高い品質の議論を維持するファシリテーション
「未来創発プログラム」では、スコラ・コンサルトのプロセスデザイナーが議論のファシリテーションを担当してきた。参加メンバーは10人ずつの3チームに分かれ、各チームに1人のファシリテーターがつく。
スタート当初は自身も毎回のようにプログラムに参加し、ブラッシュアップに力を入れてきた巽センター長は、プログラムへの期待をこう語る。
「検討段階では『社外に頼らず内製化すべきではないか?』『ファシリテーターが3人、さらに人財開発センターの担当者も入るのは贅沢すぎないか?』という意見がありました。たしかに社員でもファシリテーションはできそうですが、このプログラムがめざす成果は、議論の質が相当に高くないと得られない。議論の高い品質を維持するのは、社員同士では難しいと判断しました」
「未来創発プログラム」ではファシリテーターの役割が大きい。受講メンバーのディスカッションを通してTOPPANグループの強みを引き出し、さらに新たな価値へと昇華させていく。最後には、各チームが事業プランを立案するという具体的な成果を確実に出すことが求められる。
「スコラ・コンサルトに依頼したのは、プロセスデザイナーのファシリテーション能力が、他社との比較において群を抜いて高いと判断したからです。ただ、私がイメージするプログラムを共有するまではディスカッションを繰り返す必要がありました」
スコラ・コンサルトにとっても、メイン事業の「組織風土改革コンサルティング」ではなく、「事業開発」を「プログラム」で支援することは大きなチャレンジだった。とくに時間をかけたのは「提供価値」の概念と、「提供価値」を生む「コア・コンピタンス」を深く問い直し、本質を洞察するためのプロセスづくりである。毎回の研修終了後には、巽センター長をはじめ人財開発センターのメンバーとスコラ・コンサルトのメンバーとで反省点、改善点を話し合い、プログラムの内容や進め方をブラッシュアップしていった。
「立ち上げ当初は、私もすべての研修にフル参加して、受講者たちの議論に立ち会いました。ファシリテーターの高いスキルをとくに実感したのは“沈黙の操り方”。われわれがファシリテーターを務めると、ディスカッションで意見が出ないときには、すぐ何かしゃべってしまう。どうしても沈黙に耐えられない。スコラ・コンサルトの方たちは巧みに沈黙を操りながら、受講者が感じながらも言語化できない部分を引き出し、気づきの形で認識させる点が優れています。『他者から与えられた答え』と、『自分の内側から引き出された気づき』とではまず記憶の定着が違う。研修後の行動変容につながるプロセスも大きく違う。受講者の満足度は自然と高くなります」
研修後のアンケートでは、満足度、理解度、活用度が毎回85%以上という高い評価を得てきた。受講者の感想では、次のような内容が多く見られる。
「TOPPANの事業領域の広さや強みを知る機会になった」
「自分が行なっている仕事の意味や価値を深く問い直すことの大切さを学んだ」
「グループ全体の可能性を感じることができた」
「営業、事業開発、研究、技術開発、製造、管理部門など、さまざまなミッションに取り組むメンバーと議論して、多様なものの見方・考え方を学べた」
数多くの試行錯誤を経て、受講者から圧倒的な支持を獲得し、グループ内で人気プログラムの1つとなった。
「受講者の離職率は、一般と比較して4分の1程度と圧倒的に低いことがデータに表れています。エンゲージメント強化の面でも、優秀な若手社員の定着促進に寄与しているのではないかと考えています」
コロナ禍、フルオンライン研修への移行
2020年はコロナ禍の影響で湯河原研修センターでの合宿研修が困難になり、9月の第66回から2日間のフルオンライン研修に移行した。当初は2日間連続の研修だったが、ハードなプログラムの性格上、受講者の負荷を軽減するために中1日空ける日程へと変更した。
「オンラインへの移行にあたり、受講者に好評だった懇親会などがなくなることで、満足度が低下するのではないかと心配しました。しかし、満足度は同じレベルを維持し、むしろ高まった面もあります。目立った変化の1つが、女性の参加率が上がったこと。子育て中の方が参加しやすくなるなど、オンライン研修にもメリットがありました」
受講者は全国から集まるため、遠方から湯河原までの移動を含めて二泊三日になるケースもあった。リアルの合宿形式だと、共働きで子育て中の社員には調整が難しいという面があり、自宅からの参加もできるオンライン研修は「受講のハードルが下がった」「議論に集中できる」などの評価も得られた。
巽センター長はじめ事務局スタッフも、かつては宿泊管理や懇親会準備などが忙しく、実質的に24時間対応だった。オンライン研修では事務局の負担もかなり軽減されている。
一方、プログラムで心配されたのは、議論の品質だった。パソコン画面を通して、リアルな研修と変わらない活発な議論が展開されるのか、とくに反対意見を前向きにぶつけ合えるかどうかは重要だ。「そのアイデアはイマイチかな」「提供価値がちょっと伝わりづらいよね」といった意見は、目の前に相手がいるリアル研修のほうが穏やかに言いやすい。オンラインでは白熱した議論が減るかもしれないという危惧があった。
しかし、実際にオンライン形式がスタートすると、受講者同士もファシリテーターも、互いの深い関わり方にもとづくやりとりや、率直な意見は減らなかった。相手が物理的に近くにいないこともあってか、対話に慣れてくるとむしろ厳しい意見も言い合えるのは、オンライン形式の思わぬ効果の1つだった。
「ただ、コロナ禍が収まると、懇親会も大切だという気持ちも出てきて、リアルとオンラインのメリットを両立できるハイブリッド型を実現できないかと模索しているところです」
持株会社制への移行と3つの課題
凸版印刷株式会社は2023年10月1日に持株会社体制に移行し、TOPPANホールディングス株式会社が設立された。主要事業会社にTOPPAN株式会社とTOPPANエッジ株式会社、TOPPANデジタル株式会社があり、1900年の創業以来ともいえる大変革を進めている。
「現在の経営課題には、あらためて“グループ連携によるシナジー効果の創出による企業価値の向上”が挙げられています。多くの企業が人的資本経営を推進するなかで、当プログラムは人財戦略が経営戦略にしっかり連動し、さらには先行して実施されたケースです。今回のホールディングス化においても、当プログラムの受講者が2800人以上いることは変革の基盤となり、今後の改革でも強みになると信じています」
巽センター長は、現在3つの課題があると考えている。
第一は、AI時代の新たな人財開発や育成のあり方だ。とくに生成AIを含めた先端テクノロジーを活用した新たな人財開発、育成のあるべき姿を模索している。「未来創発プログラム」でも、受講者の議論にAIなどのテクノロジーを加え、さらに高いレベルを追求していくことは検討課題である。
第二は、リアル研修とオンライン研修の使い分けだ。共働き世代が主流となり、合宿型研修への負担感は高まっている。一方で、労働時間をより厳格に管理する必要があり、かつて合宿研修で見られた「朝まで語り合う」という場の設定が難しくなった。リアル研修とオンライン研修のよい部分を組み合わせたハイブリッド型の研修を追求する必要がある。
第三は「未来創発プログラム」のグローバル展開。現在、選抜される社員は国内に限定されている。今後は、全世界から人財を選抜する形に進化させるのが望ましい。オンライン研修であれば、自動翻訳システムなどのテクノロジーを活かして実現できると考えている。
「今後はTOPPANグループの未来をグローバルな視点で考えるプログラムに進化させたい。未来の経営を担う人財が育成できると思います」
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