このように現代の人を取りまく現実は、かつてないほど複雑です。めまぐるしく判断軸が変わる外部環境と、アイデンティティや帰属感をめぐる人々の内面環境が大きく揺れ動き、社会も人も“現在地”を見定めることが難しい、まさに「混沌と模索」の時代に突入しています。

ここでは、今の社会や企業の現状を見ながら、あらためて私なりの目で、「日本を変える」の意味や現在地を問い直し、今の日本が抱える問題とこれからの日本にとって重要と思われる3つのテーマを順次、取り上げてみたいと思います。

日本企業における“規範の解体”が進む時代

2020年以降、長年にわたり日本企業を特徴づけてきた「日本らしい」規範が急速に解体されつつあります。高度成長期以降、日本企業を支え続けてきたのは「中央集権的な組織体制」と「ムラ社会的企業文化」という二つの強固な規範でした。前者は本社・上層部を中心としたピラミッド型の指揮系統、後者は年功序列・終身雇用を基盤とし、個人よりも集団の”和”を重んじる日本独自の共同体文化です。

この二つの規範の融合は、高度成長期の経済的な繁栄をもたらす一方で、「個人の埋没」という問題を生み出しました。働く人が“歯車化”していき自主性が失われた結果、バブル崩壊後の企業では、組織の閉塞感や機能不全が成長のブレーキになり、四半世紀以上にも及ぶ停滞から抜け出せないという異例の事態を招いています。

失われた30年間、日本企業はデジタル化や働き方の変化などにそれなりの対応はしてきました。しかし、ここ数年、世界情勢の激変やテクノロジーの加速によって、「規範を維持したうえでの緩やかな変化」から「規範そのものの急速な解体」へと質的に転換しているように思います。いわゆる「日本的経営」が溶解していく一方で、日本企業の新たな「スタンダード」や「未来像」はまだ見いだせていません。

今日、AI革命などの技術革新によって人の役割・機能のAI代替化が進んでいく中、これからの企業経営は、支柱となるものや組織の求心力を何に求めて形づくっていくのか。私たちは”宙ぶらりん”状態で、きわめて不安定な現実に直面しているように思います。

【今の日本社会と企業を取りまく3つの問題】

このように、「日本の現在地」を把握するための環境が予測不能なかたちで変化している中では、これまで手がつけられていない潜在的な問題、そして新たに生じている問題を底流から見て整理しておく必要があります。

ここでは、今の社会や企業にとって、死活的に重要だと思われる問題を3つ挙げてみましょう。

(1)「分断」の拡大

まずは、社会や組織における「分断」の加速です。米国のトランプ現象などに象徴されるようなポピュリズムの台頭が日本においても先の参院選で起こり、新興政党の大躍進によって、70年近くも続いた自民党の一党支配体制が崩れました。その背景には、世代論だけでは片づけられない人々の価値観の変化、格差感や将来不安の広がりがあり、社会の「分断」は確実に進行しています。

かつての日本では、人々の「同質性の高さ」「中流意識の共有」が社会のまとまりをつくり出していました。現在でも諸外国に比べると、分断の程度は穏やかに見えます。しかし日本でも、実は世代間格差、正社員・非正規格差、ジェンダー、学歴、都市・地方の断絶など、社会の奥深くに見えにくい分断が蓄積されて、粛々と広がり続けています。

多様な人々の“協働する力”や“共生の感覚”は、社会や組織が健全であるために欠かせない基盤です。分断はこれらの基盤を脅かします。
敵意や無理解による意見の対立は、本来必要のないストレスや軋轢を増大させ、協働力が弱まることで生産性を低下させます。また、個人レベルで「自分は周囲と良い関係性を構築できている」という感覚が持ちにくくなることは、人生の幸福感を押し下げる大きな要因となります。

(2)働きがい・熱意の喪失

日本社会全体の「エネルギー低下」「働きがいの喪失」は、いっそう深刻化しています。
厚生労働省やGallup社などの 調査でも明らかですが、日本の社員の「仕事への熱意」や「エンゲージメント」は主要先進国でも最低水準です。かつて「モーレツ社員」「企業戦士」と称えられた日本人の仕事観は大きく変わり、仕事第一で骨身を削って会社に尽くすことには冷ややかな態度を示す人が主流になっています。

その背景には、バブル崩壊以降30年以上に及ぶ低成長の「失われた時代」、終身雇用の崩壊、たび重なるリストラ、物価高騰と実質賃金の低下、晩婚化・少子化など、生活不安を伴う「生きづらさ」の蓄積があるでしょう。
これらの負のスパイラルの果てに、今では日本人の多くが慢性的な“低エネルギー”状態にあり、仕事にも人生にも熱意を持てず、ただ淡々と“消耗”していく受動的なあきらめ感覚が広がっています。

