「戦略策定・共有のプロセスを通じて、最も実現したいことは何ですか?」

黒澤:先行して、2019年に有志のメンバーで、ビジョンを策定しました。その方向感を受けて、経営戦略策定を実施しました。自分が一番狙っていたのは、経営チームメンバーが「こうしたい!」と真に思える経営戦略をつくること、そして、つくった戦略を全社が一丸となって「やるぞ!」というモードをつくることです。

実は、海底通信ケーブルの事業には業績の波が大きい側面があります。また専門性も高く、事業領域もある程度、限定されています。業界の好況不況を正面から受けやすい事業体なのです。そのために、ベテランメンバーは、ここまで事業継続するために、船で培った技術・技能を活かした関連事業を興したり、他事業体に支援に行ったり、多くの苦労をしてきました。改めて経営戦略をつくるとき、そういう蓄積してきた思いも受けとめ、包み込みながら、未来、発展していくために「自分たちが、本当にこうしたいんだ!」とメンバーに語り掛けられる戦略をつくりたい、と考えていました。

また、船の世界は、危険とも隣り合わせであり、指示命令系統が厳格なことが求められます。こうした業務上の特性からも、組織は縦割り傾向が強く、情報共有や連携が起こりにくい面があるようにも感じていました。

そのために、策定プロセスの立ち上がりでは、経営層のメンバーが一枚岩になるための時間をじっくりとろうと考えました。

経営メンバー同士が腹を割って、なるべく本音で話し合う、

そのための関係づくりからスタートしました。しかし、経営層からは「お互いのことはすでに知っている、そんな関係づくりは必要ない」という声、コロナ下でのオンライン開催だったため、「オンラインで、そこまで本音を話せるのか?」という不安の声などが聞かれました。

やってみると、「知っていると思っていたが、意外に知らないことが多かった」「普段の会話も増えて、気軽に相談できるようになった」という声があり、ホッとしました。実際、場を重ねる中で、言いにくいことを話すことが増えていきましたし、互いの理解も深まっていったように思います。また、職場でオフサイトミーティングや対話の取組みが自主的に始まったところもあり、経営層の議論の場以外でも、想定していなかった、嬉しい効果も現れています。

ある部門の戦略共有の対話会では、経営メンバーKさんが、策定のプロセスと思いを語っていました。その中で、自部門の目標だけでなく、他部門の目標を自分がチャレンジするかのように部下に語っている姿を見たときに、経営チームが思いや考えをぶつけ合ってきたからこそ、できたことだと感じました。当初の狙いに近づけているような気がして、嬉しさと手応えを感じた瞬間です。

源明コメント

異なるバックグラウンドを持つ経営層がチームとなり、「自ら本気で実現したい」思いを戦略に反映するには、策定プロセスの設計が肝と言えます。関係を構築するために、スタート当初はお互いの人となり、仕事の経験や思いを語ります。「その人が、どういう人なのか」改めて、その土台を理解する段階です。
そこから、事実・実態を踏まえて、「自社の強み」や「未来にむけての問題意識」を話し合うプロセスで、それぞれが持つ思いに至る、背景や考え方を理解することが可能になります。そういった背景理解の回を重ねてから、未来を構想していきます。経営層がお互いの持っている課題認識をやりとりしたからこそ、共有しづらい事実や背景情報を理解し、受け容れにくい状況も受け容れて、徹底的に議論し、前向きな意味を見出し、本気で取り組めるものに変わっていきました。
黒澤さんは「どんなによい戦略を策定しても、社員の心に響かない、共感できないものは実行されない」ことを前提として、経営層が本気になるプロセスをサポートしていました。

「戦略策定プロセスの進めてみて、実感した苦労や手応えは?」

黒澤:2つあります。1つはオンラインでの展開になったこと、2つ目は、チャレンジングなめざす姿を設定するところです。

まずは、オンライン開催について。当初は、リアルでの合宿を企画していました。対面で向き合わないと、それぞれの思いを統合した戦略ができないのではないか、と考えていたのです。ところが、ニューノーマル対応で展開する必要が出てきました。正直、不安はあったのですが、新しいケースになればいいと思い、チャレンジしました。

オンライン環境で、率直に話ができる、進んで発言ができる関係を築くことに、少し苦労しました。諦めずに、とにかく丁寧に進めてきました。具体的には、自分の意見や考えを発言できているかどうか、場での一人ひとりの様子を見て、会社で会うタイミングなどで「あの場、どうですか?」と声をかけて、フォローしていました。また、対話の場の設計として、1回あたりの時間を短く、回数を多く実施するなどの工夫もしました。結果的に、それぞれの意見を率直に出し合いながら、お互いの納得感のあるものをつくりあげていけた、と感じています。

