私の考える「新たな価値」とは、既存の価値の延長線上にはないイノベーションの源泉とも言えるものです。
このような認識を持っていた私たちスコラ・コンサルトは、「人的資本」という言葉自体は使っていませんが、「新たな価値を創造し得る能力の必要性」を長年の企業風土改革のテーマとして向き合ってきました。

このテーマに向き合うことの重要性は、私たちが改革現場での実践から得た体感に基づいています。新たな価値が至るところで生まれてくる環境をつくるには「質の高い対話」が不可欠であることも、改革を実践する中で学んだことです。

なぜ“対話”が「人的資本経営」の最重要テーマなのか?~慣れ親しんでいる会議は“対話”とは無縁の〈閉じる場〉

ここでいう“対話”とは、「互いにやりとりし会話する」というだけの意味ではありません。簡単には答えの出ない問いに仲間と一緒に向き合い、考え抜くことによって、今までになかった新たな価値を生み出すのが“対話”というものの真髄です。今では流行り言葉のようになっている人的資本経営というものの成否は、この“対話”の質によって大きく影響を受けてしまう、ということを見逃してはなりません。

つまり、“対話”の質のレベルアップが、人的資本を豊かにしていく前提条件になるのです。

「質の高い対話」が新たな価値を生み出すことを可能にしてこそ、人的資本も投資対象となり得るわけです。この「新たな価値の創出」に関わる知見は、日本企業の改革現場で“対話”を積み重ねることによって得られるものです。そして、“対話”によってもたらされる確かな手ごたえは、議論を尽くしたという充実感とともに、一度体感すると忘れることができないものなのです。

なぜ、日本における人的資本経営にとって「質の高い対話」が最重要テーマなのか。
それは、“対話”の場での多様性を生かした議論の積み重ねが思考力を鍛え、多くの知恵が生み出されていくからです。
にもかかわらず、“対話”の必要性を口では唱えてはいても、実行の段階では“対話”の場を増やすことの優先順位は上がらず、話し合いの場といえば“正解とシナリオがあらかじめ用意されている”慣れ親しんだよくある会議ばかりになっているのが多くの企業の現状です。

“対話”の成立を阻害しているのは、日本の企業で行なわれているよくある会議が持っている性格です。誰もがすぐに思い浮かべられるように、多様性を拒否し、シナリオに沿った運営が何よりも優先され、“対話”を排除しているのが日本の通常の会議です。このような性格を持つ「場」を、私たちは〈閉じる場〉と定義づけています。

〈閉じる場〉とは、今までの前例や常識にのっとった「既存の答え」を前提にして執り行なわれる、安定を求め、混乱など起こさない場のことです。
お互いの意見をぶつけ合うことで新たな価値を生み出していこう、という“対話”の場とは正反対の性格を持ち、余分なゴタゴタとは無縁の安定感のある会議は、まさに〈閉じる場〉なのです。

〈閉じる場〉が人的資本をどう損なうのか?~いつもの「会議」が助長する無自覚の「思考停止」に気づく

〈閉じる場〉の性格を持った会議では、議論の中で、上の人間の意見についての問い返しや前提を問い直すようなことはまずありません。予定されたシナリオに沿って運営されるなら、深く思考する必要がないのは当然です。
こうした場が新たな価値を生む場になっていかないのは、そもそも前提を問い直さないまま運営されるため、議論の対象となる現象の根底にある“本質的な問題”にまでたどり着くことができないからです。

根底に潜む問題をあぶり出さないままの議論の関心は、どうしても「どうやるか」「何を管理し、誰が処理するか」に集中してしまいがちです。この「どうやるか」しか考えない思考姿勢は「思考停止」そのものと言えます。
日本では当たり前に行なわれている会議のような〈閉じる場〉が抱える問題点は、「どうやるか」しか考えない思考停止を習慣化してしまうところにあります。まさに、今の日本に停滞をもたらしている原因はここにあるのです。

〈閉じる場〉しか経験したことがない人が、たとえば精緻につくり上げられた経済産業省の伊藤レポートなどを見れば、例示されているやるべきことを念頭に、「どうやればいいのか」という方向に思考がさまよい始める可能性は十分にあります。本来、人的資本経営がめざさなくてはならない “自分の頭で考え、自らの責任で新しい価値を創り出していくこと”とは真逆の方向に行ってしまうのです。

目を背けてはならないのは、人的資本経営に関心を持っている、日本経済の中核を占める大企業で行なわれている会議のほとんどは“対話”とは無縁の性格で運営されている、という事実です。また、たばこ部屋もそうですが、90年代に進行した合理化によって削り取られることになった社員旅行や社内で雑談する機会など、“対話”の一部の機能を代替していたものも姿を消しています。
このような、通常の会社生活を送っている限り、本当の意味での“対話”による新たな価値創造の経験をすることはほとんどない、という現実を踏まえた上で、日本的な人的資本経営をしていく必要がある、ということです。

〈拓く場〉とは、前提を問い直し、思考を拓く「質の高い対話の場」

人的資本経営に向き合うとき、「どうやるか」を考えるだけで成果が上がり、企業価値が向上していくなら問題はありません。しかし、人的資本を豊かにし、企業価値の向上に結びつけていくには、問題現象を目にしたときこそ“対話”の場で前提を問い直すような議論を重ね、その現象の根底に潜んでいる本質的な問題を見つけ出し、そこから課題を創出していくことが必要です。

そのためには、安易に「どうやるか」を考えるのではなく、「その現象の根底にある真の問題とは何か」という問いに向き合い、深く掘り下げ、知恵を引き出す思考が必要になります。
このような思考を繰り返し、問題の病巣にたどり着くまで本気の“対話”をする場、言い換えれば「真摯に本音の議論を積み重ねる」という性格を持った場を、私たちは〈拓く場〉と呼んでいます。

〈拓く場〉というのは、予定されたシナリオを持たず、本音の“対話”を積み重ねて新たな価値を生み出す場です。可能な限り、心理的な安心感をもたらすために柔らかな雰囲気をつくり、そこで醸成された信頼関係の上に丁々発止のやりとりを繰り返していくのです。

〈拓く場〉の質を上げるために欠かせないのは、議論の質を左右することもある、議論の核となる仮説です。つまり、「現状の全体像を構造的に捉えた問題提起」を議論のための仮説として共有するステップを踏むことです。この問題提起には、その時のテーマに関する切り口の仮説も含まれます。

この〈拓く場〉は、事前に「何について話すのか」を考え、論点を絞り、意図を明確にして十分な準備をしないと簡単にはできるものではありません。活発な意見が交わされていて、一見〈拓く場〉のように見える場であっても、終わってみれば予定調和に漂着する〈閉じる場〉になっていた、などということはよくあることだからです。

日本の人的資本経営に今求められているのは、「新たな価値を創造する能力」です。そのためには「質の高い対話」が可能になる〈拓く場〉を増やすことこそがカギとなるのです。

実際に、人的資本経営に資する〈拓く場〉での「質の高い対話」はどのようにして新たな価値を生み出していくのでしょうか。
【後編】では、それについて述べていきたいと思います。

(後編につづく)