では、企業の「従業員エンゲージメント」において、感情的な側面に大きく関わる「体験価値」はどのように扱われているでしょうか。
企業は、社員が組織との関わりや自分の仕事を通じて、成長の手ごたえや楽しさを実感するような「価値ある体験」の機会や環境を提供できているでしょうか。

「買ってでも」してみたい体験とは

「モノからコトへ」と消費行動が変化する中で重視されているのは、モノを介して生まれる感情や内面的な充足です。
さらに今日ではZ世代に顕著に見られるように、社会に貢献し影響を与えるアクションとして商品を選ぶ「イミ消費」へと消費の価値観は広がっています。

たとえば、「おてつたび」という体験型の旅があります。
とくに観光資源もない地域に行って農家、漁師、牧場、旅館と、いろいろなところで小さな人手になって仕事や作業のお手伝いをし、役立ちながら地元の日常生活を味わうという新しい旅のスタイルです。
共同体に入り込んでみなければわからない発見や楽しさがやみつきになり、そこが格別に愛着のある土地になる、という体験の濃さがリピーターを増やしています。
たとえ少々の不便や不自由があっても、自分なりの動機で関わり、意味や価値を感じられればお金を払っても満足、というのが身体でキャッチする体験の魅力なのでしょう。

こう書いていて、「多少はつらくても、やりがいのある仕事がしたい」という20代の若手社員の言葉を思い出しました。
もともと「社員」は、生活者でもある個人です。彼・彼女らは仕事にも意味や価値を感じ、豊かな感情が生まれる体験をしたいはずなのです。

多くの従業員エンゲージメント策は「モノの価値」重視?

あらためて「体験」の観点から従業員エンゲージメントを見てみましょう。
今では多くの企業でエンゲージメントサーベイもさかんに行なわれています。
しかし、経営陣や人事部が「エンゲージメントを高めるために従業員満足(ES)の向上を図ります」と宣言して取り入れるアクションアイテムはというと、あまり代わりばえしないものが並んでいる気がします。

・インセンティブの強化
・育児休暇や育児手当の充実
・残業軽減のためのRPA導入
・サンクスカードの導入…

もちろんどれも大切なものだと思います。離職者を減らしたい、職場のコミュニケーションを良くしたい、社員の意欲を高めたい、などの思いは切実なものでしょう。
しかし、ハード面の整備をしていけばエンゲージメント向上につながるかというと、残念ながらそうではありません。
その事実にもっと本気で向き合う必要があるのではないかと思います。

というのも、風土改革に取り組む多くの企業で、働く人たちのことを真剣に考えている人事部や経営陣のこんな声をよく耳にするからです。
「制度や仕組みはかなり充実しているんです。
組合と話したり、他社をベンチマークしたりして、従業員が必要とするものはかなり整えてきています。
でも結局、使ってくれる人が少ないんですよ」

まさにモノはある。しかし、従業員が心の底で望んでいるのは“与えられるモノ”ではないかもしれません。
それらを通じて、日々の仕事の「体験の質」が変わっていかなければ、ポジティブな感情は湧いてこないのです。

社員は「自分で決めてやる」コトを求めている

つい先日、ある企業でES向上をテーマに掲げた社員たちの議論に参加した時のこと。
彼らがたどり着いたES向上のための結論に「なるほど~」と感じ入りました。

メンバーが自分たちで考えて定義したES向上の主眼は〈自分たちのことは、自分たちでやる〉でした。
そして、そのためには〈自ら考え、自ら動く〉ことが大切でありそこで必要なのが〈言いたいことが言い合える場〉だというのです。

まさに彼らはモノではなく、コトを欲していました。
インセンティブも手当もサンクスカードも、それらがほしくないということではないけれど、大事なのは「自分たちが決めて、やる」という体験なのです。
でも、一人ではできない。仲間が必要。だから、本音で言いたいことをとことん言い合える場がほしい。

こうしたメンバーの思いは、会社が用意したオフサイトミーティングの場に“自分から手を上げて参加したからこそ”の実感に基づいています。
「オフサイトミーティングに参加して、単純に楽しかった」
「ここに来るまでは、目先の仕事に追われて、自分は何も考えてなかったんだと気づいた」
「仲間と話すことで、いいアイデアが出てくる経験が本当に勉強になった」

メンバーは、私が持ち込んだフレームワークに従って議論を深めたわけではありません。
自由に思っていることを言い、気持ちよく考えを交わすことをしていると、高揚感が生まれて自走を始めるのです。

「内発的動機」で最初のボタンを掛ける

私たちが昔から変わらず続けているオフサイトミーティング(=気楽にまじめな話をする場)は、あえて強調はしていませんが、身体で実感する体験の価値を提供するためのつくり込みがなされています。

たとえば、

・答えを与えない、自分で考えることを第一義にする
・全員一律に発言することを無理強いせず、「話したい」と自分が思うまでは個々のフタが開くのを待つ
・「言ってみる」を「傾聴する」で受けとめ、互いを認め合う環境にする
・たくさんの言葉・コンテンツよりも無意識の感情や感覚の状態をみる
・場に流れる雰囲気やポジティブな気分を注視する
・「おもしろい」「楽しい」と心が喜ぶ感情の盛り上がりで進行する

特に初めてのオフサイトミーティングは“いかに内発的動機で話し合えるようにするか”という点に尽きるのですが、そこを起点にしてボタンを掛けていくと、安心してものが言える、もっと話がしたい、失敗しても助けてもらえる、一緒に何かをしてみたい、役に立てるようになりたい、といった気持ちの流れが強くなっていきます。
明らかにモチベーションや雰囲気が変化するのです。

参考までに、普通の社員たちがオフサイトミーティング体験のあとに感想を語っている動画をご覧ください。
(前回ご案内したものですが、ここでは、表情や話し方に表れる体験のきらめき、いきいきした感情にご注目を!)

▼参加者たちの声
令和3年度栃木県チームイノベーション実践プログラム

後編につづく