今やっていることが本当にお客様のためになっているのか?

「お客様が喜びを感じてくれるような商品づくりをしたい。今やっていることが本当にお客様のためになっているのか。もっと大切なお客様を見逃しているのではないか。その答えが見つからなくて、最近ずっとテンションが低いんですよ」
率直に語る主任に対して、ひとりの部長が間髪を入れずに答えました。
「オレは逆に君たちの気持ちがわからない。悪いけど、お客様の喜びなんか考えて仕事をしたことがない。目の前の技術課題を解決することこそが自分の喜びだよ。そうじゃないの?」
他の部長も同じような反応でした。予想していたこととはいえ、主任たちは「そうなんですか…、残念です」と言ったきり、次の言葉が出てきませんでした。

当時、開発部門で取り組んでいたテーマは、従来の基幹技術による製品の精細化であり軽量化でした。しかし、製品市場は業界横並びの性能競争の真っただ中で過当競争に陥っており、事業部の業績は年々悪化していました。
開発部門の使命が技術課題を克服することにあるのは確かでしょう。しかし、市場や環境が激しく変化するなかで、何の疑問も持たずに今までの使命に拘泥していて大丈夫なのか…。

「お客様のためになっているかどうか」にまったく興味がなく、ひたすら脇目もふらずに今までのやり方を研ぎ澄ませていく部長と、現状に疑問を感じながらも自分なりの答えが見いだせずに悶々としている若手社員――。
しかし、意外にもこの物語の最終章は、部長同士の連携が若手の強い思いを後押しすることにより、新興国市場に着眼して製品開発をする新規市場開拓プロジェクトに結実しました。

「残念です」の一言

先の対話会に参加した部長のひとりは、主任が苦渋の表情で吐いた「残念です」の一言が気になって、後日、あらためて主任たちと話をしました。そこで彼らの口から出てきた新興国市場向けの事業構想は、小さいけれども可能性を感じさせるものでした。新たな成長市場を開拓していかないと早晩、会社は行き詰まってしまうという危機感は、部長の頭の隅にもあったのです。

その部長は、開発部門の他の部長に声をかけ、主任たちの構想を事業の視点から考えるための対話を行ないました。
その構想に関しては賛否両論が飛び交いました。余計な仕事に手を出している、と主任たちの行動に嫌悪感を示す部長も当然います。けれど、それまでも時折部長同士の対話を行なってきたこともあり、本音をぶつけて話し合っていくうちに、「俺たちの若い頃もアングラでいろいろと好き勝手にやっていただろう。そのときの上司は見て見ぬふりをしてくれていたよな」のひと言がトリガーになって、部長たちの議論は事業構想そのものに集中していきました。
もちろん部長たちの意見はきれいに一致したわけではありませんが、話し合い後、その部長は上司である本部長と相談して、主任たちのフィージビリティスタディを承認することにしました。そして最終的には、部長と本部長とが社長に話をもちかけて、新規市場開拓プロジェクトの提案を通したのです。

ポイントは部長たちの協力と連携

会社にとって、変化に対応できるかどうかは、事業の現場がお客様の変化を敏感に感知し、仕事のやり方を見直して、今までとは違うやり方に変えられるかどうかにかかっています。仕事のやり方をドラスティックに変えていくには、機能分化された部門同士が連携し、一体となって動くことが不可欠です。
しかし、多くの場合、他部門から「こう変えたい」という要請があっても、最低限の協力はするけど自分たちの仕事のやり方を変えるつもりはない、そこまで口出しされたくない、というのが実態です。そういう反応がわかっているので、変えることそのものをあきらめてしまうことも珍しくありません。
そこでポイントになるのが、部門を預かる責任者である「部長たちの協力と連携」なのです。

一人ひとりが、社外の経営環境にアンテナを立てずに、目の前の仕事にひたむきに頑張れば何とかなる時代は過去のものになり、会社の内と外の境界に「対話」という界面活性機能を置く時代になっています。
経営と現場との間に位置する部長たちがチームのごとく対話を重ねる。社内外で起きる変化の意味を考え合い、コンセプトを研ぎ澄まし、連携して社内の仕事を変えていく。部長たちのしなやかな対応力が、これからの会社の命運を左右するカギを握っています。会社にとっての部長の新たな役割がしだいに明確になりつつあります。