ここでは、「時代に合わないマネジメントを変える」とはどういうことか、前提となる価値観を焦点にアップデートしていくアプローチと、その起点として、ある企業がマネジメント変革のために行なった「価値観対話」の例を紹介したいと思います。

なぜ、真っ先に経営層の「価値観対話」なのか?

数年前、経営体制を変更したA社が新たなチームとして理念を打ち出すために経営のオフサイトミーティングを実施し、それを私たちがお手伝いした時のことです。

事業や業績本位だった従来の大目標的な指針に対し、新たにめざす姿としての理念は、人の成長と幸せを中心に据えたもの。価値観レベルでコペルニクス的転回をした新理念の意味を理解し、実現するため、まずはマネジメントが変わっていかなければと、経営層の対話を始めました。

ところが、しばらくオフサイトミーティングを続けても、なかなかお互いへの関心と議論が深まっていきません。持論を展開するばかりで他者の話については表面的な聞き方、反応で終わってしまう、といった状態が繰り返されました。

事務局メンバーとふり返りをしながら、「なぜ転換の気づきが生まれないのだろう」「何について話せばマネジメントを変えることにつながるのか」と話し合っていく中で、行き着いたのが「価値観対話」というものです。

組織においては、上位者(管理職以上)になるほど“隙を見せない守り”が固くなっています。自部門の利益を守る、自分のやり方や実績を守る、立場を守るなど。自分を語るにしても、どうしても自分が正しいと思っていることを是とする“これまでの成功”寄りの説明になってしまい、なかなかオープンマインドな状態で対話のスタートラインにつくことができません。

“正しいか正しくないか”で語るべき内容が判断されると、合理的な説明のつかない感情や感覚などは封じられてしまいます。

私たちは、これまでの行動の根元にある「自分を成り立たせるために無意識に大事にしているもの」を、お互いに出し合ってみてはどうかと思いつきました。「なぜ、そのように考えるのか」「なぜ、それが大事だと思うのか」「やった時の気持ちはどうだったか」など、コトの感情面を聞き合っていけば、自分自身も気づいていない「価値観」と向き合えるのではないかと思ったからです。

同時にそれは、マネジメント変革に直結する「内なるマネジメントのパラダイム」に気づくことにもなると考えました。

 マネジメントにみる2つのパラダイムと新旧価値のねじれ

経営を取りまく環境はますます不確実さを増しています。確たる答えを持てない中で、変化にどう適応し、持続可能な“自分たちらしい会社”にしていくか。そのカギを握るのが、変化・成長し、協力して新しいものを生み出すことができる柔軟な人とチームの力と、それを育て生かすマネジメントです。

今日の社会の価値観は、ひと昔前とは大きく変わっています。
会社と社員の関係は、主従関係のロイヤリティ(帰属意識・忠誠心)から、共に成長する関係のエンゲージメント(共感・信頼)へ。価値創造の源泉は、人・組織とそれを生かすマネジメントや組織文化・風土へと移り、人の見方も資源(コスト)から、学び成長する多様な個性へと変わりました。

経営も、こうした時代のパラダイム、人を中心に据える新たな価値観のもとに自分たちをアップデートしていこう、というのが今日の変革の大きな流れです。

経営や組織を“根底にある価値観”でとらえる代表的な見方として「結果重視のパラダイム」と「プロセス重視のパラダイム」があります。

前者は、目前の結果を出すことを第一に、人をその手段として管理する。後者は、持続的な成長性を第一に、その源泉となる人・組織の可能性を引き出すプロセスを重視する。両者はこのように、目的とアプローチが違います。そして、日本企業の場合は、かつての高度経済成長を牽引した結果重視のパラダイムが今も優勢だと言われています。

「結果」か「プロセス」か、2つのパラダイム

どちらのパラダイムに立脚するかによって、それに連なる現実認識、人間観や組織観、マネジメントや仕事のしかた、問題のとらえ方なども変わってきます。

これからのマネジメントには、部下の意欲や主体性を引き出す、考えさせる、個性を大事にする、対話を重視する…などが必要だと言われていますが、これは大枠でいえば、結果重視の価値観に基づくパラダイムからプロセス重視の価値観に基づくパラダイムにシフトしよう、ということです。

とはいえ、新しいパラダイムはまず価値観が大きく違うため、部分的な形だけを導入しても混乱するだけで、機能しないケースが少なくありません。

いまだに多くの企業が旧パラダイムからの脱却、組織や仕事の刷新に手間取っています。頭ではわかっているのですが、実行面で組織を率いる上層のマネジメントのところで“内にある価値観”が変わっていかないと、組織内に新旧価値のねじれが生じて変革の取り組みがスタックするのです。

