INDEX
「聞く」ことを阻害する脳のメカニズム
オフサイトミーティングは「話し合い」というより「聞き合い」のニュアンスが強いのが特徴です。相手の話をよく聞かずに一方的な主張で論破しようとするディスカッションとは一線を画し、そのプロセスでは、それぞれ違いがある人々の意見や感覚などを聞きながら、全体として腹に落ちる結論を発見していくことを重視しています。
そのため、「聞く」という行為は非常に大切なものになります。
しかし、多くの話し合いや会議では「人の話を聞かない」という現象が当たり前のように見られます。なぜ、そうなってしまうのでしょうか。
もともと人間の脳には、他者の意見を聞いた途端に「〇か、×か」の反応をする反射的な作用があります。過去の経験をもとに確立された判断基準によって瞬時に判断処理する回路が脳の中に形成されているのです。
いくら人の意見を判断しないで聞こうと強く意識していても、脳が行なう瞬時の処理まではさすがに止めることができません。そのため、会議や話し合いの場では、誰かが意見を発した途端に聞き手の判断脳が働き、たちまちそこから戦闘モードに入ったりするようなことが起きるのです。
そんな、いきなりの脳内バトル状態を緩和するために“良い悪いのない話”を脳に与えるのが「ジブンガタリ」です。
ジブンガタリで「聞くモード」に切り替わるワケ
ジブンガタリはオフサイトミーティングの中核をなす要素で、参加者それぞれが自分のエピソードや感じていることを語り、それを聞き合うというものです。初期のオフサイトミーティングでは必ず、参加者それぞれのジブンガタリを聞くことにじっくり時間をかけます。
そこには、単に自分紹介のためではなく、人の話を聞くモードをつくり出す要素が潜んでいます。特にその効果が大きいのは、仕事以外のエピソードに関する話でしょう。
通常、ジブンガタリでは、仕事以外の自分に関すること、生まれ育ったところとか、趣味や特技、学生時代に夢中になったことなどについてエピソードを語り合います。たとえば、ある人が「私は四国出身です」と言った時、聞いた人の頭の中で前にふれた「〇×の判断」は生じるでしょうか。(「四国出身はまずいでしょう」とはなりにくいですよね)。
「私は先週の日曜日に全国金魚すくい大会に出て、ベスト16でした」(実際にあったジブンガタリです)といった話は、「金魚すくいを趣味でやっている人がいるのか」「それにしても金魚すくいの全国大会とかあるんだな」とか「全国ベスト16というのはかなりすごいのではないか?」など、あまり出くわしたことのない話です。知らないことへの関心が先に立って、もっと聞きたいというモードになってくるのです。
加えて、判断脳、つまり自分の判断基準が敏感に働くのは、危険に陥る雰囲気があって自分を守りたいとか、自分を優秀に見せたいとか、周囲に対して防衛的になっている時です。ジブンガタリで自己開示して、それを周りの人たちが受け止めてくれているとわかれば、自己保存の危機意識も緩和されて、さらに判断脳の作動が弱くなるのです。
多くの人は自覚していないかもしれませんが、これがジブンガタリをやることによって聞くモードが生まれてくる理由です。
最初に「聞き合う」プロセスを体験することの意味
私たちの経験上、先にジブンガタリをやっているか、やっていないかで、その後の議論は微妙に話し合いの質が変わってきます。
自己開示の深さや聞き手の共感の強さにもよりますが、少なくとも、いきなり議論に入るよりは“受け止めよう”とするモードが形成されることは確かです。
効率的に答えを出していこうとする企業の話し合いの習慣からすると、“自分のことをじっくり語り合う時間を取る”ことの意味はおそらくわからないでしょう。当然ですが、最初はこのプロセスの必要性が理解できません。しかし、実際に体験してみると、多くの人が自分に関して気づきが起きたり、周りを見る目が変わったり、関係性の変化が起きたりするため、その良さが実感できます。そして、このプロセスの共通体験が、その後のチームとしての話し合い方を変化させていくのです。
全社員でジブンガタリをやる会社も出てきた
ある福岡の不動産会社では、コミュニケーションがうまくとれないことを重くみて、創立70周年の日を休みにし、記念日イベントとして全社一斉の「ジブンガタリ」を行ないました。
参加者は約300名。部署単位で自分たちの好きな場所(職場以外の場所)を選び、自由に行なうやり方です。一人当たり1万円の補助があり、バイトのメンバーにも時給を払って参加してもらったようでした。
ジブンガタリの開催を決定した時は、社内でも「そんなことして何になるんだ」とか「仕事以外のことでそんなに話すことはない」などと反発がかなりあったようですが、主催者の強い意志で実行されました。
じつは私も内心では、うまくいかない部署もけっこうあるのではないかと心配でした。ところが結果は大好評。実施後のアンケートでは約95%の人が「やってよかった」と回答したのです。
多くの人が、胸襟を開いて会話をすることには恐れを感じています。
ジブンガタリをやるにあたっては、主催者や事務局、参加部署などからいろんな懸念が示されます。特に進行役のコーディネーターが尻込みすることは珍しくありません。しかし、いざやってみると、お互いのことを「聞き合う」経験をすることで、つながりが目に見えて強くなる。考えてみれば当たり前のことを、今の企業ではやりにくくなっているのです。
少し横道にそれましたが、オフサイトミーティングは「ジブンガタリ」という「個人の存在の共有」によって、お互いを知り合い、その属するチームに聞き合うモードを呼び起こすという仕掛けが施されています。
さらに今の時代の要請として、この「個人の存在の共有」をいかに上手に行なうかが、ダイバーシティ&インクルージョンを推進するためのコミュニケーションのカギでもあるのです。
▼〈オフサイトミーティングのタネ明かし〉その①
心理的安全性を高めるために「心理的危険」を減らす