イノベーションが生まれたばかりの姿は、役に立ちそうもない「みにくいアヒルの子」

たとえば、インクジェットプリンターを開発した当初は、まだパソコンも普及していない時代で、オフコンと言われる計算速度も遅い、数値計算や伝票処理に使用する程度のものが主流の市場環境です。インクジェットプリンターにとっては、カオスと言える時代でした。

当時のプリンター市場は、ワイヤードットプリンターや、熱転写プリンターの能力で十分でした。ましてや、初期のインクジェットプリンターは印字速度が遅く、普通紙の上では文字がにじんで印字品位も悪く、プリンター本体も高価です。とても一般的な業務で使用できる代物ではありません。当然、一般家庭で使える製品になる可能性などまったくないように見える「みにくいアヒルの子」でした。

ところが、20年経過した現在では、事務所から家庭まで幅広く使用できる性能と品質、そして、銀塩写真を駆逐してしまうほどの素晴らしい画質と経済性をもった商品になっています。
当初から開発に携わった関係者は、もちろん、カオス状態の中にも一筋の希望を持っていました。その結果として、20年前には多くの人々が予想もできなかった素晴らしい性能を顧客に提供できるようになり、写真文化を一変させてしまう素晴らしいイノベーションになったのです。

イノベーション創出を経験した、あるいは、目撃した関係者は、イノベーションがたどるプロセスがどのようなものであるか、よく理解しています。
しかし、「みにくいアヒルの子」は素晴らしい可能性を秘めている一方で、どのような姿になるのか保証されていないカオス状態です。もしかすると、まったく役に立たず、大きな損害を会社に与える可能性も拭えません。そこには、大きなリスクも存在します。
イノベーションのたどるプロセスを理解していない人々にとって、カオス状態からイノベーションを生みだす活動には躊躇があり、機会損失をしている研究開発組織が多くなっています。

風土改革活動は、イノベーションを生みだすための基盤づくり

このような、リスクの多いカオスと言える状態からイノベーションを生みだすためには、どのような条件とマネジメントが必要になるのでしょうか。

最も重要なことは、自由闊達な「創発組織」の中で、できるだけたくさんの「アヒルの卵」を生み、「みにくいアヒルの子」を育てる過程で、素晴らしい白鳥になるものを見つけていくことです。
しかし、先に説明したように、イノベーションが生まれたばかりの姿は、怪しい、役に立ちそうもない「みにくいアヒルの子」に見えるものです。そのために、管理型でリスクを取ることができない組織の中では、生まれたばかりの「アヒルの子」をすぐに選別して、特に「みにくいアヒルの子」は処分されてしまい、白鳥に育てることができません。
さらに悪いことに、管理型組織のマネジャーは自分の行なっているマネジメントが、まさか、イノベーションの創出を阻害しているとは思っていません。この事実が最も大きな課題です。

したがって、イノベーションを阻害しているマネジメントを、イノベーションを生みだすマネジメントに変えていかなければなりません。この変革活動こそが、「創発組織風土」への風土改革に他ならないのです。風土改革活動は、イノベーションを生みだすための基盤づくりとして、重要な意味と目的を持っています。

元キヤノン株式会社 材料技術研究所所長
村井 啓一 氏
1971年キヤノン(株)入社。中央研究所、電子写真研究、その後、開発、製造部門。86年、インクジェット事業、開発部門、製造部門。2000年、材料技術研究所所長、次世代材料研究と風土改革を実践。06年1月キヤノンを定年退職。現在、技術経営コンサルタント。企業、大学、講演会で実務経験に基づいたコンサル、講義・講演、多方面で活動中。著書=『イノベーションを興す創発(はぐれ)人材をさがせ』(日本経済新聞出版社)