ここでは、多様性の時代に組織は「個」をどう活かしていけばいいのか、対話を通じて“組織人の心理的安全性”にアプローチする際の落とし穴と、意欲や活力につながる個人の「本音」の生かし方について考えてみたいと思います。

「心理的安全性を高める取り組み」2つの落とし穴

ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)を実現する課題の一つに「職場の心理的安全性を高めよう」というのがあります。そのために“気楽にまじめな話をする”オフサイトミーティングを取り入れる会社も増えています。
しかし、こうした心理的安全性を高める取り組みには、陥りやすい落とし穴があります。心理的安全状態のバロメータとされる「ものの言いやすさ」や「本音」について、組織側の理解や態度があいまいな場合は、途中で扱いに困って取り組みが立ち往生するということが起こるのです。

以下に、よくある2つの落とし穴をみていきましょう。

【落とし穴1】なんでも言える=わがままが横行する

一つは、「なんでも言いやすい職場」づくりに取り組み、管理職も部下の発言を否定せず傾聴姿勢を高めた結果、「わがままな社員が増えてくるのではないか」という懸念が出てくることです。
そこには心理的安全性に対する誤解があります。

そもそも心理的安全性の高い組織をめざすといっても、①「ものが言いやすい」という側面と、②「仕事の成果に対して高い意識を持っている」という側面の、両方を満たしていることが前提です。この2軸が合わさって、パフォーマンスの高さに直結する心理的安全性の高い組織になっていきます。
組織全体が仕事に対して高い意識を持っているからこそ、相手から嫌われるリスクを冒してでも意見を言う、ということがプラスになっていくのです。

しかし、これまで仕事に対する意識の高さを保持してきた管理者などは、この2軸が大事だと頭ではわかっていても、実際のマネジメントで両立させていくのは簡単ではありません。「ものを言いやすくする」ことと、「厳しく指導する」ことがトレードオフになってしまい、どうしたらいいかわからないケースも多々あるようです。そこでは新たに、一人ひとりの個性を受容するリーダーのあり方を学ぶ必要があります。

【落とし穴2】ネガティブな本音が出てきて、むしろ関係性が悪くなる

なんでも言っていいとなると、いろんな本音が出てきます。その本音が誰かへの批判や不満であった場合、以前よりも関係性が悪くなり、結果として心理的安全性とは程遠い状態になってしまう、ということが起こります。「下手に本音に触れると収拾がつかなくなる」と恐れを抱くケースもあるでしょう。
これは「本音」の捉え方による問題です。

一般的に本音というと、愚痴、不満、他者批判のようなネガティブな雰囲気を持ったものを想像します。しかし、私の観察では、どうも本音には3つの階層があるようです。つまり、“本音イコール後ろ向き”とは限らないのです。
そのことを理解して、真っ先にネガティブな感情が発露しやすい段階の問題だけを注視するのではなく、その先には「より深い層の本音がある」ことを、自分自身も周りも意識していくことが大切になるのです。

本音の3階層(ブラック層、ウイーク層、コア層)~「うわべの本音」に振り回されないために

ものが言いにくい組織で“ガス抜き”と言われる本音の発散をすると、大半のケースで不平不満や批判的意見などが噴出します。実はこの段階で出てくる本音は、本音の中でも最も浅いところに位置しているものです。これを本音の第1層、仮に「ブラック層」としておきましょう。

相手にぶちまけたい衝動を伴うことが多いのがブラック層の本音です。しかし、その本音を誰かにきちんと受け止めてもらったと感じることができれば、その奥にある第2層や第3層の本音が意識の表面上にあがってきます。
第1層よりもう少し深い層には、別の種類の本音があるのです。
(ここで深い・浅いと言っているのは、意識上でのことであり、深い位置にあるほうが表明することに抵抗があったり、自覚できていなかったりします)。

