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「上から降ってくる仕事」の対応に追われて多忙を極める職場。

その発生源である上流に手を打つことができれば、仕事の量ばかりか、職場の働き方や仕事の仕方の見直しも大きく進みます。
そのためには、トップ自らが強い意志を持って先導し、役員自身そして役員同士が自分たちのあり方を変えていくことが求められます。

“役員からの指示は絶対”と、上の意向で動くことが当たり前だったA社の職場では、会議のための入念な事前打合せや資料づくり、個別のデータ収集や部門間調整など、伝統的な仕事の習慣や約束事に従って行なわれる雑務に忙殺されていました。
このような仕事の文化には、生産性という合理的なモノサシが入りません。
A社では、長年にわたる職場の長時間残業や異常な忙しさを解消するために、その実態を重視した経営トップが「役員」という発生源にも手を打つことにしたのです。

どんな言動が、どのようなロスやリスクにつながるのか

指示命令で動くトップダウンの組織では、程度の差こそあれA社と同じような状況が見られます。
では具体的に、役員のどんな言動が部下をどのように働かせ、ムダや問題を生んでいくのでしょうか。

前回ご紹介した〈部下の仕事を増やす役員の言動 あるあるチェックリスト〉の内容も参考にしながら、部下の思考や働き方への影響について見ていきたいと思います。

役員(経営幹部)が発生源の4大ムダ

(1)クセでやってしまう無意識の言動が招くムダ

社内で長年、仕事を通して成功体験を積んできた役員には、いつの間にか身に着いてきた独自のスタイルやクセ、好みなどがあります。
それに自身が無自覚なままにふるまってきた結果、部下や組織の仕事を増やしていることがあります。

・思いつきで質問
部長会議などで、いつも議題とあまり関係のないことを思いつきで質問してくる役員がいると、出席する部長たちは「もしかしたら何か聞かれるかもしれない」と身構えて会議に臨むようになり、部下にも周到に資料の準備をするよう命じます。
担当者のほうでは毎回、使うかどうかわからない資料を入念に準備して、部長に事前説明や確認をすることになります。

・「聞いてない」
「私は聞いていない」が口ぐせの役員には、念のため事前に情報を入れておくなど根回しに配慮し、「承知おく」「含みおく」状態で会議に臨んでもらうための労力をかけることになります。

・わけもなく根拠にこだわる
原因分析や予測は大事ですが、本来詰めきれないことに対して「過去の数字(データ)を洗い出してみろ」「費用対効果は?」とあまりに精緻な根拠を求めると、担当部署は調査や資料づくりに多大な時間を費やすことになります。
担当レベルでだいたいの落とし所や、「こうしたい」という思いがある場合には、それらしき数字(データ)をとりあえず調べ上げ、つじつまを合わせようと頑張りますが、データの甘さや不備を追及されて何度も提案し直すようなことになると、徒労感やあきらめ感につながります。
不用意な役員の言動はこのように職場に波及し、仕事の目的とは無関係な「保険仕事」を増やすのです。

(2)自ら考えない社員が「的当て」に走ることで生じるムダ

ムダな仕事の中には、組織の暗黙ルールにそった「忖度による仕事の習慣」によるものが意外なほど多く存在します。しかし、社員にとっては今のその仕事の仕方が当たり前、「おかしい」と思ったところで変えられないもの。
このような状況下では、社員は考えることをしなくなり、優秀な人材の能力もムダ遣いになってしまいます。

たとえば、何も言われなくても資料がさっと出てくることを「気が利く」「できる」と役員が評価すれば、部下は上の意向の「的当て」のために考える時間を割き、ますます意に沿うような資料づくり、対応をしようとするでしょう。
上司の好みに合わせて、本質とあまり関係のない資料の“見栄えの良さ”が社内基準となり、プレゼンに趣向を凝らしたり、上司が気に入りそうなキーワードを並べたり、かゆいところに手が届くような配慮をするようになります。

もともと上司のほうでは、何のためにどのようなアウトプットを期待しているのかが曖昧で、出てきたものをそのつど判断するため、ピンとこない場合は「全然違う、なっていない」など頭ごなしに当否だけを言い渡すようなことも起こります。
そんな上司に対して、部下のほうから問い返したり提案したりすることはなく、ひたすら意向を推し図って満足してもらえる解を探ることに時間を費やすのです。

