「先日、製品のトラブルがあって客先に出向くとき、飛行機に乗るまでは憂鬱な気持ちでした。お客さまになんと言って謝ればいいのか、設計の問題だから厳しく追及されるに違いないなどと考えると、悪天候とかで欠航になってほしいと思いました」

「でも、これまで設計部のミッション実現に向けて『自分たちの課題は何か』『どういう姿勢で仕事に向き合うのか』などについて、みんなと話し合ってきたことを考えていたら、着陸する頃には腹が据わってきて、とにかくお客さまには誠実に対応しようという気持ちに変わりました」

産業機器メーカーのオフサイトミーティングで「設計部のミッションは何か」をテーマに話し合っているとき、若手技術者から出た発言だ。

「グループのミッション」を新たな共通の軸とした背景

この会社は5年前にグループミッションを設定し、以来「ミッションを軸とした経営」に取り組んでいる。

それまでは、全社方針・課題を部門、部、課、係まで細分化して下ろし、現場は決められたことをやるというトップダウンのマネジメント。
引き受けた目標は何が何でも達成するという現場の意欲や責任意識も強かった。
しかし“計画への忠誠心で動く”仕事のしかたは外部環境や市場の変化に強いとは言えず、近年、顧客接点の対応力の弱さが問題になっていた。

危機感を募らせた会社は、市場の変化に合わせて現場が自分で判断し素早く行動できる集団をめざして方向転換をした。
そこで新たに共通の軸にしたのが「グループのミッション」だ。
それについてみんなが考え、それぞれの現場で実現に近づけていこうというのが「ミッション経営」である。

ミッション経営に切り替えた理由はもう一つある。
目標達成に忠誠を尽くす集団は、ともすれば利益を上げるためには何をやっても良い、というふうになりがちだ。それが過ぎるとコンプライアンスに反する行動にもつながりかねない。
「ミッション」は良心にもとづく良質なエネルギーを引き出すカギでもあった。

ミッションについて考え抜く場

これまで会社が本腰を入れて進めてきたのは、グループ全体、全階層に及ぶ「ミッションについて考え抜く場」の展開である。
従業員一人ひとりの行動に“新たな判断基準”を浸み込ませようと、グループミッションにもとづいて、部門、部、課のミッションを明確にし、それを実現するために自分の具体的な課題を明確にして実行するところまで、職場や組織横断での話し合いを行なってきた。

先日も中堅の女子事務職が全国の拠点から本社研修所に集まり、自部署のミッションと自分の課題を持ち寄って、課題を進めるうえでの悩みなどをオフサイトミーティングスタイルで話し合った。

その場では、他部署の人から「あなたのミッションは単なる作業の羅列になっていない? ミッションと課題がどうつながっているのか教えて」などと互いが中身に突っ込み合う真剣なやりとりがみられた。

このような話し合いを5年間、まさに地道に続けてきている。

現場からは遠かったミッションも、自分たちの仕事に置き換え、それぞれの言葉で噛み砕くことで身体の中に染み込んでくる。
「自分たちは何のために存在するのか」を考えに考え抜くことからは、違法なものやごまかしは生まれない。

冒頭のような姿勢を決める良心が日常の中でも働いて、自分で考え動くことを助けるようになるのである。