もう1つ。経営チームが描く経営戦略が、WEマリンの未来の発展に繋がること、社員が魅力を感じ、ワクワクするものにしたい、と考えていました。そのためには、現状からストレッチしたチャレンジングなテーマが必要です。従来の思考でアウトプットすると、社員にとってワクワクするものにはなりにくい。一方で、そういうチャレンジテーマを描くということは、経営から見ればリスクと感じる内容も含まれてきます。発想を飛ばして考えてみることを、強制ではなくトライしてもらう、この折り合いが非常に難しかったです。

責任感が強いメンバーでもあり、どうしても議論していると現実的なテーマになってしまいます。長期的な視点での情報のインプットやストレッチしたテーマを自ら、言いだせるような状況をつくることに留意しながら、進めました。結果的に、アウトプットは経営チームが自分たちで実現したいと思える、社員がワクワクするものにできたんじゃないか、と感じます。詳細はご紹介できませんが、発想の転換を求められるものになり、経営チームは、メンバーに「どうやって実現するか、一緒に知恵を出していこう!」と語り掛けてくれています。

源明コメント

コロナ禍のため、オンライン開催に切り替え、実施しました。1回2~3時間の場を3ヶ月で17回開催し、並行して、事務局メンバーとスコラで作戦ミーティングを実施。まさに、“走りながら考える”プロセスでした。
逆に、多忙な経営メンバーに対して、合宿のための連続2日の拘束を調整する必要はなくなります。オンラインの特性を活かして、集中力を担保できるように、時間を小刻みにして、回を重ねました。相互の関係性をオンラインでつくるために、それぞれの転機や仕事への思いを聞く場は3回に分けて実施しました。加えて、少人数でのブレイクアウトセッションでの議論や、オンラインでのカードワークも必ず議論の内容を可視化し、具体的な論点での問題提起と議論を心掛けました。
チャレンジングなテーマ設定をする場合、それぞれの業界に「こういうものだ」と思い込んだルールややり方があります。この思い込みへの見方を変えれば、大きな機会になる。過去、実行が難しい、不可能と思ったテーマや課題にむけて、どう思考をずらすかが重要です。そのキーになるのが、自分たちの「強み」を認識すること、その「強み」を最大限に活かすことです。
しかし、実際やってみると、自社の中にある強みは、当たり前過ぎて自分たちでは気づけないことが多い。議論の中で、「強み」を紡ぎだすことが、支援者の私たちもワクワクする工程であり、貢献できるポイントでもあります。「強み」を活かして、戦略を組み立てることが「これがやれたらすごい!」「やれるかも!」と当事者が実感できることに繋がります。

DX組み込んだ“DX戦略、次の成長への“しかけ”で特に重要なことは何だと思われますか?」

黒澤:DXは、これから自分たちの仕事を発展的に革新するために必要なテーマです。ただ、DXが目的ではなく、目指す姿に向かうための手段の一つとして必要、と考えています。目的や戦略を持たずに始めるDXは手段が先行してしまうため、今回も最初に「DXをやろう」とは言いませんでした。会社として描く未来・向かう先に、DXをどう活用するかで議論してきました。会社に戦略がないと、実現するための手段をうまく活用できないと考えています。

また、社員がDXと聞いて、「大きな変革をしなければいけない」と感じて思考停止になったり、イメージを持てずに取組みが進まなくなることは避けたい。

中堅メンバーには、AIやコーディングの技術がないと実行できないテーマではなく、現場ならではの知恵を、デジタルを使ってやり方を転換することが、現場での実践を積みあげた事業体である私たちに向いている、と伝えたいです。そのために、デジタルにものすごく詳しい人でなくても取り組める事例をインプットしたいと考えています。

すでに社内で、現場の知恵を活かして、デジタル化で成果を上げている事例も生まれています。現場には、「それもDXの1つ」と共有して、自信をもって取り組めるよう、チャレンジを応援しています。また、新たなチャレンジのためには、メンバーが安心して「リスクを取れる」と感じ、まず行動でき、その結果から学ぶ雰囲気が醸成されていることが大切だと思っています。そういうメッセージを、経営チームからも出してもらっているので、有難いと感じます。

源明コメント

DXとHXが両輪で進むことで、変化をつくることが可能になります。
成長戦略を実現する手段として、DXによるデータ解析、価値創造のプロセス改革、失敗から学べるレジリエントな組織づくりは、必要なことです。しかし、イメージ先行型で、抽象度の高いビジネスモデルの転換からスタートすると、自分たちの目的に向かってDXを活用することができず、形にすることの難易度が上がってしまう。現場のメンバーも、自分たちで実践するテーマにしづらい状況が生まれます。黒澤さんは、そこを、リアルな現場と繋げて考えることが重要、と語ってくれています。
現場の中で現在、実際にやっている仕事のしかたを改善し効率化したり、人の手を介するため、困難だった工程を置き換えることに、活用できるデジタル化を入り口に捉えているのは、組織の中でDXをモノにするプロセスとして、非常にリアルで、学習の面でも収穫が多いと言えそうです。その成功体験が、組織の中でのDXを生かした価値のためのトライをさらにうみだしていく、のではないでしょうか。

