十条ケミカル株式会社

1957年に創業したスクリーンインキ開発製造のパイオニア。 UV型、溶剤型、機能性、表面加飾用インキ等の製造をしており、この分野では国内トップクラスのシェアです。国内に計6カ所の営業所と工場、海外に5カ所の事業所があり、社員数は202名。

 

社内の隅々に及んでいた創業経営者の影響力

──代表取締役就任前、会社の状況をどのように捉えていましたか?

社員が経営者の言動を気にしており、お客様のことを考えていない会社だと感じていました。先代の経営者は私の父で、十条ケミカルの創業者です。

私は将来会社を引き継ぐ二代目として入社しました。入社してわかったことは、創業者がワンマンで社内に強い影響力を持っており、社員は言われたことしかしないイエスマンばかりということでした。

たとえば、役員会議では、経営者が一方的にしゃべっているだけで、社員は常に顔色を窺っていました。

そのような状況でしたので、社員は「私たちの声は上に届かない」とあきらめていました。

私が工場を訪れた時のことです。柄が半分しかないスコップを使って作業をしている社員がいました。そのスコップは工場の廃棄物を処理するために使う道具です。「どうしてそんなスコップを使ってるの?」と聞いたところ、「上に言ってもお金を出してくれないので・・・」という返事が返ってきたのです。

ささいなことかと思われるかもしれませんが、本当に必要な備品ですら、上司に申請できない状態にあることに、私は衝撃を受けました。

創業者の影響力から脱するための2つの施策

──そのような状況を見て、社長就任後は、会社をどのようにしていきたいと思われましたか?

全社員が「自らの手で職場を良くしていく」という意識を持って、自ら考え、行動するような会社に変えたいと考えていました。
そのために私が取り組んだことは2つあります。1つ目は「理念の作成」、2つ目は「改善活動の導入」です。

──「理念の作成」についてお聞かせください。

私は、社長に就任する2年前から「理念をどのようにするか」を考えていました。将来、社長になることがわかっていましたので、理念の作成を念頭に置いて、会社経営に対する先代の考えを思い出したり、十条ケミカルの歴史をふり返ったり、本を読んだり、他社の理念を調査したりしていました。そして、社長就任時には社員に向けて理念を発表したのですが、あわせて「この理念にそって考えてください。従えない人は会社を辞めてもらってかまいません」と伝えました。

─「改善活動の導入」についてはどのようなことを?

私が専務だった時の2007年に、トヨタ生産方式の改善コンサルタントを導入して、工場を指導してもらいました。目的は2つあります。まず社員に考えるようになってもらうこと、次にコストダウンをすることです。

十条ケミカルに入社する前の会社では工場で改善活動を行なっていました。そこで知識と経験を得ており、導入効果をイメージしやすかったため、施策として実施しました。

「いき詰まり」の打破のために風土改革を導入

──風土改革に本格的に取り組むまでの経緯を教えてください。

2010年の全社パーティで、スコラ・コンサルトの柴田昌治さんに講演していただきました。柴田さんが2009年に出版された『考え抜く社員を増やせ』)という本のテーマと、会社の方向性としてめざしたいと思っていた「社員に考えるようになってもらう」というテーマが合致していたからです。

その後、トヨタ生産方式の改善活動によって、工場内の多くの事柄が改善されました。順調に改善活動が進んでいると考えていたのですが、ある時、「このまま進めても、改善の効果が上がらない」ということに気づきました。

当社の工場には、インキの配合、ロール、検査、充填、出荷という5つの工程があり、工程ごとに担当チームがあります。当時は、検査のチームは検査の範囲で改善を考え、出荷のチームは出荷の範囲で改善を考えており、各チーム単位では改善効果を得られたのですが、前後の工程も考えた上での改善ができていなかったからです。