第2層にある本音は、不安や恐れ、悲しみなど、自分自身の弱い部分です。弱音的な「ウイーク層」といえるものです。
強靭で男性的な企業戦士を求められる組織であるほど、こういった弱みは表に出せません。この弱さを自分の中で押し殺したり、社内政治や仕事における闘いに転嫁することができた人たちが、組織における成功者、仕事ができる人でした。
しかし、多くの人の中に本音として存在する“弱い部分”が仲間内で共有できると、それは連帯感につながっていきます。

オフサイトミーティングで行なう「ジブンガタリ」で自慢話ばかりが出ている時は、あまりいい雰囲気にならないものです。逆に「こんなことで困っているんだ」「ここで悩んでいるんだ」という弱みを見せ合った時には、そこに連帯感が生まれてきます。人間はどうも弱い部分でつながっていく生き物なのかもしれません。
だからこそ、心理的安全性を高める取り組みもブラック層の本音が出たところで止まってしまうと、人間関係のギクシャクにつながっていきます。そこから進んで第2層(ウイーク層)の本音が出てくれば、それが連帯のきっかけになっていくのです。

そして、さらにもう一段深いところに本音の第3層があります。無意識の深層にある「コア層」です。

最も大切な本音の第3層は、純粋な思いを秘めた「コア層」

第3層の「コア層」には、その人の純粋な思い、願い、使命感のような美しい思いが潜んでいます。その人の中核にある思いです。これは明確に自覚できていないことが多いのですが、誰もが無意識に持っています。
いろんな表現ができると思いますが、「感謝される仕事がしたい」「誰もがいきいきできる世界をつくりたい」「お客さんとともに喜べる商品をつくりたい」といったような思いです。

この深いところに秘められた思いが話し合いの中で引き出され、顕在化した時には、腹落ちするビジョンやコンセプトが生まれます。

これまでの私の経験では、コア層の本音というのはすぐには表面化しません。グループで話し合う場合は、上記の第1層(ブラック層)、第2層(ウイーク層)を互いに共有しても、現実的なコトをめぐる話し合いの段階になると停滞が始まります。互いの意見がなかなか噛み合わず、葛藤でモヤモヤし、結論が出ずに混沌とした状態が続きます。それを乗り越えようとする過程で、第3層のコア層にたどり着くことがほとんどなのです。

企業活動において、人は「いかに成果を上げるか」「いかに周りから認められるか」「いかにダメだと思われないようにするか」などに意識の大半を使っていて、自分の意識深くにある本音には気づいていないようです。しかし、ここに光が当たると大きく心が動いて、やる気が出てきます。

D&Iは、まず本音を開示し合うところから始める

本音を意識すると、きちんとみんなが働かなくなるのではないかと思う人も多いことと思います。
私が言いたい「本音で働く」とは、それぞれが持っている第3層のコアにある思いを大事にしながら働くことです。そして、お互いがそういった思いがあることを尊重した上で、忌憚のない意見やアイデアを出し合うことが、考えや感じ方の違いを排除しないD&Iの第一歩につながっていきます。

幸福度が高い(国連の世界幸福度ランキング2022で第2位)デンマークの人に以前、こんなことを聞きました。
「みんなで社会を良くするための議論をよくします。その中で意見がぶつかり合い、傷つくこともあります。しかし、そんな人間関係のごたごたより、共に考えを出し合い、社会に貢献できる解を見つけることのほうが喜びが大きいのです」

まだ日本の組織の多くでは、そこまでの理解や経験にたどり着けていないと思います。しかし、一足飛びにそこまで行かなくても、少しずつでも「自分の本当の気持ちや考えを出してみること」、そして、それを開示された側はいったんしっかりとその気持ちや思いを受け止めてみることが大切です。小さなことでもいいので、そういったやりとりが増えていくことで、人々のモチベーションは高くなっていきます。
気楽にまじめな話のオフサイトミーティングを20年間やってきて、私は実感としてそう思うのです。