前編では、生産性が大幅にアップした3人チーム制OJTについて紹介しました。

なぜ、3ヶ月という短期間で予想を超えた結果を出せたのか?
それは、この職場でオフサイトミーティング(以下、オフサイト)による対話を通じて、「フラットな話し合いはいいね!」「本当に思っていることを話したほうが、いい仕事ができる」という土壌ができていたからです。

そのような対話に意味を感じている人どうしでなければ、OJTの最中に、新人側から気軽に質問などできません。
オフサイトによる土壌づくりなくして、形だけ方法を取り入れても、うまくいかないでしょう。

今回は、オフサイトが3人チーム制OJTにもたらした効能や、オフサイトによって生み出される「対話の持つ力」を説明し、オフサイトの具体的な手法についても紹介したいと思います。

オフサイトが3人チーム制OJTにもたらす3つの効能

オフサイトは、フラットな会話ができる土壌づくりに役立つだけではありません。
3人チーム制OJTに、3つの効果をもたらしてくれました。

まず第1に、3人チーム制の役割を演じるための練習場になりました。

3人チーム制では、父親役の発言を母親役がフォローするという構造が必要です。
しかし、母親役も、最初からうまくフォローできるわけではありません。
オフサイトを通じた対話の中で相手の身になって考え「これはこういうことだよね」と要約する経験が必要です。

たとえば、「今、『〇〇が足りない』って言ったのは、『〇〇が必要だ』ってことですよね。
〇〇はなぜ、それほど大事なんですか?」と要約して介入すれば、「ダメ出しされた」気分になっている注意を受けた人の心をやわらげられます。
また、注意した人が本当に伝えたかった事柄に焦点をあて、話の筋も保つのです。このようなサポートを意識的に3、4回行うと、OJTの場でも自然とうまくフォローできるようになってきます。
そして、事実の理解や意思疎通を促すことも仕事のうち、と思えるようになるのです。

2つめは、オフサイトでのメンバーの自然な発言を聞くことが、誰が母親役、父親役に適役かを見定めるヒントにもなることです。
対話を通じて、「あっ、この人は他者の良いところをつかんで苦手な部分をフォローしてあげられる人なんだな」と思える人がいたら、その人は母親役に適していると考えられます。
一方、仕事の基準やめざす方向性をはっきり言葉で示せる人は、男女問わず、父親役として機能してくれそうです。

3つめは、オフサイトで培った対話力を元にOJTが進んだときに現れます。
場がだんだんとフラットになり活気づくにつれ、父親役、母親役、子供役の役割を固定せずに、3人が柔軟に役割を取り替えていくことが起こってくるのです。
すると発想が自由になり、さらに対話が活発になるメリットもあります。
新人の素朴な疑問に先輩がハッと気がつき、考えることで、3人とも学びが深まることがわかり、大成功を収めました。

「対話」とは一緒に考える、双方向のコミュニケーション

対話と、通常の会話はまったく異なるものです。
普通の打合せは「言われたら応える」という反応的な一方通行の業務上のやりとりです。
一方、対話は「幅広く」「深く」聞くことが必要になります。具体的には、次のような特徴があります。

1. 相手の話を聞くときは、まず受けとめる。自分にとって「いる・いらない」で分別したり、「でもね」と否定したりすることなく、いったん頭の中の判断スイッチを保留して聞く。
2. お互いに言葉尻をとらえず、相手が本当に言いたいことや気持ちを理解しようとする。表情を観察したり、質問や確認を繰り返したりすることで、真意をとらえていく。
3. 対話では、自分ひとりで頑張らなくていい。困っていること、あるいは考えの整理がつかず答えがまとまらないことも、相手の助けを借りるつもりで語っていい。

3の前提には、人は人間らしい弱いところを見たときに、相手を助けようとする心が働くという本質があります。
仮に、相手の弱みを見つけて相手を打ち負かそうとする態度が前提にある場合は、本音を出すのは損だという判断になり、深い対話は成立しません。

だからこそ、立場の強いほうが先に、弱み(言いにくい本音、気持ち、迷い、困りごとなど)を見せることが、双方が対話モードに入る第一歩です。
何より、職場の対話は全員が「仕事をよくする」という共通の目的に向かっていることが大前提です。

このような対話を全員が意識して、打合せや普段の会話に取り入れると、フラットな話ができる土壌ができていきます。

対話によるコミュニケーションで、伝承密度も高まる

前回、わからないことを確かにするための「事実確認」の質問や、「なぜやるのか?」という理由や目的を問う「深掘り質問」が、技術の伝承に重要であると説明しました。特に、ベテランの感性によるところが大きい技術(職人技)を後輩に伝えるときには、「なぜやるのか?」を訊ける関係を築けることが不可欠です。

