経営や事業と関連づけて「組織開発」への理解を広げる

礒貝 知ってもらうって本当に難しいですね。散々あちこちで宣伝してきたつもりでも「組織開発って初めて聞きました」と言われることがよくあります。だから、私たちのホームページも「チームに関する悩み」みたいな漠然とした検索ワードでも、「組織開発」にたどり着くように改良しました。
媒体の種類を増やすのも工夫の一つで、文章と動画、デジタルと印刷物などを組み合わせています。文化創造活動「K2(自分たちで考え、自分たちで変えていく)プロジェクト」というのもやっているのですが、その一環として1回5分~10分程度のPodCast番組で社内ラジオなどもやっています。

三好 あらゆる手段で「組織開発」自体の認知を広げていることがわかりました。
一般的によくあるのが「悪い活動じゃないと思うけど、導入してなんぼになるの?」という反応です。「組織開発」という言葉や手法ばかり宣伝していて、事業や経営の成果に関連づけて「組織開発の意義」が理解されていないんですね。
その点、パナソニックでは経営戦略や事業戦略、業務の問題課題とセットにして説明されていますね。

礒貝 そうですね。私たちがよく使う図が「組織をよりよくすることを通じた事業への貢献」です。横軸に「組織」と「事業」、縦軸に「ハード(有形)」と「ソフト(無形)」の四象限があって、全部が関連してまわっていくという内容です。「四象限のどれもが重要で、連動しているので、頭に入れて活動しましょう」と説明しています。

三好 事業と組織の関係を初めに示すのは肝ですね。組織開発をはじめるとき、よく起こり得るのが「この活動は業務とは別物でしょ」という誤った認識です。

礒貝 同じように「組織開発は仲よくなるための活動」という誤解もよくあります。「本音で対話する」という部分だけに目がいってしまうからでしょう。だから、「組織活動がめざすのは、事業成果を高めることと個々人の自己実現という両方ですよ」と説明します。

三好 過去に経験した類似の活動と結びつけて受け取る方もいますね。業務改善、コミュニケーション改善、いきいきワクワク活動などを思い浮かべてしまう。
または「組織開発」という言葉が中途半端に広がったせいか、多くの企業で「職場の人間関係をよくする活動」という理解で終わる人が目立ちますね。

礒貝 最近は「心理的安全性」という言葉もよく見聞きするようになって、「心理的安全性を高めるってことですよね」という反応もあるみたいです。どれも間違いではないけれど、それだけでもない。活動の目的や狙いが伝わってないのは残念ですね。

三好 大企業では一種の“組織開発ブーム”があって、とにかく導入して広げることが目的化している嫌いがあります。目的を見失って「対話と関係性の構築」だけにフォーカスした導入事例も増えている。肝心なのはそこから先なんですけどね。
企業がなぜ組織開発に取り組むかといえば、やはり事業成果を高めるためで、働きやすい環境を整えたり、仕事の進め方を工夫したりして、チームのパフォーマンスを上げていく。前提部分が忘れ去られている展開ケースが少なくありません。

「自分たちの組織は自分たちでよくする」自律的な取り組み

 

礒貝 組織開発は事業成果を高めるための組織づくりであり、「自分たちの組織は自分たちでよくする」が基本の取り組みですよ、としつこいぐらいにお伝えしています。組織開発推進室が何かやってあげるのでなく、「職場をよくするのは皆さんですよ」って。ここが一番大切ですから。

戒能 「自分たちの組織をよくしたい」という思いがないところに、「組織開発はいいですよ」といくら言っても響きませんからね。
本当に困って「何とかしたい」と思っている人でないと、押しつけられたと感じて反発する。だから「こんなのありますよ。よろしかったらどうぞ」みたいなスタンスです。

河村 個人に変化を受け入れやすいタイミングがあるのと同じで、組織にも時期やタイミングの問題はあるなと思います。この間ご相談に来た方は「うちの職場もやっと取り組める状況になったのでお願いします」とおっしゃるんですね。業績が厳しい時期は、先にやらなければいけないことがありますから。
会社全体への波及を考えても、「うちの部署には組織開発が必要だ」と熱心なところから取り組むほうがいいですね。そういう意味でも、押しつけないんです。

三好 「自分たちの組織は自分たちでよくしていく」のコンセプトからいえば、誰かにやらされるのは矛盾ですからね。例えば、社長が鶴の一声で「組織開発をやれ」と命じるのは簡単ですし、実際に他社ではよくあります。しかし、現場が動かないことが多い。

「自律性の尊重」と「活動を推進すること」のジレンマ

三好 大企業の推進部署でお話を伺うと、「現場に活動させたい」という欲求が起こりがちだと言われることがあります。
待っていても現場は動き出さない。推進部署は、期ごとに活動実績をレポートしなくてはいけない。「活動展開にドライブをかけるために、ちょっと強制力を効かせようか」という誘惑が起こるわけです。皆さんはいかがでしょうか?

礒貝 いろいろ試すなかで、強制力をつけたことはあります。先ほどの養成講座などで、人事部門の担当者は「全員受けなさい」と一気に進めるとか。受講者数が増えれば、情熱をもつ人が出てくるだろうと。でも、自分から手を挙げる人を集めたり、情熱のある人を地道に探したりするほうが、結果的には成果につながると感じています。

戒能 とりあえず100人に呼びかけて、2人でも3人でも響いてくれたら儲けもん、という感じですよね。

三好 大企業では、人事部から通達を出して「みんな受講しなさい」「各職場から人を出しなさい」とやりがちだけど、たいていうまくいかないですね。やはり最初に当事者の思いが必要だからです。
「この職場をよくしたい」という現場の思いに乗っかるかたちで展開するのがいいですね。情熱がある人は意外にいるものです。
パナソニックにはおそらく社内のあちこちに「職場をよくしたい」という思いをもつ方がいらっしゃる。現場の社員にもいるでしょうし、事業会社の社長や事業部長クラスの方は皆さん経営や事業でめざしていることの実現のために「組織をもっとよくしたい」と問題意識をもっているはずです。
皆さんが手を挙げて組織開発推進室にこられたときの気持ちと同じで。

礒貝 たくさんいらっしゃいますね。

三好 そういう意味で「組織開発」への理解を広め、組織開発の経営・事業戦略的な意味を認識して、意志をもって取り組もうとする部署からサポートするという、冒頭で話した三つのアプローチがこのジレンマを解消するための最適解になっているのではないでしょうか。