「日本企業には風土改革が必要」とは長らく言われ続けていることですが、その間にも時代は大きく変わり、企業経営が重視する課題とともに組織風土改革の目的や位置づけも変化してきています。特に2020年代に入ってからは、「社員の働きがいの向上を通じた会社の業績の達成」という企業価値の根幹に関わるモノサシの変化に本気で取り組む企業が増えてきています。

私たちが長年にわたる組織風土改革を通じてめざしてきた「企業活動の基礎になる人と組織が本来持つ力(ポテンシャル)を発揮できる環境をつくる」というテーマ。それが、これからの経営にとって避けられない課題になってきたのです。

それと同時に、見直しが必要になっているのが「全社的な風土改革の推進体制や進め方」です。

企業によく見られる一般的な改革推進体制は、課題別の推進部署がそれぞれの狙いや目標をもって具体的な施策をバラバラに展開していく、ともすれば個別最適に陥りがちな「足し算型の体制」です。それに対して、「事業課題」と「人・組織課題」を分離せずに取り組む全社風土改革は、部門間の機能連携と超階層のメンバーで構成されたハイパーチームで進める「掛け算型の体制」です。

ここでは、これからの全社風土改革のカギになる掛け算型の推進体制を想定し、「事業」と「人・組織」の領域を担う2大機能、「経営企画部門×人事部門の連携」について考えてみたいと思います。

事業課題と人・組織課題を分断しない「経営による全社風土改革」

企業(特に大企業)が着手する組織風土改革といえば、以前は、主として「組織・人事」という一領域の活動に位置づけられていました。「社員の主体性を高めたい」「失敗を恐れず挑戦が生まれる組織文化にしたい」「チームワークや部門間の連携を強めたい」といった経営の課題認識を受けて、人事部の「人・組織を元気にする」「管理職のコミュニケーションスキルをアップする」など、コミュニケーション活性化の施策として行なわれるケースが多かったように思います。

もちろん今でも、そうした目的で行なわれている組織風土改革もあります。しかし、その一方で、課題別・推進部署別の改革テーマと同列に行なう従来の組織風土改革では効果に限界があるのではないか、と多くの企業が気づき始めています。
新たな価値の創造に向けて、DX、D&I、働き方改革、ジョブ型雇用の導入、社員エンゲージメント向上…と、どんな課題に取り組んでも、その推進や結果を大きく左右するのがバックグラウンドにある組織風土の存在です。組織風土改革は、さまざまな経営課題の根元に共通に横たわる全社の変革課題なのです。

それを今までのように人事任せで、人事部門の施策の及ぶ範囲で進めていくと、職場別、階層別のアプローチはできても、「風土改革の取り組みは事業の成長に直接結びつかない」「職場単位で変化しても、経営のあり方や価値観は変わっていないので、結局元に戻ってしまう」など、むしろ現場があきらめ感や不信感を強めてしまうことにもなりかねません。

そこで近年増えてきているのが、「経営起点で組織風土改革をスタートさせる」という全社的アプローチです。

まず経営層がこれまでの経営のあり方や前提としてきた価値観を問い直し、長期的な変革の方向性を共有した上で、経営層から変わっていく姿勢を多様な形で全社員に向けて示していきます。「トップの影響力を最大限に生かして階層の上から下へと動きを連動させていくことで、改革の連鎖を早める」という推進の考え方です。この経営の“束”としての意志をしっかりと伝えることは、ミドル層以下が安心して変わっていくための下地になる、というメリットがあります。

経営起点で全社風土改革を進めることのもう一つのメリットは、経営レベルで「事業課題」と「人・組織の課題」を分離せずに一体として進められる点にあります。ビジネスモデル転換期の事業やサービスの価値創造には、経験のない取り組みへの挑戦や試行錯誤が欠かせません。ビジネスモデルの転換と一体で、人・組織もまったく新しい発想やルールに基づく仕事の仕方、物事の進め方を身につける必要があるのです。

なぜ、人事主導の改革では経営を当事者にできなかったのか

全社の風土改革を経営起点で、経営層が当事者となって進めていく。頭で考えれば自然で最適なように思えても「現実には難しい」という人事部門からの声をよく聞きます。なぜ、人事部主導で経営層を起点にした組織風土改革を推進することが難しいのでしょうか。

・そもそも経営者が、「組織風土改革は『現場の人・組織面の問題を解決すること』が目的の取り組みであり、経営者自らが向き合う課題ではなく人事部や組織開発チームの担当領域である」という認識を持っている。
・部門間の役割分業意識のため、人事部が事業面にアプローチすることが難しい。

このような背景事情があるとするなら、そもそも人事部が単独でやらなければいいのではないか、と考えることもできます。最適なのは、経営計画や事業戦略の策定などを担い、経営と一体で動いている経営企画部門との連携です。イメージしやすいのは「経営企画と人事のメンバーがチームになって一緒に全社風土改革を推進する事務局をつくる」ことでしょう。

両部門が機能連携することには次のようなメリットがあります。

・経営企画が事務局に参加することで、経営層にアプローチしやすくなる。
・異なる担当領域の両者が話し合うことによって、より多面的に会社の現状や課題を把握することができる。
・経営企画と人事が協働することで、「組織風土改革は、事業変革と組織変革を連動させる経営マターの取り組みである」という社員の意識を醸成できる。

