スコラ・コンサルト編

序列意識が強く、社内の空気を読んで動く調整文化の組織では、作法を守り、しきたりに従って仕事を進めるための“独自技術や知恵”が発達しています。
そんな組織人の生態が垣間見える「社内用語」や「口ぐせ」の中から、ここでは調整文化ワールド炸裂の“あるある”例を取り上げてみました。

社内用語

【空気予報士】

大企業にもなると「空気を読む」専門家が存在する。

新しい方針や大きなプロジェクト案件などが立ち上がると、幹部クラスの「空気予報士」がすぐさま上層の空気の読みに入って、それぞれがどう動けばいいかの観測情報を各部の関係先に流す。
「○○案件に関してのA役員の思惑はこうで、B役員はこのように考えている。でも、最終的には○○をやっていて発言力のあるC役員の意向が大きく影響しそうだ…」

役員からの「指示」ではなく、「空気」から気配やニュアンスを読んで、今後の雲行きや流れを予測する。案件の関係者は空気予報士からの情報を頼りに、自分はどう動くのかを決めるという。

【全員CCメール】

目に浮かぶのは、あて名・アドレスが幅10センチぐらいの帯になった社内メール。面倒そうな事案はすべて“関係しそうな全員”にCCメールする、という保険的な情報共有の習慣として行なわれている。
あて名や本数がだんだん増えていきやすく、それにつれて、あて名の順序や表記をどうするかといった序列への配慮や工夫も必要になる。

もともとが、何か言われたときに「メール送りましたよね」とアリバイにしたい送り手の都合で出されることが多いため、受け取る側はあまり読まなくなる。「毎日のメールチェックだけでも時間を取られる」と、ムダな仕事の一つに挙がったりもする。

【関係者全員参加会議】

全員CCメールと事情は同じ。会議の主催者が後々のことを考えて保険をかけ、不必要であっても“関係しそうな人“をすべて会議に呼ぶ。気がつくと、なんでこんなに人が多いんだろうというほど出席者が増えている。
上司経由で招集されるので、「出ておいたほうがいい」と上司に言われた部下にとっては、多忙な時間を割いてのつきあい会議で気が重い。

【U字コミュニケーション】

部下たちが決めたことを上司に報告し、それが上司の意向に沿わない場合は、持ち帰って再び部下たちで話し合い、調整した上で上司に確認する…ということを何度も繰り返すやりとりのこと。呼び名の由来は、こうした調整のための階層間と現場でのやりとりの軌跡がU字型であることから。最近の言葉ではなく、わりと昔から大企業内で使われている。

【U字構でやる】

部署の上司同士がヨコで話をしてくれないので、困った部下同士がヨコで集まって実務者レベルで調整すること。
しかし、「部署の責任があいまいになる」という理由で、あえて部署間(ヨコ)では業務上の話をしないようにしているケースもある。当然、関連する部署同士の連携はまったく進まない。

【PPT48】

上司が使うために作成したパワポ(pptx)資料に何度もダメ出し修正が入り、やり直しを繰り返した人がようやくOKをもらって数えてみたら、ダメ出しが48回だったことから。AKB48をもじってこう呼ばれている。

社内資料の中でも、会議に出席する部門担当役員のための説明資料づくりは、部署を挙げて行なわれ、部下たちの膨大な時間が費やされている。
部下がつくった資料は、まず直属の上司が、さらに上の人に“自分がその資料で説明できるかどうか”という観点で細かく確認する。階層が上になるほど上役も現場を知らないため、説明を尽くしていくうちに情報量も増えていき、最終的に資料は分厚いものになる。

こうした社内資料づくりは最大の保険仕事で、慢性的な長時間労働の原因になっている。テレワークになっても、この状況はあまり変わっていない。
上司は部下を簡単にオンラインで呼び出して優先で指示ができ、在宅ワークの部下は、時間無制限で割り込み仕事に対応可能な態勢になっている。

【スタンプラリー】【ハンコ文化】

大企業になるほど、なにかにつけて申請・承認のハンコをもらわないと物事が進まないことが多い。申請書を書いて承認をもらうだけでも、けっこうな業務になっている。

特に、形式や手続きを重んじる組織になると、書類とそれを確認する部署や関係者の数が多く、ハンコの数も多くなる。回覧ルートも長くなって時間がかかる。急ぎの決裁が必要な案件担当者などは気が気ではなくて、自ら社内の順路を回ってスタンプラリーのように書類のハンコを集めることになる。
稟議書ともなると、さらに確認者は多くなり、一件につき承認印が10個、20個…と増えていく。また、コスト削減が厳しくなると、1万円以下の費用申請でも紙とハンコで回るため、早く動きたい人間はジリジリする。

コロナ禍でテレワーク普及の阻害要因として真っ先に挙がったのが、日本のハンコ文化。今もなお、書類押印のためだけに週1でハンコ出社をする人は少なくない。このハンコ文化は、契約・承認業務のデジタル化を阻む、最大のボトルネックにもなっている。

【事前(ことまえ)会議】

役員会などの前にはすでに議事録ができていて、本番では「揉めごとがあってはならない」ことが無言の圧力になっている。そのため、本会議の前には関係者が集まって事前会議を行ない、当日の議題をめぐる認識合わせや事前調整を済ませておくのが習わし。入念に下準備をした後に開かれる本会議は、筋書きどおりの予定調和で平穏無事に済ませる。

【上納文化】

役員のほうを向いて仕事をしている部下たちは、会議のための資料づくりや根回し、調
整にとどまらず、上司の手柄になりそうなもの、上司の発言力や存在感が増すようなネタを献上することを心がけている。役員が自部門でやったことの成果として経営会議
などで報告できるようなネタを日頃から仕込んでおくことに余念がない。

