政策研究大学院大学では、2013年度から毎年夏に3週間、農業政策短期特別研修」を開催しています。これまでのコラムでも、本研修の特徴は、全国の自治体の、主に農業の専門職員を対象として「I型人材をT型人材に育成する」点にあることを何度か紹介してきました。

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それが、2020年からの3年間は、新型コロナウイルス感染拡大防止の影響を受け、1年目は中止、2年目はオンラインのみ、3年目は1週間リアルと2週間オンラインの組み合わせで実施していました。そのため、今年3週間リアルでの開催は4年ぶりでした。

この間に世の中はVUCAの時代と言われるようになりましたので、T型人材の育成はより強く求められるようになったと感じています。そこで、今号では、この新しい時代における「T型」の横の広がりと縦の深さに影響を持つ要因から、育成効果を高めるポイントを3つとらえてみました。

多様な専門家とのつながりをつくる

日本の少子高齢化による人口減少は、農業においても売上の減少と担い手の不足の両面から深刻な問題をもたらします。さらには、世界的にも国家間の紛争や異常気象などの影響から、材料輸入の困難や商品輸出への期待増、電気代・燃料費の高騰、賃金の変動も加わって、変化はより加速し複雑になっています。目の前の地域や農業者と関わっているだけでは、単純に解決策を見出せなくなっている状況が増えています。

そんなときは、足元の地域から顔を上げて視野を広げ、高くアンテナを張って感度良く情報をキャッチし、時代の流れをとらえて変化の可能性を推し測りながら、自分たちの地域にとって重要な課題は何かを見直してみることが必要なのではないでしょうか。
一つの専門性からとらえて行き詰っている問題も、別の観点からとらえ直してみると、新しい解決策につながる課題が浮かび上がってくることがあるものです。解決策は行政だけでなく、官民協働から公民連携、そして、新たな価値を共に創り出す公民共創へとバリエーションは多様になってきています。

その中からベストな策を見出すには、日頃から自分とは異なる専門性を持つ人と知り合い、ネットワークを築いておくことが役立ちます。今回のように組織を離れた長期間の研修では、できるだけ日頃接することのない地域や異なる専門分野の人とつながる機会を持ち、自身のネットワークの幅を広げる契機にしていくことが期待されます。

心と思考の枠を外して対話する

この研修では、国の政策の方向性と最先端の民の取組について講義を聞いた後、自分たちでディスカッションをする時間がたっぷり設けられています。そのため、研修期間の初めには「ファシリテーション」のスキルを学び、演習するプログラムも組み込まれています。

それでも、T型をフル活用した拡散と収束を繰り返す話し合いの場をファシリテートすることは、容易ではありません。人は誰でも自分が身に着けた経験、価値観、理解の範囲の中にあてはめて聞き取ってしまう蛸壺のI型に陥る傾向があるからです。未経験のことやまだ見ぬ将来のことを思い浮かべることがしきれないと、大事な情報も自分の関心の枠からはみ出て聞き流してしまいかねません。

そこで、グループでの話し合いにおいては、お互いに「それはどういうことですか」「なぜそう思われたのですか」など、気軽に素朴な質問をし合うことが重要です。
質問は、質問をする人のためよりも、質問をされた人が自分のこれまでの当たり前に気づき、思考の「枠」を解く機会となるものです。本質を問う、よい質問をし合える関係が、新しい問題発見や発想を生む対話の深まりにつながります。

自治体ごとの戦略に生かす

多様性を生かし、対話を通じて、新しい時代に応じた価値ある政策をたとえ思いついたとしても、それが地域の現場に生きる提案になっていなければ、研修から持ち帰った後に実現しきれません。ついては、現場の実態とのギャップをとらえ、なぜ必要なのか、何から取り組むのかの具体的な提案にしておく必要があります。

ヒト・モノ・カネなどの資源が限られている自治体では、近年、取捨選択するために重視する戦略を持つようになってきました。まち・ひと・しごと創生総合戦略でKPIを明確に設定している影響もあるでしょう。また、政策立案にあたっては、データなど根拠を示すEBPMの要請も増え、DXの推進を図る計画も出て来ています。

自治体においては、地域の状況、首長のマニフェストや総合計画などから、農業だけでなく他の政策を含めたうえで注力する方向性が見定められています。提案にあたっては、これら自治体全体の戦略もとらえつつ、うまく提案を仕上げていくことが大切です。

本研修を10年間伴走支援しながら思うことは、自治体職員の力は高くなっている一方で、時代の変化は大きくまた加速していることから、職員に求められる政策提案力はより幅が広くかつ高度になっているということです。
それでもこの変化の先行きは、誰にもわからないものでしょうから、恐れておののくよりも、変化を楽しみチャレンジしていくことしか道はないはずです。その意味でも、研修が終わったときが、真に育成のスタートになるのだと思います。
この研修で学んだ職員たちが、お互いの成長を高め合うプラットホームとして関係が継続されることを願っています。