金子みすゞさんの「不思議」という詩があります。

私は不思議でたまらない、
黒い雲からふる雨が、
銀にひかっていることが。

私は不思議でたまらない、
青い桑の葉たべている、
蚕が白くなることが。

私は不思議でたまらない、
たれもいじらぬ夕顔が、
ひとりでぱらりと開くのが。

私は不思議でたまらない、
誰にきいても笑ってて、
あたりまえだ、ということが。

自然の神秘や不思議さに、素直に驚き、目をみはる感性のことを、1960年代、世界に先駆けて環境問題に警鐘を鳴らしたレイチェル・カーソン(『沈黙の春』の著者)は「センス・オブ・ワンダー」と呼んでいます。

子供の頃は、誰しも感性が豊かです。しかし、大人になると、論理や常識に縛られることが増えるせいか、そのアンテナが錆びついてしまうことが多いようです。「不思議」の詩の最後の部分「誰に聞いても笑ってて、あたりまえだ、ということが」とあるように、“驚くべきこと”に対して純粋には驚けなくなります。

レイチェル・カーソンは、“感じること”の重要性について、「知ることは感じることの半分も重要ではない」という言葉を残しています。

現在のビジネスでは、「新しい価値を生み出すこと=イノベーション」が重要であると言われ続けています。誰もが「創造性」を発揮して仕事をすることが求められる時代になりました。しかし、実際には、創造性を発揮することは、それほど簡単ではありません。みな論理的思考や知識は学んできましたが、“創造すること“を学んだことのある人は少ないのではないでしょうか。

「あたりまえ」で説明している世界、本当にそうか?

私は、冒頭に述べた「不思議」という感覚が、創造性を起動するスイッチになると考えています。
新しいことを生み出す創造的な思考方法は「アブダクション(創造的思考)」と呼ばれます。アブダクションは、論理的思考等とは異なり、次のような様式をとります。

① 未知なこと(既存の知識では説明ができないこと、等)を見つけ、着目する
② ①が起こることが説明できるような「新しい考え方」を見出す

少々難しいかもしれませんが、たとえば、ニュートンの有名な「万有引力の法則」の発見を例に考えてみましょう。

ニュートンは「宇宙の星々がバラバラにならずに、均衡を保っているのはなぜなのか?」という不思議に魅了されていました(①)。そして、リンゴが木から落ちるという現象をきっかけに、「地球がリンゴを引っ張っている力(すなわち重力)が、あの星々の間にも働いて、互いを引っ張っていると考えれば、星々の均衡の不思議を説明できないだろうか」と、新しい考え方を見出した(②)と言われています(諸説あり)。

この創造的思考のプロセスにおいては、②が重要であるように見えます。しかし、私は①が最も重要なプロセスであると考えています。
なぜなら、「不思議を感じて、驚く」ことは、じつはとても難しいことだからです。多くの大人にとって、星々が均衡していて動かない(ように見える)ことは“あたりまえ”であり、疑う余地もなく見過ごされているのではないでしょうか。
「誰にきいても笑ってて、あたりまえだ」という対応が大人の世界では普通なのです。

「感性の文化」で発動する創造的な思考

あらためて、よくよく「センス・オブ・ワンダー」のアンテナを磨いていくと、ロジカルシンキングだけで動いているように見えるビジネスの世界も「不思議」で溢れています。通常の感覚で仕事をしていると「あたりまえだ」と思うことの中に、たくさんの「不思議」は隠れています。そういう「不思議」を感受して、それに取り組むことでアブダクションが起動するのです。

こういう創造的思考のメカニズムを知ってみると、既存の知識や、これまでの常識に従うことが強く求められる企業文化の中で、新しい考えを生み出すことがいかに難しいかがよくわかります。

これは必ずしも“大人”が鈍くて、怠慢だということではありません。脳は、これまで蓄積してきた知識・経験に基づいて現状を判断するというふうに働くため、知識や経験の蓄積が豊富な“大人”は、新しい現実の出現を目にしても、往々にしてそれを古い知識によって「あたりまえ」と判断してしまうのです。
しかし、現代は変化が激しく、過去の常識では想像すらできない世界が日々、目の前に現れ続けます。こういう時代には、未来をつくるための「新しい思考」を常時、起動させておかなければならないのです。

そのために、これからの企業組織では、子供のように無邪気に「センス・オブ・ワンダー」の感性を発揮できるような文化をつくっていくことが特に重要なのです。

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