「感性のマネジメント」が求められている

コンサルティングの世界は、分析力や論理的思考によって問題・課題の解決策を導き出すことが求められますが、一方、音楽の世界では論理的思考というより創造的思考で、感覚や感情などが伴う感性的な面にアプローチしていきます。ここでいう「感性」とは、さまざまなものを見聞きした時に感じる心の動きと、その刺激から生まれる感情を形にして表現する力のことです。

このような音楽の世界から組織コンサルティングの世界に進むという例はそれほど多くないと思いますし、その経歴を不思議がる(面白がる)人が多いのも事実です。しかし、私が27年間、個性ゆたかなミュージシャンや各種のクリエイターと「感性」を大事にしてビジネスを進めてきたことで得られた知見は、今日の企業の組織運営においても非常に有効なものだと確信しています。

組織運営において大事なことは、「関係性の強化」と「変革」です。

関係性とは、会社と社員、上司と部下の関係性だけではなく、商品・サービスとユーザーの関係性も含みます。この関係性を支えるものは、感情の背景にある「物事をどう捉えるか」という感性ベースでの相互理解です。というのも、人は想像以上に、論理ではなく「感情」で物事を判断しています。感情は、物事をどう捉えるかの「感性」によって引き起こされるものですから、そこにアプローチしないと深い関係性を築くことはできません。ちなみに、楽曲がヒットする場合などは、感性から生まれた楽曲がユーザーの感性と共鳴し、楽曲とユーザーとの関係性が深まった結果と言えます。

また、「変革」においては、変革の先にある姿が魅力的でなければ、変革に向けた心のエネルギーは生まれません。感性に響くような魅力を打ち出すことは、変革の正当性を論理的に説明することに比べて、何倍、何十倍もの推進威力があるのです。

いずれの場合も、論理性よりも感性が大きな影響力を持つというのが経験上の実感です。組織が人の集団である以上、人や組織が組織課題をどのように捉えるか、という感性のありようを見ていく「感性マネジメント」は大事なテーマなのです。

「感性マネジメント」2方向からのアプローチ

感性を引き出す

メンバーの「感性を引き出す」ことで、組織として新たな気づきを得られることがあります。

とある会社の総務の話ですが、新しく異動してきたメンバーが前任者から引き継がれた総務内の仕事の流れに違和感を覚え、「どうして、こうするんですか?」と尋ねたところ、「前からずっとそうしているから」という答えが返ってきたそうです。通常は、ここで会話が終わってしまうことも多いのですが、その会話を聞いていた課長が「〇〇さん、何か変だと思うの?」と問いかけました。一人のメンバーが抱いた違和感を見逃さず、表出化したのです。その結果、それまで誰も気づかなかったようなムダが見つかったということでした。課長の感度と促しが効率化を成し得た例ですが、このようなことも「感性マネジメント」の大事な側面です。

また、別の会社の例ですが、働き方改革の推進のために「残業時間の短縮」という議題のディスカッションをした時の話です。当初は、「どうやったら残業時間を短縮できるか?」についてのディスカッションが続きました。しかし、有効な解決策が見つかりません。そこで、議長を務めていたリーダーが「そもそもこの議題について、みんなはどんなふうに感じているの? 正直なところ教えて」と振ったそうです。それをきっかけに「私は短縮されると困ります」とか、その感想とは逆の「私は全体で短縮されると帰りやすくなるので助かります」など、それぞれから素直な感想が出されました。

リーダーはさらに、「どうしてそう感じるのか」と問いかけました。すると「仕事でやりたいことがたくさんあるので時間がほしいんです」「家族の面倒があるので早く帰りたいのです」など感想の背景にある理由が出てきたのです。そこから、単に残業時間短縮のためのルールを決めようというディスカッションではなく、働き方に関するそれぞれの価値観の話に発展し、部署としての統一的なルールではなく、複合的な施策が生まれました。結果として、メンバー間の相互理解も深まったそうです。

また、私が経験した例ですが、レコード会社でアーティストの「プロモーション計画を立案する」セクションにいた時の話です。毎週の部会で、前週に行なわれたライブや発表されたパブリシティに関して感じたことを全員が発表するという場が設けられていました。ビジネスですから、通常は個人的な好き嫌いなど主観を語るべきではなく、あくまでも客観的な事象について発表することが優先されやすいのですが、この場は全く逆でした。それぞれの感性から生まれた「自分の主観的発言」をすることが奨励されていたのです。

