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創造性のカギを握る力「ネガティブ・ケイパビリティ」

ネガティブ・ケイパビリティとは、イギリスのロマン主義の詩人ジョン・キーツが、シェイクスピアの芸術創造の能力の秘訣について語る時に使った言葉で、「容易に答えの出ない事態に耐えうる能力」を意味します。

未知の問題がもたらす不確かな状況や不安、葛藤は、人間にとってネガティブなものであり、一刻も早く回避、対処したくなるものです。それでもあえて性急に答えを出そうとせずに、そこに踏みとどまり、耐える中から真に創造的なものを生み出していく、という考え方です。

自己模倣的アプローチは確かにコスパが良く、比較的、楽な道です。また、創造のための苦しみや不安、葛藤に向き合う厳しさを避けることもできます。
しかし、ビジネスにおいても芸術においても、本当に創造的なことを成そうとすれば、創造の苦しみ、不安、葛藤はつきものであり、避けては通れないものだと思います。
そこにしっかりと向き合う力が、ネガティブ・ケイパビリティです。

ネガティブ・ケイパビリティという能力は、程度の差こそあれ、すべての人が潜在的に持っています。しかし、自分自身の中にそのような力が存在することに気づき、意図的にその力を使えるという人は多くないでしょう。

なんといっても、創造に取り組むことは苦しみ、不安、葛藤と向き合うことであり、できれば避けたいと思うのが普通です。よほどの動機がなければ飛び込もうとはしません。つまり、ネガティブ・ケイパビリティが発現するためには、それでもあえて苦しみや不安、葛藤と向き合う、という内なる動機が必要になるのです。

ネガティブ・ケイパビリティを高めるためのヒント

ネガティブ・ケイパビリティを高めるためにはどうしたらよいのでしょうか。過去の芸術家の事例をもとに考えてみましょう。

内なるビジョンを感じ続ける

ドイツの作曲家ブラームスが、先輩であるドイツオペラの巨匠ワーグナー(1813年-1883年)について語った言葉があります。
「ワーグナーは若い時から自分の進むべき道がわかっていた。それは彼だけが自覚していたことで、凡人には決して理解できない。つまり彼にとっては当たり前のことなのに、他の人からは何だか偉そうに見えてしまうんだよ」

ワーグナーの音楽はとても革新的だったので、当時は賛否両論の大センセーションを巻き起こしました。しかし、ワーグナーは自分だけに見えている道(ビジョン)に忠実であっただけだとブラームスは語っています。

ビジネスにおいても、自分たちの内なる思いやビジョンをつねに希求して、そこに向かっていこうとひたむきに努力することで、ネガティブ・ケイパビリティを発揮できるのです。

外の世界からの刺激にオープンになる

イタリア最大のオペラ作曲家であるジュゼッペ・ヴェルディ(1813年-1901年)は、イタリアオペラの巨匠として華々しいキャリアを築き、不動の地位を確立してきました。そして、彼は60歳を目前にして「アイーダ」という作品を書き上げます。
この作品は、それまでにヴェルディが培ってきたすべての技法を駆使して作られた、まさにヴェルディの集大成といえるすぐれた作品でした。
この作品を書き上げて以降、ヴェルディはオペラの作曲から遠ざかります。世間の人たちも、ヴェルディはすべてをやり遂げて隠遁生活に入ったのだろうと思っていました。

ところが、70歳を過ぎたヴェルディは突如として創作活動に復帰し、大傑作「オテロ」「ファルスタッフ」を作曲します。これらはドイツオペラの巨匠ワーグナーの作品を知ったことに刺激されて作った、それまでのいわゆるヴェルディ・スタイルとは一線を画した、新しい表現・技法によるオペラ作品でした。

ワーグナーの革新的な作品を知ったヴェルディは、10年もの歳月を悩み、苦しんで過ごしたそうです。しかし、そこから逃げずにネガティブ・ケイパビリティを発揮し、自身の新たな創作をめざして再起したのです。

このように、外からの刺激は、安定、安住状態の中で眠りかけた創造力を再び燃え上がらせることがあるのです。

自分自身を受容する

ネガティブ・ケイパビリティが発揮できない時、私たちは外の世界のモノサシや評価に振り回されている可能性があります。

ドイツの作曲家グスタフ・マーラー(1860年-1911年)は、生前は世界的な大指揮者として称賛されていましたが、作曲家としての一面は指揮活動の陰に隠れていました。当時としてはとても前衛的な作風であったため、作曲家としては評価されていなかったのです。

マーラーはそのことを残念に思いながらも、自分自身に対する信頼は決して失いませんでした。実際、彼は「やがて私の時代がくる」という予言めいた言葉も残しています。
マーラーの楽曲は死後、一度は忘れられましたが、1900年代の後半に世界的なブームが到来し、今では最も偉大な作曲家の一人と位置づけられています(まるで予言が成就したような恰好です)。

創造にまつわる不安や葛藤は、世間と自分自身のギャップなど、多分に世間を気にしすぎることから生まれます。そういう時は、自分らしさや自分の価値観、感性を信じるなど、自分自身を受容することで、不安や葛藤を超えていくことができます。

アーティストのように生き、アーティストのように働く

ここまで芸術と創造性という切り口から、これからのビジネスで求められる創造性を高めるためのヒントを考察してきました。

話は少々飛躍しますが、私はこれからのビジネスではアートの感性が必要だと思っています。さらに将来は、私たち一人ひとりが、自分の内なる源(ソース)を意識し、自分のビジョンを追い求めて自由に創造性を発揮する。そうしたあり方が既存の社会の限界や枠を超える力になっていくという、あたかも“アーティストのように生き、アーティストのように働く”時代がくるのではないかと思っています。

そういう時代を夢みるためにも、これから私たちが意識的に高めていきたい能力が、ネガティブ・ケイパビリティなのです。

ネガティブ・ケイパビリティを高めることで、私たちは社会のさまざまな問題や課題をより創造的に解くことができるようになります。そういう能力をたずさえることで、さまざまな立場の人たちと一緒に、よりよい社会をつくっていくことに大きく貢献できるのではないかと思っています。