それならば、部下が主体性を発揮することはさほど難しくないようにも思えますが、実際にはそう簡単ではありません。部下は、いきなり「失敗を気にせず自分で考えて試してみる」といった経験の乏しい仕事の仕方を突き付けられます。そのうえ、今までの組織の常識や価値観とのせめぎ合いを“自分で”乗り越えなければならないというハードルがあるのです。

では、部下が「自らエネルギーを奮い起こして考え動く」ためには何が必要なのでしょうか。
ここでは、「現場主導のマネジメントと自律的な営業チームづくり」の取り組みを通じて、仕事に向き合う心の姿勢、仕事への取り組み方が変化した2人の営業部員のケースからひも解いてみたいと思います。

メンバーの軸足を変えるために必要なことは何か

こと営業においても、市場の変化に合わせて顧客にとっての最適を考え、自分から提案していくような「自律型人材」を求める声が聞かれるようになりました。

BtoBでルート営業を主体とするA社の営業部門では、「社員が自分の仕事への誇りをもっと高めて、人も会社も成長するようにしたい」というトップの思いのもと、これまでの営業のあり方や存在意義を問い直し、メンバーが主体的に顧客と関わって価値提供していく営業に変わるための取り組みをしてきました。

そのための話し合いの場は、大きく分けて3つあります。
・チームでめざすものを考え、そこに近づくための継続的な対話をする場
・顧客に対する提案のアイデアやヒアリング情報を共有し、チームで仮説を出し合って検討・学習する場
・日常的に自分が試したことをふり返り、相談する場

これらを通じて、メンバーはどのように変わっていったのでしょうか。
以下では、その変化と、主体性を後押しした環境を見ていきます。

「仕事だからやる」から「商品を通じて社会を良くしたい」へ

営業部員Yさん(30代前半)のケース

とにかく、お客さまに言われたことをやる、「それが営業の仕事」だと心得て、顧客の要望を叶えようと奔走していたYさん。本来の明るく気さくな性格を封印し、“正しくそつなくやらなければ”と自分に言い聞かせて客先に通うものの、モチベーションが湧かず、気持ちの乗らない毎日でした。
結果として、お客さまの要望にも十分に応えきれていなかったかもしれないとYさんはふり返ります。

営業の取り組みが始まって2年が過ぎた今、Yさんは「商品を通じて社会を良くしたい」と考えるようになりました。
そのために、いろいろな視点で物事を捉え、お客さまにも何かしらの気づきを提供したい。そして、お客さまのビジネスの価値を一緒に探り、エンドユーザーにとっての価値を最大化する手助けをしたい。そう考えて、まずは、お客さまの話を聞くことを大事にして日々試行錯誤しています。
今では、お客さまに会いに行くのも楽しくなりました。
そんなYさんに対して、お客さまの見方も好意的に変わってきたことで、やりがいや自信も増しています。

では、何がYさんにこのような変化をもたらしたのでしょうか。

仕事の取り組み方が変わる環境要因

(1)「めざすもの」を持つ

Yさんは、営業の取り組みの中で、いわゆる「模範的な営業」のスタイルではなく、もっと「自分らしさを生かした営業」をしてもいいのだと気づきました。
それからというもの、「ありたい姿、自分の理想とする姿」を模索して、プライベートでも人が集まる場面や外出先の店、TVドラマの登場人物などを材料にしては、自分ならどうありたいか、お客さまにとってどのような存在になりたいかと、立場を変えて考えてみたといいます。

また、チームでも「理想の〇〇とは何か?」という問いに時間をかけて向き合い、メンバーと一緒に考えていくなかで、「自社商品を通じて、お客さまのビジネスの価値を高め、それによって社会を良くしたい」という思いが芽生えてきました。
今は、顧客にとって「新たな価値や気づきを一緒に探すパートナー」になることをめざしています。

(2)上司、チームとの関わり(安心・安全)

「めざすもの」「ありたい姿」が自分の中で明確になっても、理想と現状のギャップを埋めていく試行錯誤を自分一人で続けることは難しかったとYさんは語ります。それを可能にしたのは、上司やチームのメンバーとの関わり方の変化でした。

Yさんが特に重要だと感じているポイントは次の3つです。

① 心理的安全性のある関係性
言いたいことや思ったことを言いやすい関係性がある。また、毎週1回以上の定例ミーティングが設定されていることで、こまめに相談やふり返りをする機会がある。

② 考えを共感的に聞いて、後押ししてくれる
自分がやってみようと考えていることを話すと、みんなが否定せずに、前向きな改善フィードバックをくれる。また、Yさんの強みの生かし方を一緒に考えてくれる。

③ 自分と会社をつないでくれる
上司が自分のやっていること、やろうとしていることを会社の方針とひもづけてくれる。上司自身が会社のミッションに共感しており、それを踏まえたアドバイスをくれるため安心感がある。

(3)試行錯誤する場と顧客の反応

「お客さまの要望に応える存在」から「新たな価値や気づきを一緒に探す存在」へ。めざすものを持ち、そこに向けたアイデアを上司とチームで磨き込んだら、次にはトライで実行してみる機会が必要です。

Yさんは基本的に一人で客先へ出向くため、事前に考えた質問や提案を顧客に投げかけてみて、その反応や気づきをチームのミーティングに持ち帰る、ということを続けました。

ここで力になったのは、聞いたことを持ち帰って相談できる場があるということです。
以前は難しいことを相談されると、自分一人でどう対応すればいいかわからない不安で、お客さまの話をしっかりとは聞けていませんでした。
チームで一緒に対応を練る場、相談できる上司や仲間の存在があってはじめて、「自分で考えて顧客に向き合う」営業アプローチを試してみることができたのです。

そうやって接し方を変えていくうちに、今まで面談を渋っていた顧客のアポイントが取りやすくなるなど、顧客の側にも変化が起こってきました。そのような目に見える変化が自信になり、うつむき加減だったYさんの表情は見違えるように晴れやかになっています。

(次回、「内発的動機と上司の存在」営業部員編 につづく)