10人いれば10の主観が場に提示されるわけです。他者の主観についても、感じたことを加えていきます。それこそ、まちまちな意見が出るので、その場で何かの結論を導き出すことはしませんが、それぞれのアーティストを担当する責任者にとってはすべてが大事な情報です。そこで示された主観を統合していくと、責任者一人では気づけなかった新たな道筋が見えたりするのです。

この場の効果は他にも、発表者全員が毎週必ず自分の感じたことをみんなに理解してもらいやすいよう工夫して表現することで、「言語力」が高まるというメリットもありました。ハードではなく音楽というソフトを扱っているので、このようなやり方がよりフィットしたのかもしれません。「感じていることを素直に口に出すことができる場」があることはとても有効でした。

感性を磨く

感性は、周囲の状況などを見聞きした時に感じる心の動き、いわゆる「感受性」と、その刺激から生まれた感情や思考を表現する「表現力」とで成り立っています。

「表現力」を磨くことが大事な仕事もありますが、組織マネジメントで意識したいのは、人々の「感受性」をより鋭敏にすることです。感受性の感度が高くなると、場に流れる情報も豊かになります。それによって、その場全体の思考が深くなっていくのです。その「感受性」を高めるために有効なのが、「表現する機会を多く持つ」ことでしょう。

人は発表の場面など、何がしかのアウトプットをしなければいけない場合には、そのために必要な情報をインプットせざるを得ません。これが、「感受性」を高めるためには「表現」する習慣を持つことが大事だと言える、人の創造活動のメカニズムなのです。自分の感じたことをアウトプットする習慣が多ければ多いほど、感受性は磨かれ、感度の高いアンテナを手に入れることができるということです。私が経験した、アーティストのライブやパブリシティに関して感想を述べ合うという部会も、アウトプットすることで感受性を磨くことができる場だったと言えます。

別の例を挙げると、ある150人規模の会社では2カ月に1回、会社から出される課題図書の感想文を全員が提出し、それを小冊子にまとめて配るということを、まだ50人規模の時代からずっと続けています。私は何度もそこに掲載された感想文を拝読していますが、同じ課題図書に関して「こんなに多様な感想があるんだ!?」と、いつも感心させられます。100人いれば100通りの感性がそこにあり、この感想文集が感性を磨く良い機会になっているのだと実感します。

また、ある食品販売の店では、店長がすべてのスタッフと個別に交換日記形式で、その日に感じたことを綴って共有するということを続けています。単なる業務報告ではなく日記という表現形態をとることで、現場のスタッフも困ったことや気づきを記載しやすく、店長もまたそれに対して赤ペン先生のように感じたことやアドバイスなどを書いて交換しているのです。交換日記を始めてからは店にも活気が生まれ、新商品の提案が積極的に出されるようになったそうです。また、それまでは毎年のように離職者がいたのですが、交換日記を始めてから2年半、その間の離職者はゼロだそうです。

企業人にも馴染みのある機会としては、参加者が自由にディスカッションしながらアイデアを出し合う「ブレスト」(Brainstorming)も、感性のアウトプットの場として有効です。職場単位でのブレスト、階層別のブレスト、全社的なブレストと、いろいろな場で多様な意見やアイデアを出し合い、聞き合うことで、組織の対話文化を耕すこともできます。ブレスト文化が醸成されると、そこで感性をアウトプットすることも当たり前になり、組織の感性を磨く絶好の機会となります。普段のミーティングの中でも“感じたことをアウトプットする”ことを習慣にできれば、参加者の日頃の観察力が変化し、感受性の感度が高まることが期待できます。

確定的な手法があるわけではありませんが、「感性」をアウトプットする場を設けることの効果は想像以上にあるのです。

「感性マネジメント」の先にあるもの

過去や現状のデータを分析し、何がしかの傾向や法則を見つけ、それに沿った方法で改善・変革を行なう、その方法では過去から現在の延長線上にある未来しかつくれません。しかし、組織の感性が高まっていると、分析的、論理的な情報整理からは出てこない、自由なイマジネーションによる未来像が描かれる可能性が高まります。

誰も見たことのない未来、そこにイノベーションがあるのです。イノベーションの必要性が高まる現代において、そこに近づくための一つの道程が「感性マネジメント」なのではないでしょうか。これからの組織の創造性のカギを握る「感性」にフォーカスすることの意義と、この新たなマネジメント領域への理解がもっと深まっていけばと思っています。

アカラ・クリエイト