【エビデンス文化】

数値データなどの根拠を重視し、提案や説明にも必ずそれを求める。それが過度になると、データの精度を上げることが目的になったり、データがなければ価値を認めなかったり、データを恣意的に使って導きたい結論に持っていくといった捏造まがいの行為も起こる。

【会議文化】

多いのは、情報共有を名目とする報告会的位置づけの会議で、関連する部署にとりあえず広く声をかけて行なわれる。「聞いておいたほうがいい」という保険的な誘いもあって出席者は増えていく。目的とアウトプットは特に設定されていないことが多く、席上で議論が必要な問題などが出てくると、あらためて別立ての会議が開かれる。

また、自分で考えたり決めたりする文化がないと、何でも合議制で決めることをよしとして事あるごとに会議を開く。先に会議ありきだから、そこで何を検討し何を決めるのか、やはり目的がはっきりしない場合が多い。

話し合いにしても、お互いに空気を読み合い、出過ぎることを避けて当たり障りなく話し合うため、何かが決まったような決まらないような、あいまいな終わり方をすることが多い。それをあらためて確認するための会議もしばしば発生し、「会議が会議を生む」状態になる。

口ぐせ

「ビジョンはビジョン、普段は普段」

「タテマエと現実は違う」という大前提を事あるごとに部下たちに言っている。
ビジョンのような理想を掲げることは大事だが、「あれはあれ、これはこれ」で絵に描いたものはひとまず脇に置き、実際の仕事とは区別して考えろ、の意。
「ビジョン」をタテマエにしないためには、それを「現実」とつなぐ方法や議論の場が必要だが、それを持たない場合は、何かのわかりやすい見方で割り切ることになる。

「上司に恥をかかせてはならない」

上司が困ると自分も困る。上司が喜ぶ忖度仕事をするのが部下の務め。上司の顔を潰すようなことをすれば自部門全体が不利益をこうむることになる――。そんな忠義心が「自分たちの仕事は上司を守ること」という部下たちの強迫観念を生んでいる。

「どうせくつがえる」「社長の意向を聞かないうちは考えてもムダ」

あまりによく耳にし、よく使う言葉でもある。
「任せる」「考えてみてくれ」と言われて、部下の側であれこれ考え、案を練り上げて提案したところで、最終的には上の人間の好みや気分であっさり引っくり返って別の案に決まってしまう。また、社長の意を汲んだ文言をちゃんと入れておかないと、後で周りから物言いがついて足元をすくわれることになる。
しょせん部下の立場では「考えてもしょうがない」という諦観があり、考えることを放棄してしまう。

「方針は上が出すもの、経企から降りてくるもの」

方針と指示がほぼ同義語でとらえられ、トップダウンの方針については関心が薄い。
また、方針といっても、中身が経営の意思や目的よりも“数値目標”に等しい場合は、方針策定部署が降ろしてくる割り当てを黙って受け、仕事としてこなすという姿勢になる。

「100点でなければ持って行ってはならない」

完璧な資料をつくらないと読んでもらえない、という経験が大きい。それゆえ、役員などに出す報告書を職場の部下が作成する場合は、その役員が持つ「正解」に合致する内容に仕上がっていること、一発合格の内容でなければならない。的をはずしていたり、内容不足で却下されたりすると、直属の上司の指導が不足していると見なされる。

そうならないように上司は何度もチェックして、部下にやり直しを指導する。しかし、そういう上司ばかりではない。できる上司になると、自ら手を下してどんどん修正し、自分で最後まで仕上げてしまう。上司がこうして「100点資料づくり」を目的にすると、部下は補助的な作業をするだけだから消耗するばかり。やりきる経験を持てず、育ちにくくなる。

「ちゃんと指示しておきました」

「あれどうなった」と経営トップに進捗を聞かれた役員が「やっている」という意思表示として答える言葉。「私の指示で部長がちゃんと進めることになっている」の意。これで意思疎通ができる。

「問題はあってはならない」

「事故やミスはゼロ、あってはならない」も同じ。
この精神論が飛び交う組織では、何かの問題が生じて、それが耳に入ると「誰がそれを言っているのか」「問題を起こしたのは誰か」と、まず犯人探しが始まることが多い。

「失敗しない人間はいない」「問題のない組織はない」という現実に対して、それを認めないタテマエが支配的な調整文化の組織だと、本当の事実を口にした人間は不利益をこうむるから、問題があっても見て見ぬふりをする。社員はミスや失敗、リスクの感度が鋭敏になって、悪い報告はしなくなる。

調整文化的な組織の習い性として、実際に深刻な問題が生じていても、その事実をなかったことにして表向きは安定を保とうとする調整力が強く働く。そうやって問題が顕在化しなくなると、もはや解決の手立てがなくなるため、「問題が問題を生む」負の連鎖をなかなか断ち切れない。

「和をもって…」

ふた言目には「和をもって…」を連呼する上司の下では、職場のメンバーが表面上の仲良し状態を意識するようになる。”人間関係に角が立つ”ことは揉めごとと認識されるため、話し合いの場でも問題の指摘や意見のぶつかり合いを避けるようになる。異論や反論も言い出しにくくなる。

「波風を立てるな」「君のためだから」

自部署からは問題を出したくないのが上司としての立場。揉めごとが表に出ない部署は、上から「彼はよくまとめている」と、上司が管理の手腕を評価される。
上司自身がそれを役どころだと心得ていると、部下のふるまいもいちいち気になって、イレギュラーな言動があると、すかさず指導を入れて矯正したくなる。「君のためだから言うけど」といったお決まりの忠告は、巡り巡って自分と組織のためでもあるが、上司としてはそれが部下教育だと思っている。

(2024年3月19日 内容を追加更新)