これが、私たちに柴田が残した宿題の一つであろうと思います。特に私は、柴田とメールでやりとりしながら一緒に考えていた昨年の議論を今もしばしば思い返しています。
一人のカリスマによる独創的な挑戦、たとえばイーロン・マスク氏が常人には思いもつかないアイデアでリスクを冒してロケット開発を成功させたり、孫正義氏が大失敗も大成功も含めて世界のビッグニュースになるような企業買収を手がけたり…といったものとはまた別種の、いわば欧米型に対してもっと日本的な、しかし同じように優れた試行錯誤と意思決定の形はないだろうか?
そこで注目していたのが、日本人の持つ「共感力」のポジティブな発揮の可能性です。
「あうんの呼吸」を可能にする共感力は、多くの日本人が社会の中で自然に身につけている能力の一つです。それがいわゆる「忖度」や「予定調和」を生み、議論をナアナアにして合意してしまうという意思決定のあいまいさを生んでいます。風土・体質的な問題においては、個人よりも組織を優先する同調圧力につながるという点で、共感力がネガティブな調整機能を果たすことが知られています。
しかし一方では、他者への思いやりを引き出し、多様性を生かし、チームの力を高めるというポジティブな側面も持っています。この点における共感力は、良い風土、良い文化醸成にも効き目のある、柔軟性の高い特殊能力だといえるでしょう。
むしろ、イーロン・マスクでも孫正義でもない、私のような“普通の人間”が何かに挑戦しようとした時に感じるためらいや怖さに対して、「それもわかるよ」と寄り添ってくれる、寄り添いつつも「でも、ここであきらめてしまっていいのですか」と背中を押してくれる、それでも動き出せない時には「じゃあ、一緒に動く仲間を見つけましょう」と人や組織をつないでくれる――。こんな「質の高い調整」は日本企業における挑戦文化を構成する重要な要素の一つではないか。そして、その「質の高い調整」を実現する文化的なコア・コンピタンスこそ、我々の多くにそなわっている「共感力」なのではないか。
『なぜ、それでも会社は変われないのか』において、柴田は「調整文化から挑戦文化へ」という変革の方向性を打ち出しましたが、その後、さまざまな企業人との議論の中では「悪いのは(共感力がネガティブに機能してしまう)調整文化であって、調整そのものは必ずしも悪ではない」ということを言っていました。
文化によっては、共感力がポジティブな影響をもたらす調整もあるのだと。
私たちスコラ・コンサルトが長年、風土改革の道具として使い、磨き続けてきた対話の場「オフサイトミーティング」も、安全・安心の土台をつくり、人と組織をつなぐ共感力とポジティブな調整プロセスを育み、仲間とともに強化していくためのものであったのかもしれません。
柴田と私の議論は白熱しましたが、その後、彼の病状の進展とともにこの話題は一時休止し、そして残された宿題となってしまいました。
・挑戦・試行錯誤のための質の高い意思決定を可能にする「共感力」とは?
・「共感力」の位置づけと発揮のしかた、いかにして高めるのかという育て方は?
これからは、この宿題をスコラ・コンサルトの仲間と、またクライアント企業の皆さんと一緒に追いかけていきたいと考えています。