか
第2章:勤勉さが生み出す無自覚の「思考停止」
第3章:自分で判断する力を育む「軸思考」
第4章:新たな価値を生み出していく「拓く場」
書籍情報
- 著者
- 柴田 昌治
- 発行
- [朝日新書] 朝日新聞出版(2022年)
- 価格
- 869円(税込)
著者からのメッセージ
『日本的「勤勉」のワナ』の意味するところ
朝日新聞の連載、「沈黙のわけ」の3回目(5月1日)で、『大学で高校で、空気に押され』と題する文章を読みました。それは、札幌大学の教授が企画していたパネル展「疫病とロシア文学」の延期が決まった経緯に関する問題提起から始まっています。
2月24日にロシアによるウクライナ侵攻が始まって以来、日本のマスコミ報道はプーチン大統領批判一色に覆われてきました。それが影響してか、東京のロシア食品専門店の看板が壊されるなど、ロシアに関しての嫌がらせが起こるような空気感が世の中に蔓延しています。
そんなときに企画展を予定どおり開催して、もし何かあれば大学の責任になる、という警戒感を大学当局が持ったのがことの始まりでした。企画展の延期が決まったのは、大学当局から主催者の教授に対して圧力がかかった結果でしょう。
世の中の空気感を背景にし、忖度でことが左右されていく例として、ほかにも福井県の高校演劇部に起こった話が書かれています。そして、その最後は、「怒りとか悲しみより、一番強いのは大人たちへのあきらめです」という文章で締めくくられています。
世の中の空気感に押された忖度に左右されるのは、日本ではそれほど珍しい話ではありません。
問題が繰り返し起こるのは、この朝日新聞の連載のように、せっかく問題提起はなされても解決への道筋が語られるまでに至っていないからです。
30年余り企業改革に携わった経験から思うのですが、私たちの目の前で進行しつつある日本の停滞と、この「空気感に押された忖度」に関連があることは明らかです。
そういう意味でも、今、この忖度を引き起こしている本当の原因に焦点を当てた「仮説」を提示することが求められているのではないか、と思うのです。その「仮説」をきっかけに議論がわき起こることこそが必要だと考えるからです。
病にたとえるなら、患っている症状に関しての認識はあっても、「そもそも何が原因でこういう状況に陥ってしまったのか」に関しての論議はほとんど交わされてないように見えるのは、難病といわれているものと同じです。
まずは「何が原因なのか」をひも解き、日本が転げ落ちつつある衰退の坂道を抜け出すための処方箋について仮説を示すのが、今回出版した『日本的「勤勉」のワナ』のメインテーマです。
日本人の中でも、現在の日本社会を動かしている人たち、たとえば先ほどの大学の当局者たちが無自覚に陥りやすい、「枠内思考」という一種の思考停止こそが日本の停滞の真因である、というのが私の仮説であり、それを説明したのがこの本です。
日本人はすぐに「どうやるか」という安易な着地点を考えてしまう、とよく言われます。私たち日本人の思考には、「無自覚なまま前提を置き、それを枠とした制約条件の範囲でどうやるかを考える」という歴史由来の習性がどうやらあるようです。それを私は「枠内思考」と呼んでいます。
つまり、「ものごとの意味や目的、価値」などといった本質に迫る思考をしようとしていない、という意味での思考停止がそこにあるのです。
この思考停止を引き起こしている「枠内思考」という思考姿勢は、「決められた仕事をさばく」という場面では極めて有効なやり方です。しかし、そのことがかえって問題を見えにくくし、実務で有効に機能している思考方法であるがゆえに、「枠内思考」がすべてになり、意味や目的、価値などを考える習慣が育まれてこなかった。
こうした状況が当たり前になっているところに深刻な問題が潜んでいるのです。
もちろん、日本人がみなそうとは思いませんが、こうした「枠内思考」がすべてになっている人が、日本の中枢にたくさんいることが問題なのです。つまり、日本の中枢で社会を動かしている人たちの、無自覚な「枠内思考」という一種の思考停止が日本の停滞に拍車をかけている、と考えられるのです。
ただ、こういう「枠内思考」に慣れきっている人たちも、基本的には“まじめで勤勉な”人たちです。悪意があるわけでもなく、自分だけが良ければいい、と思う人ばかりでもありません。ですから、この日本人のまじめで勤勉な特性は、「枠内思考」への向き合い方次第では強みとして生かされる、と思うのです。
自分が枠内思考をしていることを自覚さえしていれば、「枠内思考」でさばいたほうが効率的であるときと、「枠」を制約として考えてはならないときの使い分けができるようになります。
そのためにも、まずは自分が無自覚の「枠内思考」という思考停止に陥る
かもしれないと気づくことです。そうすることで初めて、「枠内思考」から脱却することが可能になるのです。
必要なときに「ものごとの意味や目的、価値」などをしっかりと考え抜くことができる力さえ身に着けていけば、本来まじめで勤勉である日本人の強みを生かした、「報われる働き方」「あきらめない働き方」につながる、ということです。
そして、「枠内思考」を自在に操れるようになることで、まわりにいろいろな変化を起こすことが十分可能になることは間違いない、と私は期待を込めて思うのです。

柴田 昌治
MASAHARU SHIBATA
株式会社スコラ・コンサルト プロセスデザイナー代表/創業者 1979年東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。大学院在学中にドイツ語学院を…