戦略策定共有の活動の中で、事務局として仕掛けようしていること

黒澤:今回の戦略策定のねらいは、「自分たちで考え、社員と共有できる戦略」というイメージが、自分の中にありました。そのため、「このプロセスで、何を目指すのか、どうしたいのか」という自らの思いや考えに基づいて、提案してもらいました。その自分の方向性とズレていないか、打合せ時に必ず確認しています。スタートしてからも、プロセスデザイナーに任せっぱなしにするのではなく、一緒に企画・実行しています。全体の進め方の青写真を持ちながら、社内メンバー同士の関係を構築して、社員の理解・共感をつくるイメージが描けていると感じています。具体的な進め方については、プロセスデザイナーにたたき台を出してもらったり、やり方を一緒にすり合わせして、進めています。「自分はこう進めたい」という思いがないと、丸投げになってしまい、結果として、いいプロセス・アウトプットがつくれないのではないでしょうか。

ただ、社内だけで進めると、アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)に捉われたり、視野が狭くなる可能性があります。他社との比較、自社の思考やマネジメントの傾向についての気づきなどやってみてのフィードバックを活かしながら、ストレッチしたテーマを考え、動かす応援をしてもらっています。

今後は、人が入れ替わっても活動を継続できる状態をつくるために、社内にもっと仲間を増やしたい、そのための仕掛けをもっとしていきたいと考えています。

源明コメント

「何を目指すのか、何を実現するのか」、意思は社内にいるメンバーにしかつくれません。それを明らかにすることは、活動の推進力をキープするためにとても大切なことです。
また、私たちが外部支援者として、留意してきたことは3つ、あります。
一つは、議論を重ねる経営メンバーが本気で考え抜くための支援。本当に伝えたいことが言語化できているか、発言の真意が伝わっているか見て、問いかけ、翻訳してきました。また、経営全体を俯瞰し、「自社の状況」と「最も重要な経営課題」について、参加者同士で認識をすりあわせ、共通認識を形成したこと。(8Dコンパスというフレームを活用)二つ目は、当事者であるからこそ気づけない、自社に眠っている“らしさ”“強み”を明確にする支援です。三つ目が、社員がワクワクする、未来を切り拓くための目標とチャレンジテーマをつくるために思考の枠をずらす・広げることでした。経営の本気度と認識のすり合わせ、自社にある強みを最大限活かし、未来に向けてのめざす姿を設定する。この3つのプロセスが、経営と現場を同じ目的でつなぐためにも大事だと考えています。

最後に皆さんへのメッセージをお願いします。」

黒澤:つくり込んだ戦略を中期経営計画に落とし込んで、展開をスタートしています。「プランが自分ごとになっているか?」「現場で自分の仕事として考えられてるか?」を活動に関わりながら、見るようにしています。「表面的に合わせていないか?」という視点を持ちつつ、「一体感を持って、自分ごとで展開する(=組織力が高い状態)」ことを目的に活動しています。目的が経営戦略をつくることだと、作成したら終わりになってしまいます。

そういう意味では、つくって終わりではなく、時間がかかりますし、すぐに結果が現れるものでもありません。組織風土改革にチャレンジすることは、さまざまな場面で抵抗を感じることもあり、簡単ではありません。でも、それぞれの会社で、変革に取り組んでいるみなさんのことを思い浮かべ、勝手に同志・仲間だと思い、自分の心の支えの1つにもさせてもらっています。それぞれの思う、最高のチーム、最高の仕事を目指して少しずつでも近づけていければ、社会はもっと良くなると信じています。一緒にあきらめずに、頑張っていきましょう。

最後に、ビジョン・経営戦略の議論や社員との対話プロセスを通じて、改めて自社について発見したことは、「社会を支えている事業に携わり、働く社員が使命感や誇りを持つ、素晴らしい職場である」ということです。そして、「更に大きく飛躍できる可能性のある会社だ」と誇りを感じることができました。こういう仕事をさせていただくのは大変ですが、やりがいを感じています。

源明コメント

マリンさんでは、策定した経営戦略を受けて、現在も社員との共有を実施中です。戦略を策定するだけでなく、ともに実現に向けて試行錯誤を行なう社員との共有をしっかり進めることを、最初に描きながらこの策定プロセスを実施してきました。戦略・中計を実践していくためには、経営の思いと社員が共感できる策定のプロセスが非常に重要ということです。
今回は、たくさんの問いにお答えいただきありがとうございました。