「品質」を守る目的とは

少なくとも、商品開発、設計、生産技術、生産などの現場で私の目に映るのは「良いものをより安く早く」市場に届けようと一人ひとりが精一杯努力している姿である。その努力に決して嘘はないだろう。
では、なぜ先のような品質問題が次から次へと起きるのだろうか。

問題の起こりそうなものづくりの現場には、ある共通点がある。それは、職場で、あるいは一人ひとりが仕事をしていくうえで、何をよりどころに「品質」を守ろうとしているのかが見えないことである。ある職場では納期が最優先であり、ある職場ではコスト最優先であり、ある職場ではその部門が管理している予算枠を守ることが最優先だったりする。“良いもの”がお客様にとってではなく、上司や部門、会社にとって良いものになっていることもある。
必ずしも品質を一番大事にし、それを優先して物事を進めるような環境になっているとは思えないのである。

「判断の軸となるコンセプト」と「協力し合う仲間」

「品質」という古くて新しい問題を考えるとき、今から十数年前に関わったある企業の取組みを思い出す。

舞台は、企業風土改革に取り組んでいた自動車(トラック)メーカーの開発部門。自分たちの社会的な存在意義と、ものづくりに関わる意思決定や実行、レスポンスのスピードを上げるためには組織的に共有された“優先基準、判断基準”が必要だと考え、商品企画とともに「開発コンセプト」づくりに取り組んだ。その過程では、部門を越えたメンバーの間で「自分たちの仕事の意味は何か」「お客様にとっての安全とは何か」といった青臭い議論が時間をかけて行なわれた。そのような話し合いを重ねた末に、生命を得て誕生したのが『信頼と安全』という開発コンセプトだった。

その直後にスタートした新車開発プロジェクトでは、メンバーがまさに「信頼と安全」のコンセプトを製品の開発に落とし込んでいった。
トラックの事故現場に足を運んだり、ユーザーであるドライバーの人たちや荷主さんに話を聞いたり、部門や会社を越えて議論の場を持ち、「求められる安全」のイメージを明確にしていった。それを反映した設計では、「事故の際に運転台の生存空間を確保する」ことが最大の焦点になった。開発チームにとっての「安全」は「ドライバーの命を守る」ことだったのである。

とはいえ、生産財のトラックの開発には、燃費を考えた車体重量の軽量化、積載能力を考えた荷台スペースの最大化など、さまざまな要求すなわち制約条件がつきまとう。社内基準のそれと違って、お客様基準の開発は要求レベルが高い。チームのメンバーはその厳しい壁を、「判断の軸となるコンセプト」と「協力し合う仲間」を支えにして乗り越えていった。

そして、『信頼と安全』を貫いて世に送り出されたトラックが試されるときが来た。発売の年に、新型車は東北自動車道で大規模な玉突き事故に巻き込まれたのである。運転台はめちゃくちゃに潰れ、死亡事故になってもおかしくないような大事故だった。しかし、その車種のドライバーはかすり傷程度で助かった。その家族の方から命を救った車に対するお礼の電話がかかってきて、開発メンバーが男泣きするというドラマのような話があった。

最近の企業の不祥事を目にするたびに、そのときの開発メンバーの顔を思い出す。そして、「なぜコンセプトが大事なのか」という問いをかみしめるのである。