この問題の解決には、チーム間のコミュニケーションの変革が必要で、その効果的な手法は風土改革ではないかと考えるようになりました。そこで1年間、スコラ・コンサルトが主催する「経営者オフサイト」(※)に参加しました。そこにはさまざまな業種、業界、規模の経営者の方々がいらっしゃいました。その中には、自身の社内での肩書を「社長」ではなく「明るい未来創り担当」と呼ぶといったような取り組みをしている方がいらっしゃり、とても刺激を受けました。

その後、スコラ・コンサルトのプロセスデザイナーと話をし、2012年10月から風土改革がスタートしました。具体的な取り組みはオフサイトミーティングの実施です。プロセスデザイナーと相談の結果、最初の5回は、部門長だけを集めてオフサイトミーティングを行なうことにしました。そこでは、これまで知らなかったお互いの個人的な部分を知ることができました。私も、前の会社の話など、これまでしたことがない内容の話をしています。次には、主任や係長を中心とした未来の十条ケミカルを担う人材を集め、彼らに部署内でオフサイトミーティングを実施する際、意見をまとめるコーディネーターになってもらうことを目的に、「世話人オフサイトミーティング」を開催しました。

※ 「考え抜く社員を増やせ!―変化に追われるリーダーのための本」・・・株式会社スコラ・コンサルト代表の柴田昌治の著書。激変の時代にチームを勝利に導く「対応力」を育てる実践法について書かれている。

※経営者オフサイト・・・スコラ・コンサルトが行っている中堅・中小企業経営者のための相互学習の場。

※プロセスデザイナー・・・日本における組織風土改革コンサルティングのパイオニアである株式会社スコラ・コンサルトの社員。組織風土の改革のやり方を教えるのではなく、改革の経験者として、シナリオ作成からミーティングの参加まで、さまざまなかたちで組織に関わる。

※オフサイトミーティング・・・風土改革のために行なわれるミーティング。議題は組織のあり方から日常の業務までと幅広く、参加者は、議題に応じてトップ層からミドル層、一般社員、その混合と柔軟に変わる。株式会社スコラ・コンサルトの登録商標。

※世話人・・・風土改革を進める組織において、周りの人に働きかける等、重要な役割を担う人。

 

風土改革を導入した当初のネガティブな反応

──風土改革は初めからスムーズに進みましたか?

社歴の長い部門長をはじめ一般の社員からも、「この活動にどのような意味があるのか」「業務時間中にやるべきことではないのでは」などの声が出てきました。もちろんそれに対してはそのつど説明をしていましたが、ミーティングを重ねるにしたがって、次第にそのような意見は無くなっていきました。

私は風土改革の対象は全社員だと考えていますが、風土改革の取り組みが良い方向に向かうようになるまでには時間がかかるだろうと、導入当初から覚悟していました。というのも、社歴が長い社員などは、これまでの仕事のやり方や考え方が染みついていて、このような取り組みに馴染めない者もいるだろうと考えていましたし、部署や世話人個々の違いによって、風土改革への理解度や取り組む姿勢に差が出るだろうと考えていたからです。ですので、このような意見が出ても、あまり気にしていませんでした。

企業のトップとして風土改革に期待すること

──風土改革への今後の期待を教えてください。

会社の将来の方向性についての話ができればと考えています。先日、「5年後、10年後の会社や部署をどうしたいか」というテーマでオフサイトミーティングを行ないました。当社の製品は、以前はCDRやDVDなどの記録媒体の分野で需要がありましたが、それも次第に減少しつつあります。

現在は、別の分野でその分の穴埋めができていますが、今後は、自社の強みである技術や経験を生かしつつ、新たな展開をする必要があると考えています。

先日のオフサイトミーティングで、私は、インキメーカーとして安い物をつくっていくのではなく、高付加価値の液体の化学品を創り出していくという意味で、「高付加価値化学メーカーになりたい」と宣言しました。これまで社員には「十条ケミカルのことを、安くて品質のいいインクを製造するインキメーカーと捉えず、お客様のご要望に応じた色を創るブレンダ―と捉えなさい」と言ってきましたが、高付加価値化学メーカーという言葉を出したのはこれが初めてです。

まだまだ模索の段階ですが、今後は、社内でこのような話ができればと考えています。