このように近視眼的になった組織は、活力を失います。
社員が自分たちで考え、新たな課題を見つけて解決していく気風や、そのプロセスを通じて成長していく環境が奪われてしまうからです。
経営にとっては、組織成果の最大化や革新を妨げる要因にもなる、人と組織の能力の莫大なムダ遣いと言えます。

(3)保身のためのタテマエが引き起こすムダ

風土特性として「失敗はとにかくあってはならない」(失敗は許されない)」というタテマエが幅をきかせる組織では、役員自身も、管掌部門において「いかに失敗が起きないようにするか」が最大の関心事になります。
トラブルが生じると、まず「どこ(部門)の責任か」を問われるため、職場に対しても日頃から、とにかくミスを犯さないことを要求します。

・表面上の解決策
万一、ミスやトラブルが起こってしまったら、 “事実・実態”から原因を探り、衆知を集めて再発防止をすることよりも、真っ先に行なわれるのは自部門の正当性を担保するための情報収集です。
そして、目先の鎮静化をはかるために、実態から乖離した“表向き”の対策が次々と打ち出されます。
その一方で、上からどんどん降りてくる課題に対応する現場のほうでは、仕事が煩雑になって負担感が増し、規則やルールを守りきれなくなって問題が再発します。最大のムダを生む悪循環に陥るのです。

・失敗隠し
上の人間が立場を守ろうとすればするほど、部下たちはミスを恐れて保守的、過剰防衛的になり、うまくいっているかのような資料作成や報告をします。
そうやってミスを隠し、なかったことにしているうちは再発リスクが常につきまといます。組織内で失敗から学ぶ機会が摘み取られているからです。
こうした自浄作用の働かない組織風土は、会社全体としての大きなロスにつながるのです。

(4)「上がバラバラだから下もバラバラ」で動くムダ

役員同士が腹を割って話そうとしない。経営会議の場でも社長の意向を忖度して自分の意見は言わない。決定事項に表面上は合意しても、陰で部下には「俺は納得してないけどね」などと言ってしまう。
そんな態度をいつも見せられているためか、「役員の言うことがそれぞれ違う」「上で話し合って方向性を一致させてほしい」といった職場の声をよく聞きます。

役員の足並みが揃っていないと、社員に方針がきちんと伝わらないため実行ベースで目的がズレる、全社施策が部門単位でバラバラに展開される、複数部門にまたがる問題がなかなか解決されない、といった大きなムダ、構造的な非効率につながるのです。

トップがいくら「横串を通せ」「部門間の壁を取り払え」と掛け声を発しても、役員の関心が自分の管掌部門にだけ向いていて、役員同士が必要な話もできないような状態だと、部下たちも同じように自部門の課題や利益を優先して行動するようになります。

「各部がクロスファンクションで行動し、他部署と連携・協力しながら全社的な視点で課題を捉えて解決せよ」などと言われても、おおもとの役員がそうなっていなければ、社員にとってはきれい事のタテマエでしかありません。

さらに、本社の管理部門間や距離的に離れている事業所間ともなると、役員や部署長がよほど全体観を持って方針や情報の共有をしていかないと、現場では個別最適による業務の重複やムダ、同じようなミスが頻発し、全社的な組織ロスに発展します。

役員の働き方改革~価値生産性のために連携・協力できるのか

本来、働き方改革の目的は、社員の価値生産性を高めることにあります。
会社全体をその目的のほうへと方向づけていくためには、組織の上層にあって大きな権限と影響力を持つ役員の働き方改革が必要です。

具体的には、経営トップの強いリーダーシップで「一緒に変わろう」と呼びかけ、役員が社員にムダな仕事をさせないためのマネジメントのガイドラインを明確にする。
たとえば「100%の精度を求めない」「巧緻より拙速」「資料は1枚にせよ」といったわかりやすいメッセージが悪しき文化や習慣を変えるきっかけになります。

さらに大きな経営効率の観点でいえば、役員同士がバラバラのまま自部門のことだけを見るのではなく、共通の目的のためにタテ割を崩して情報をオープンにし、役員同士が相談・協力していくチームになることが必要です。
そして、そういう役員層の変化が部下たちの働き方をどのように変えていくのか、その影響や効果をモニタリングしながら、今度は変革のリーダーシップを発揮することを通して社員の働き方を変えていくのです。

実態として、良くも悪くも組織のふるまいを左右するトップ層だからこそ、こうした見直しが必要なのです。