失敗や悪い情報も隠すのではなく、相談できる組織風土は不可欠

一連の問題をみて、JR東日本の「チャレンジ・セーフティ(CS)運動」のことを思い起こしました。
私は、この活動の活性化を依頼され、2003年度から5年間、安全文化構築の取組みのお手伝いをしていました。国鉄の分割・民営化後の各社の組織風土・体質は、かなり異なるものになっていったように見受けられます。それは、2005年の福知山線脱線事故の際にJR西日本の組織風土の問題がとりあげられた時に、JR東日本での安全への取組みや理念の具現化のために組織で学ぼうとする真剣さから感じたことでもあります。

1987年(昭和62年)4月、国鉄は分割民営化されました。その翌年、中央線東中野駅で列車追突事故が起きたのです。JR東日本ではこの事故を教訓に「二度と事故を起こさない」という固い決意のもと、安全を最優先として「安全への挑戦」という理念を掲げ、経営陣以下、あらゆる方法で安全の取組みを続けてきました。「チャレンジ・セーフティ運動」もその一つです。この運動は職場の自主性を重視して展開してきたのですが、それが裏目に出て、小集団活動やサービス推進活動などに関心が向き、肝心な「安全」というテーマへの関心が沈滞してしまうということが起きていました。

事故や事象が起きなければ安全だ、というわけではありません。どこかに隠れている事故の芽を見つけ、一人ひとりがその芽を小さいうちに摘み取っていくことが安全を担保することにつながる、とJR東日本では考えられています。いわゆる「ハインリッヒの法則(※文末注1)」にもとづき、「ヒヤリハット(※文末注2)」を職場レベルで出し合い、共有することで、安全に対しての意識を覚醒することや、どこに危険があるかを予知して未然に防止するといった効果も期待されています。そこには、失敗や悪い情報も隠すのではなく、口に出して言える、相談できるという組織風土は不可欠です。

 

JR東日本では、各支社に「CS推進担当者」が指名され、現場のCS推進リーダーを通してミーティングが行なわれていましたが、彼らの共通の悩みは会議に参加する人が少ない、ヒヤリハットが出ない、ということでした。大事なことだという意識は皆持っているのですが、やらされ感があり、会議が形骸化してしまっていたのです。
2003年から各支社のCS推進担当者を集めた研修の一部を任された私は、最初に「そもそも、この運動は何を目指しているのか?」と問いかけました。会議をすること、ヒヤリハットの数を競うことが目的ではないはずです。都市部と地方の支社や現場、系統と呼ばれる運輸、設備、営業(駅関係)など、それぞれの部門が持つ役割や責任は異なります。役割や責任が異なれば、安全に関する状況や考え方、取組み方も異なってきます。
この研修を初めて行なったとき、参加者の皆さんは、自分たちで何を目指すのかを考え、そこに至るプロセスをデザインする、という研修内容に戸惑っていました。指導方法のマニュアルを持ち帰り、管轄のCS推進リーダーに集合研修をすればいい、と思っていたからです。

研修の討議では「そもそも、どんな職場が事故やミスを起こしやすいのか?」を分析してみました。すると、以下のような特徴があげられました。

事故やミスが起こりやすい職場の状態とは

・挨拶がない
・コミュニケーションが悪い(きちんと情報が伝わらない)
・上司にものを言えない(言っても無駄)
・(仲間だから)違っていても注意しない
・規則や決められたことを自己流でとらえ、守らない
・問題が起きても他人事
・言われたことだけやる
・技術伝承ができていない(後輩や部下の面倒をみない)

この討議から、草の根レベルのCS運動の目指すところは、「何でも言える、相談しやすい関係を職場の中に築いていくことで、安全に対する感度の高い職場風土を醸成していくことではないか」ということが参加者の間で共有され、目標となりました。そしてその後5年間、この目標を共有するCS運動推進担当者を各支社で増やしていき、相談しながら支社ごとに工夫して現場の活動を支援。その成果を支社内、全社内で共有する機会をつくっていきました。現場の活動はオフサイトミーティングなどの手法を用い、気楽に何でも言えるような関係の中から、目指すもの、行動基準、心配事などが共有されるようになりました。同時に、そのような環境整備のスポンサーシップを期待される現場長や職場長に対しても、管理職研修や各支社での現場の取組み発表などを聞くことで少しずつ浸透していきました。

毎年、ちょうど今ごろの季節にJR東日本では全社の「安全シンポジウム」が開催され、トップから各支社の担当者まで、安全への取組みを学び、決意を新たにしています。建前の安全ではなく、安全とは何かを自分たちで考える草の根対話の大切さ、そして、草の根対話をできる組織風土がそこには醸成されているということを、この取組みから学ぶことができるのではないでしょうか。

※注1:「ハインリッヒの法則」
一つの重大な事故の裏には29の軽微な事故があり、さらにその裏には300の「ヒヤリハット」(ヒヤリとしたり、ハッとする危険な状態)があるという経験則。

※注2:「ヒヤリハット」
現在、JR東日本では、より身近に感じたことを出しやすくしようと、「ヒヤリハット」ではなく「マイヒャット」という表現を使っています。