“受け継ぐ”とは、どういうことでしょうか。
震災という大きな体験を共有することなく、何を“受け継ぐ”ことができるのか。とても難しいテーマです。

受け継ぐものだけでは限界

わかりやすいものとしては、「あのときこうしておけばよかった」という教訓を、形にして残す方法があります。
“備えあれば憂いなし”と言うように、何の想定や対策もしていなかった被災者たちが受けたダメージからは、学ぶべきことがたくさんありました。

それは、“ボランティア元年”と言われて支援にかけつけた者たちにとっても同様です。助けようとしても助けきれないもどかしさには、被災者とはまた別の意味で備えるべきことがありました。
そして、政治も、行政も、本来果たすべき機能は何かを根本から問い直されることになりました。

東日本大震災のときには、こうした阪神淡路大震災での経験が、救命救援活動においても、減災、復興の側面でも、ずいぶんと生かされていました。
それは、6434名の尊い命を失う経験から私たちが受け継いだものだと言えます。

それでも、新たな“想定外”に成す術がないことが多々あります。
この経験から受け継ぐものだけでは限界があるのです。

震災後20年の経緯は、人々の選択の積み重ね

私たちが、受け継ぐものはそれだけでしょうか。もっとほかに、形にはならないけれど、大切なことがあるのでは?

震災によって人生が大きく変わってしまった人たちがいます。
その生き方に何か受け継ぐべきものがあるように思えます。

予期しない不幸に遭遇した人たち。
それぞれの人には、震災がなければ潤沢に歩むべき道がありました。
それが突然断たれ、立ちすくむことになった。

でも、時は無情にも刻々と過ぎていきます。一日一日どう過ごすかの選択に迫られます。

どんなにつらくても、どんなに逃げ出したくても、人生は引き返すことができないものです。たとえ自分の意図した方向でなかったとしても、大きく舵を切る選択をしなければいけない局面がやってきます。
そのときは仮設定のつもりでいても、このような選択を繰り返すうちに、やがてその道は自分が決めた人生のメインロードとなっていきます。

震災後20年の経緯は、そんな人々の選択の積み重ねでできています。

 

“選択”は、本来“意思があって決定する”ものですが、すべての選択に意思を込めるだけの時間も能力もないときには、“決定した後に意思を持つ”そんな現実があるものです。
行動を通じてようやく覚悟を持てるようになる。だから、“寄り添う”人がそばにいることが大切で、新たな道を歩み出した不安を和らげてくれます。

歯をくいしばって這い上がり、たどたどしく前に進んでいることを“そっと見守って”見届けてくれる人がいることが、心の支えになるのだと思えます。
そうしているうちに、「この選択でよかったのだ」という意義を少しずつ感じられるようになってくれば、人生に前向きになることができるようになってきます。

20年経った今でも、「どうすればよかったのか」に正解があるわけではありません。
それでも前を向いて歩いていく覚悟ができると、それはいつしか不屈の意志となって力強い足取りに変わってきます。
そして、一歩ずつ歩む実績が“自信”につながってきます。

選択に込められた思いを明日への一歩へ

震災を語り継ぐときに大切なことは、こうした選択の積み重ねが今を築いている、ということなのではないでしょうか。

「何があったのか」を見聞きすることは簡単ですが、その背景にある「なぜそうしたのか」を語り、知ることはとても難しい。
それでも、どんな選択も、その結果が変えることのできない事実であればこそ、どんな結果であれ、それを受け止め、そこから半歩、一歩前に歩み出していくしかありません。

震災後の復興の道のりは、仏造って魂を入れるように、ハードをつくった後にどれだけソフトを組み入れられるか、復旧作業が終わった後に始まります。
“受け継ぐ”ものは、失ったことだけではなく、そこから新しい道を選択したときに歩み出す“覚悟”を、歩み続ける“意志”に変えて、あの苦しいときをともに乗り越えてきたという、懸命な努力によって裏打ちされた“自信”の積み重ね。

私たちにできることは、その選択に込められた思いをしっかり受け止めて、明日への一歩につないでいくこと。それが受け継ぐということではないでしょうか。
それをこの先も途絶えさせずこれからも前に進めていくことが、私たちの責務なのだと思えます。

それは、生まれ育ったこの神戸の街で、震災を機に自分の仕事を“企業の変革支援”から“役所の変革支援”へ変えてきた、自分の人生の選択を再度心に誓うことでもありました。