エンゲージメントサーベイは、単なる「会社の通信簿」ではありません。数値結果だけを見て評価・分析するだけのものでもありません。
スコアの低さが物語るのは、目に見えない社員感情や現場の仕事のありようです。大切なのは、経営陣が「社員の声」に直接向き合い、その根底にある経営や組織の本質的な問題を見いだすことです。
そして、「経営者である自分たちにしかできないことは何か」を考え抜き、自分たちのあり方を問い直し、実際に動くこと。それが、組織文化を変えるだけではなく、経営変革の起点にもなるのです。
INDEX
エンゲージメントサーベイが「実施して終わり」になる理由
サーベイ実施の典型的な流れはこうです。
①人事部門が結果を集計・分析する(最近ではAIが行なうことも多い)
②経営層にレポートを提示する:業界平均との比較、前年との差分や経年変化、スコアの低い項目の特記
③スコアの低い項目については経営層が「人事で対策を検討」するよう指示する
④サーベイ結果をHR課題として処理する
サーベイには「社員の声」を聞くための自由記述欄もありますが、経営層で取り上げて扱われることは、ほぼありません。せっかく書き込んだ社員の声が、会社をよりよくすることにつながっていないのが実情です。
なぜ、そうなってしまうのでしょうか。
一番の問題は、経営層がエンゲージメントサーベイを「人事部の施策」ととらえて「自分ごと」にできていないことにあります。
人事部門が作成した要約レポートを眺め、スコアの高低を確認するだけでは何も見えてきません。重視すべきは、そのスコアの背景にある社員の感情と組織の実態です。社員のどのような不安や疑問、あきらめ、あるいは期待が潜んでいるのか。その奥底にはどんな組織としての問題があるのか。それに対して、経営は何をすべきなのか。そこまで踏み込んで考えなければ、エンゲージメントサーベイは単なる「測定のための測定」で終わってしまいます。
経営は、本気で「人」を大事にしたいと思い、社員エンゲージメントを高めたいと思っているのか?
担当部署から報告される数値結果だけで組織の状態を把握し、施策対応を指示するだけの関わり方では、むしろ社員の経営への信頼を低下させることにもなります。経営が自分たちの問題としてコミットしていなければ、サーベイの目的は建前になってしまうのです。
以下では、就任まもないトップが会社のサーベイに対する関心の低さや形式的な対応に違和感を覚え、経営への信頼回復のために、役員に働きかけてサーベイへの関わり方を変えたケースを取り上げてみます。
【T社の事例から】
「自由記述欄」の社員の声に、経営陣はどう向き合ったのか
T社は、従業員約3,000人、連結では15,000人規模の会社です。経営理念には「人が財産」を掲げています。
それに対して、新任のN社長は、ある違和感を拭えずにいました。
「会社は『人が財産』と言っている。しかし、本当にそうなっているだろうか? 社員は、そう感じているのだろうか?」
というのも、就任後すぐに現場を歩き回り、たくさんの社員と話をしてきたN社長は、「元気がないな」「表情が暗いな」と重苦しい雰囲気を肌で感じていたからです。それを裏づけるように同社のエンゲージメントスコアはずっと低いまま。そして、これまで役員の間では、担当部署から報告されるレポートを形式的に確認するだけで終わっていました。
サーベイ結果は、自分たちの経営の結果ではないか。会社に向けた社員の声である自由記述欄に目も通さないのは不誠実ではないか。このN社長の思いこそが、T社のエンゲージメントサーベイの再出発でした。
「自由記述」のコメントを、役員全員が受けとめると宣言
新体制になって最初のサーベイ実施にあたって、N社長は「あなたが会社に対して感じていること、変えてほしいと思うことを、率直に書いてください」と全社員に向けてのお願いをし、「自由記述に書かれたコメントは、私たち役員が必ず読みます。皆さんの意見を、絶対に無駄にしない」と宣言しました。
数百件、数千件にのぼるかもしれない社員のコメントを、自分たちがすべて読む。当然、役員たちは戸惑いました。しかし、「社員の声を直接聞きたいと言いながら、それを人事部任せにするのでは意味がない。私たち役員が直接読む。そこから、経営として何をすべきかを考える」というN社長の決意に、役員たちも腹を括ったのです。
寄せられたコメントは、3,000人から3,500件!
サーベイの結果は想像を上回るものでした。
選択式質問への回答率は約90%。そして、自由記述欄には3,500件ものコメントが寄せられていました。
通常、自由記述欄への記入率は高くても3割程度とされています。T社は約3,000人の組織で、記入件数は3,500件。1人で複数のコメントを書いた社員がけっこういたのです。その内容も、表面的な不満にとどまらない率直な意見が多く、長文に及ぶものも少なくありませんでした。
なぜ、これほど多くの声が集まったのか。
おそらく社員たちは「書くことが無駄にならない」と感じたのでしょう。「皆さんの意見を絶対に無駄にしない」というN社長の発した言葉が、社員一人ひとりの心に届いたのだと思います。
宣言どおり、役員たちは3,500件のコメントをすべて読み込みました。業務の合間に、通勤の電車の中で、自宅で夜遅くまで、休日も。一件一件ていねいに目を通していきました。
会社への肯定的な声もありましたが、大半は厳しい意見です。
「会社のめざすものが抽象的で、よくわからない。自分たちはどう動けばいいのか?」
「『新しいことに挑戦しろ』と言われても、現場は目の前の仕事に精一杯でそれどころではない。現場の実態を見てほしい」
「人事評価制度は変わったが、実際に評価されるのはこれまでと同じ『短期的な業績』。何のために制度を変えたのか、自分たちは何を頑張ればいいのかわからない」
ある一つのコメントがN社長の目に留まりました。
「経営陣は『人が財産』と言うが、実際には数字しか見ていない」
N社長は、パソコンの画面を見つめたまま、しばらく動けなかったといいます。
自分は本気で「人が財産」だと思っている。建前で言っているのではない。心からそう思っている。しかし社員には、そう見えていない。
数字からは感じることのできない、重く生々しい現実がそこにありました。
(後編につづく)