(3)創造性を発揮しにくい環境

3つ目の問題は、「創造性」の機能不全です。共通のルールや正解が明らかだった時代と異なり、いま目の前にある多くの課題は、正解がどこにも書かれていません。
異例ずくめのパンデミックや地球規模の気候危機、進化する生成AI、国際秩序の地殻変動など、予測不能な“VUCAワールド”では、個人や組織が「自ら答えをつくり出す」創造性こそが求められています。

創造性というと、多くの人はイノベーション、新規事業開発、画期的な商品開発など、大きな変革をもたらす領域を思い浮かべがちです。確かにそれらは創造性の重要なポイントですが、これからの時代に必要とされる創造性は、もっと広範で日常的なものになっていくでしょう。

環境の変化が加速する今日では、一人ひとりの日々の仕事においても「小さな創造性」が至るところで求められています。なぜなら、テクノロジーの進化、働き方の多様化、価値観の変容によって、仕事のあり方そのものが否応なく変化しているからです。もはや「決められたやり方を忠実に繰り返す」だけでは、変化する環境に適応できなくなっています。

これからは、組織の中の誰もが、自ら環境にアンテナを張り、状況を読み解き、自分の頭で考え、日々の業務に創意工夫を加えていく姿勢が不可欠になります。たとえば、日常業務の中での身近な課題解決、ルーティンワークの効率化や改善、同僚や顧客とのコミュニケーション方法の工夫、後輩の育成アプローチの見直し…など、すべての場面で、過去の習慣や前例踏襲ではなく、状況に応じた創造的な対応が求められるのです。

しかし、今の日本企業には、戦後の日本型組織が獲得した「模倣・横並び・慎重主義」のDNAが染み込んでいます。それが高度成長期の拡大路線、結果・効率重視の経営と結びつくことで、さらに堅固な風土となり、新しい一歩を踏み出す勇気や創意工夫が歓迎されない不文律が根強く残っているのも現実です。

複雑で高度な問題こそ“人間的に”解決する

現代日本が直面する3つの問題、「分断の拡大」「働きがい・熱意の喪失」「創造性を発揮しにくい環境」は、実は互いに深く関連し合い、負の連鎖を形成しています。

たとえば、社会や組織における「分断」が拡大すれば、そこで働く人々の仲間意識は希薄になり、心理的安全性が低下します。これが職場での働きがいや仕事への熱意を奪い、低エネルギー状態を引き起こします。そして、この熱意の喪失は、創造性発揮に必要な自発性に基づく原動力を停止させ、人々は既存のシステムを機械的に回すだけの仕事に終始するようになります。

さらに、創造的な問題解決がなされず、本質的な課題が放置されることで、人々の不満はいっそう蓄積され、社会の分断がさらに深まるという悪循環に陥ります。

これらの問題の多くは、すでに現象として指摘され、私たちが“頭では”理解しているはずのものです。しかし、このように複雑に絡み合った問題の解決は簡単ではなく、単一の側面だけに焦点を当てた部分最適な解決策を講じても、根本的な改善は望めませんし、かえって事態の悪化を招くこともあります。
複雑に絡み合って作用する問題系に介入するためには、シンプルな問題解決とは異なった新しいアプローチをとる必要があります。

さらに、「わかっているけど手が出せない」「必要性は認識していても行動に移せない」。ここに人間とAIの決定的な違いがあります。
AIならば論理的に最適解を導き出して即座に実行できることでも、人間の場合は、感情や慣習、経験などのさまざまな要因によって行動が阻まれるのです。

「分断」のような複雑系の社会的課題は、単なる「技術的に解決可能な問題」ではありません。私たち一人ひとりが「人間としてどうありたいのか」「どのような社会を築きたいのか」という根源的な問いと向き合い、自分たちのあり方を変えていくことから始めることが求められる「人間的な問題」なのです。

私が創業者の柴田昌治に感謝していることは、自分たちの仕事に対して、柴田が「人間とは何か」「人間が幸福になる社会とは?」という次元で問いを設定してくれたことです。時代が変わっても変わらない人間の本質というものがあるのであれば、スコラ・コンサルトのアプローチはまさにそこに根ざしているのだと思います。

私たちは、これまでもまさにこの「人間的な問題」に真正面から向き合ってきました。日本社会がこれまでにない新しい問題に直面する今、私たち自身も方法論を進化させながら、これらの社会課題の解決に貢献していきたいと考えています。

次回は、これら3つの問題に対して、具体的にどのように向き合い、どのようなアプローチで解決の糸口を見いだすべきか、より詳細に考察していきます。

(つづく)