A社が真っ先にマネジメント変革に着手し、経営層による「価値観対話」を行なったのも、それが理由でした。

マネジメントを変えるために、何を話し合うのか?
~「プロセス重視」の対話にみる視点

 「価値観対話」とは、「自分を成り立たせるために無意識に大事にしているもの」に気づき、率先してアップデートしていくため、相互の「問い」によって思い込みを深掘りしていく価値観ベースの対話のこと。

それぞれの人生観や生き方、これまで大事にしてきたことなどにとどまらず、無意識のうちに社会や組織の中で培われてきた常識、重きをおいてきた考え方など、物事にあたる際の判断のもとにある「前提」に分け入っていくのがポイントです。

自分一人で価値観を見直すのは容易ではないため、同じ立場の人間同士が対話を通じて自分への理解、他者への理解を深め、お互いに後押しをし合います。価値観対話は“チームで一緒に”変化していくための助走プロセスでもあります。

【価値観対話 3つのポイント】

 一人ひとりが自分を成り立たたせてきたもの、奥底にあるマネジメントの価値観に“感情面から”向き合っていくことで、自分の本当の思いに気づき、パラダイムを変える変化の一歩を踏み出すことができます。

1.相互理解と心理的安全性

お互いのことをわかり合うことから始めます。自分が大事に思うこと、嫌だと思ったこと、強く印象に残っていることなどを、親や身近な人との関係や出来事からふり返り、自分自身の興味関心やあり方に影響を与えたものを出し合います。

何を感じ、なぜそう思うようになったのか、背景にある理由がわかれば「なるほどね」と理解が進みます。

2.共感とメタ認知

立場・役割の守りを共感によって解いていきます。仕事における転機や変化、意思決定したこと。やりたかったこと、やれなかったこと、悔しかったことなどを聞き合っていきます。

なぜそういう判断をしたのか、その時々に何を重視してきたかの動機や理由だけではなく、「どんな葛藤があったか」「なぜそう感じたのか」「どんな気持ちになったのか」など、背後に伴う気持ちにも関心を向けて質問を深めます。

やったことは覚えていても、自分の深くにある考え方や価値観に目を向けることはほとんどないのではないでしょうか。特に上位者になると、会社の中では感情を抜きにして仕事を考えているため、気持ちを聞かれ、それを言葉にしてはじめて自分の深くにあった現状認識や判断基準、価値観に気づく(メタ認知する)ことも多いのです。

ともすれば成功談になりやすい話題に対して、聞いている人が「相手のために質問する」ことがポイントです。

3.マネジメントの思いとありたい姿

マネジメントとしてこうありたい、自分は何を成し得たいという思いを語り合うことで、現在地からの新たな思いが生まれます。

仲間として問い合う対話のプロセスを通して、無意識にあったバイアスも自覚でき、これから大事にしたいこと、組織に対する感情や将来への思いも確かになっていきます。

【プロセスをみるポイント】
①気持ちや感情を正直ベースで出し合えるか
②本人の気づきがいかに起こるか
③相手のために質問しようという姿勢になれるか

自分を変えるプロセスの力でマネジメントを変える

実際に価値観対話をやってみた人は、どのような変化を感じるのでしょうか。

A社のある部長は、「自分の価値観と向き合うことで、『〇〇社の中の自分』という考え方から『自分の中の〇〇社』という捉え方に変わりました。自分なりにやってみたいことはあったけど、今の役割の中では無理だと思ってフタをしてきた。そこが解放されたことで、『これをやらせてほしい』と言うことができたんです」と語ってくれました。

別の部長は、思ったことを口に出して言ってみよう、言っていいんだと思い、漠然と思っていた将来について言葉にしてみたそうです。さらに仲間からの質問で、今までぼんやりしていたものがはっきりしてきて、今のポジションで何をしたいのか、その実現に近づくために何をやればいいのかが具体的になってきたと言います。

長い間、マネジメントは「結果を出す」ことにコミットし、部下にもそれを求めて動かしてきました。そのスタイルが、サーベイ結果などにも表れているように、部下の主体性を奪い、上司の答えや評価を仰ぐ「指示待ち・受け身の仕事姿勢」をつくってきました。「黙って指示どおりにやってもらう」という問答無用の高圧的で画一的なマネジメントは、半面で、人の扱い方に問題をはらみ、メンタル不調者や離職者を出す原因にもなっています。

企業である以上、業績重視で結果を求める目的はなくなりませんが、人間性を無視した「結果の出し方」は、明らかに時代に合わなくなっています。マネジメントの考え方、やり方のアップデートが必要なのです。

そして、その変革のアプローチもまた、人の変わる力とプロセスによって行なうしかないというのが私たちの実感です。