目的まで理解できれば腹落ち度が高くなり、結果的に暗黙知として伝えられてきた技術の「伝承密度」が高まります。
つまり、コミュニケーションの密度がそのまま伝承密度の濃さにつながるのです。

このようなコミュニケーションは、「対話」によって生じます。オフサイトによって、ぜひこの「対話」を経験してほしいと思います。

オフサイトミーティングの「ジブンガタリ」をやってみよう

実際にオフサイトミーティングを行ってみましょう。
ここでは、オフサイトの初期段階でよく使われる「ジブンガタリ」という手法を紹介します。

◎ジブンガタリのデザイン例

ジブンガタリは、その名の通り「自分について」を他のメンバーに語るというワークです。
まずはジブンガタリを実施する目的と、大まかな流れをデザインする必要があります。下記にデザイン例を示します。

<デザイン例>

1)目的を決める
例:【目的】チーム力を高めるためにお互いのことを理解し合う2)流れを決める
初めて行なうときには、おおむね次のような流れを意識すると良いでしょう。

  1. 開会宣言
    発起人がこのミーティングへの思いを語る、など。
  2. 参加にあたって、全員が今の気持ちを一言ずつ語る。
  3. オフサイトミーティングのルールの確認
  4. ジブンガタリを行なう
  5. 1人一言ずつ、感想を言う

 
1.開会宣言の目的は「今日は、難しく構えなくていいんだな」と参加する人に安心してもらうことです。
オフサイト実施の動機や、終了後にチームメンバーがどんな状態になっていたいのかなどを話せばよいでしょう。
あるトップは「みんなのことがもっと知りたい!」と目的を言い切りました。

また、2.でメンバーに語ってもらう「気持ち」とは、たとえば、「これをやってどうなるかわからないが、まずはみんなの話を聞いてみたい」「毎日忙しくて目の前のこと以外は考えられていない」「今日は腰痛が気になっています」など、そのとき心に浮かんでいる言葉でかまいません。
なんでも言っていいんだ、という規範をつくっていきます。

◎ジブンガタリの進め方
1グループ6人くらいでお互いに顔が見えるように輪になって座ります。
3時間ある場合、1人あたり5〜10分を目安に、各々自分のことを語ります。

話したい人から順に話していきましょう。聞いている人は、興味と関心を持って語り手の話に耳を傾けます。
真剣に聞いていると、自然と相手のことを引き出す質問が思い浮かびます。
浮かんだ質問を素直に相手に聞いてみるのが、質問する際のコツです。

下記に、話し手、聞き手の役割のときに何を話せばいいのか、何を聞けばよいのか、具体例を挙げておきます。
自分たちの状況にあわせて、話す項目や進めるペースをアレンジするとよいでしょう。

<ジブンガタリの進め方例>

■ターン1:話し手

  1. 小さい時の思い出に残るワンシーン(場所、土地など)
    →どんな子供だったのか想像しやすい。聞く人と共通点が見つけやすい。
  2. 父親と母親、あるいはそれに相当する人から自分が学んだこと、受け継いだこと
    →話し手が語りながら自分という人間の特徴を認識しやすい
  3. 人生の転機
    →どんな選択をしたか、辛い時期をどう乗り越えたかなどの話に、価値観が表れやすい。仕事のやりがいを考えることにつながりやすい。仕事のやりがいを考えることにつながりやすい

■ターン2:聞き手

1.話し手の話の中でもっとも心が大きく動いたこと(共感した、驚いた、なるほどと思ったこと)などのエピソードと、なぜその気持ちになったのかを話す

■ターン3:話し手
1.話して、やりとりしてみての感想を話す

ジブンガタリは単に相手のことを知るだけでなく、普段は言葉になっていないものを言葉にし、自分らしさへの気づきを深める練習でもあります。

そのことが気力や自信を生み、上下関係を越えて、同じ職業を志す人どうし対話できるようになっていくのです。

技術に関する暗黙知が企業から消えないために

団塊世代の退職により、技術に関する暗黙知が組織から消失することが懸念されています。
その前に「対話」と、3人チーム制OJTを使って技能の伝承を成功させてほしい。

育成や伝承のために、組織に対話を取り入れたいと会社で提案しても、最初は上や周りに反対されてしまうこともあるでしょう。
しかし、諦めないでほしいのです。

ベテランたちは、どうすれば知見や技術を次世代にうまく受け継いでもらえるか、困惑しています。
「時代遅れ」や「押し付け」にならないように。
しかも、これまでの成功・失敗をふみ超えた上で。
次世代の人材が、ベテランが思いもつかなかったアイデアで面白く仕事を発展させていくことを、心から望んでいるのです。