実際に、必要に駆られて人事のほうから声をかけ、経営企画を巻き込んでいったケースもあります。ある企業の改革推進事務局の例です。

【ケース:改革推進事務局づくり】
経営企画と人事が「事務局」で連携し、推進力を強化する

人事部長が抱いた2つの問題意識

大手企業のグループ会社間で、A社へと異動してきた人事部長のKさんは、着任当初からプロパー役員との間に“話し合えない壁”を感じていました。

コロナ禍をはさんで急激に変化していく環境の中で、長らく親会社依存のビジネスに頼ってきた子会社のA社は、ビジネスモデルの転換を実現するために、事業や組織の根幹となる価値観や思考・行動のベースとなる文化を変える組織風土改革が急務になっています。改革をスピーディーに進めるためには、まず経営層が会社の現状を確認・共有し、未来に向けた会社づくりを考えるための“議論の場”が必要でした。

しかし、これまでA社では、プロパー役員たちは社長が代わるたびに変わる方針や施策に翻弄されてきました。その結果、「会社全体の経営を考えるよりも、とにかく自部門できっちりと結果を出すことに集中する」というのが役員たちのメンタリティになっていたのです。

着任したばかりのKさんは、トップとの間に溝を抱えたままで、役員同士が会社の問題・課題や将来について話し合えないこと、チームになっていないことに強い危機感を持ちました。そうした経営層のありようは、近年の「経営に対する信頼の低さ」というサーベイ結果にもつながっているように見えます。そこで、Kさんは社長に対し、経営がチームになって会社のこれからを一緒に考えていくための「経営チームビルディング」を提案しました。

それと同時に、Kさんは、経営チームの議論をサポートし、そこで生まれる変革課題や新たな方針、施策を全社に展開するための「事務局」づくりに着手しました。単に議論の場のお膳立てをし、議事進行・記録をする事務局にとどまらず、現場の意見を経営チームに、経営チームの議論や意思決定を現場に伝え、現場での実行を後押しする推進機能としての事務局です。

なぜ経営企画の巻き込みが必須だったのか?事務局づくりのカギは、全体利益のための「連携」

人事が受け持つテーマではなく、経営課題として全社的な風土改革を推進していくためには、どういう事務局機能が最適なのか?前職でも人事として風土改革を担った経験のあるKさんが真っ先に考えたのは、経営企画との連携強化でした。

全社改革といっても、人事発で推進すると、やれることは人事施策の範囲内にとどまってしまいがちです。経営企画という事業面での中枢機能を飛び越えて人事が経営層を動かすことは難しいし、そもそも効果的ではありません。スタッフ部門の間にもまた、相互不可侵で機能間連携を阻む「壁」があります。いずれはその壁にぶつかり、人事単独では全体最適な改革推進が難しいと感じていたKさんは、事務局の中で部門の横串を通し、早いうちから連携できる体制を考えたのです。

Kさんはどうやって部門の壁を越えたのでしょうか。糸口になったのは「話し合える人」への働きかけでした。Kさんは、勉強会などの機会を通じて知り合い、同じように風土改革の必要性を感じ、考え方を理解している他部門の部長や役員に声をかけました。そこには運よく経営企画部長も含まれていました。そして、一緒に全社改革の推進を考え、連携していく事務局メンバーとしての議論を始めたのです。

経営に直接アクセスできる経営企画、日頃から職場にアクセスしている人事と、中枢のスタッフ部門が事務局として連携することで、全社改革の目的やストーリーはブレにくくなります。上流で話し合いが進んで取り組みが一本化されれば、複数の活動が上からバラバラに降りてくるといった職場への負担も小さくなるでしょう。こうした扇のかなめをしっかりとつくった体制で経営層をサポートし、全社改革を進めていくことは、巻き込まれる側の社員にとっても一定の納得感があるのです。

エネルギーの高い「ハイパー連携」にするためのチームビルディング

では、経営企画と人事が事務局メンバーに入れば連携がうまくいくのかというと、そうではありません。特に掛け算型で機能連携していく全社活動では、事務局の役割に関する認識合わせや、自分たち自身が変革当事者になるための「チームビルディング」が非常に重要です。(あわせて「変革のプロセスをデザインしていくための方法論の習得」がありますが、ここでは割愛します)

【チームビルディングのための議論テーマ例】

・そもそも会社の事業・組織の現状はどうなっているのか
・会社のめざす姿と、そこに近づくための「事業」と「人・組織」の課題は何か
・課題を乗り越えるために自分たちに求められる役割は何か
・めざす姿を実現するためには、どんな価値観を大事にし、どう変わっていく必要があるのか
・自分は、今どんな思いで働いているのか
・この会社で自分が本当に成し遂げたいことは何か

事務局メンバー同士でこのような議論を通じて、当事者意識とチームの仲間としての信頼を高めていきます。まずはチームビルディングのプロセスを通じて異部門同士がチームになることを「体感」する。それができると、改革推進のさまざまな段階や場面でも、多様な部門や階層のメンバーを巻き込んで推進力を拡大していくハイパーな連携がしやすくなるのです。