これから必要なのは、どんな人財か? めざすもの起点で「人財像」を考える

めざすものを実現するには何が必要か。事業部ごとの議論で真っ先に挙がった課題は「人」だった。テックでも離職率やキャリア採用の難しさは問題になっていた。後述するTEAMサーベイに寄せられた社員のコメントでも、人の見方や人材育成・成長支援に関する厳しい指摘が目についた。
会社はちょうど人事制度を見直すタイミングであり、それをやるには、まずその前に「めざす姿を実現するには、どんな人財が必要か?」の議論がないと制度はつくれないだろうという話になった。
めざすものの一貫として制度にも軸を通す。そのための問いを立て、人事制度づくりに向けて「求める人財像」の議論が始まった。あわせて、人事戦略との整合をどう取るかについても議論は及んでいく。

【問い】
・めざすものを実現するためには、どんな人財が必要なのか?
・めざすものを実現するためには、どういう行動を求めるのか?
・人が育ち、活躍できる機会・制度・仕組み、組織風土とは?
・求める人財を増やすために役員としてすべきことは何か?

 

役員オフサイトの議論内容やワークの様子は社員にも公開

役員たちがこれらの問いと真剣に向き合い、本気で考え抜いて、3カ月後の2022年12月に示されたのが以下の〈目指す人財像〉である。
※2022年時点では〈求める人財像〉だったが、役員でひき続き議論しているうちに「経営層は変わらなくていいのか?」という話になり、2023年下期には“会社が社員に求める”のニュアンスを消して、全員が〈目指す人財像〉になった。

東芝テックグループが今「目指す人財像」

この人財像を形にできた時、ようやく錦織さんは「本音で真剣に議論するというのはまだまだですけど、継続してやっていけばもっと変われる、という手ごたえはありましたね」と、オフサイトでの議論に変化の兆しを感じることができた。

何のためのTEAMサーベイか? 「社員の声」から根底にある会社の問題を見つける 

「人が財産」を掲げるテック。ただし、なかなか上がらないエンゲージメントスコアを見る限り、いかに経営陣が言行を近づけて社員とコミュニケーションし、共感を得ていくかが課題といえた。

新体制になって2年目に実施されたTEAMサーベイでは、事前に錦織さんがビデオメッセージで「私たちは必ず読むので、ぜひ皆さんには自由記述欄にコメントを書いてほしい」と社員に呼びかけた。錦織さんは就任後、社内をぐるぐる歩き回ったり対話をしたりして社員の雰囲気にはふれている。これからめざす姿に向かって一緒に進んでいくために、社員のモチベーションが気になっていた。

錦織さんは、過去につらい思いをした事業売却の経験から、経営には社員のモチベーションを維持する責任があり、人のモチベーションこそが財産だと思っている。だから、社員が会社をどう思っているのかを映すTEAMサーベイの結果も重視していた。
ところが長年、テックの役員は総務がまとめた経営幹部向けの報告レポートを見るだけ。数値把握はしても、一人ひとりが書き込んだ肉声のコメントを受けて実行に移そうとはしなかった。
「人が財産と言っているのに、行動に移さないなんてありえないだろうと思うんですね。社員に対して本当に申し訳ないと思う」と、錦織さんは声を大にして役員にも言った。自分たちの経営の結果がそこにあるのだから、ちゃんとすべてに目を通して応えなければという譲れない問題意識だった。

経営陣が読む、という呼びかけによって戻ってきたコメントは3500件。ケタ違いの数にのぼった。これを役員全員が休日を使ったりしてすべて読み込んだのである。

予想はしていたが、まるで経営に対する直訴状のように、コメントには現状に対する赤裸々な問題の指摘や厳しい意見、具体的な改善点を挙げる声も多かった。それらの底流には、会社の将来への不安、そこに身を置く自分の成長と将来への不安が堆積していて、変わらない現状に対するあきらめ感も漂っている。
「これに応えなければ経営はそっぽを向かれる、会社が本当にダメになるかもしれない。なんとかしなきゃいけない」

社員のほうも実情や現場の気持ちが伝わることを期待して経営からの呼びかけに応えてくれている。この声は無視できるものではない。この時の肌に刺さるような危機感が役員の気持ちを一つにした、と内山さんは言う。
サーベイ結果を「社員の声」として真剣に向き合ったこの時が、役員がチームになり、オフサイトの議論がギアを上げて“ジブンゴト”になっていくターニングポイントになった。

サーベイ結果をどう生かすか、どう使うか。経営チームは社員のコメントの中から、特に会社を良くしたいと思う“当事者としての指摘”をそれぞれに抽出し、みんなで突き合わせて問題の根に分け入った。そして、社員の問題意識の根っこにある“会社が抱える問題”を特定し、「経営にしか解決できない課題」を見いだすための議論を重ねていった。

その結果、設定された課題は、大きく2つ。

1. 人の成長に対する投資ができていない
2. 進化の方向性を示せていない(=十分に伝わっていない)

経営チームは、これを「TEAMサーベイを受け、経営陣がするべきこと」として3つのアクションプランに落とし込んだ。

どういう状態になれば「実現できた」と言えるのか? 課題を実行する3つのアクションプランの推進

2023年度上期の方針に組み込まれたアクションプランは、事業・人・文化領域の3つである。

1.進化の方向性を軸にした具体的な将来戦略と道筋の仮説「選択と集中」
2.人の成長を支援する仕組み〈求める人財像〉
3.1と2を実現するために「本音の対話」を組織文化にする

期首訓示の資料には、「もっと良い会社にしたい、皆さんの声は決して無駄にしない!」という経営からのメッセージも入れた。

さらに、この3つのアクションプランのゴールを設定するため、「どういう状態になれば『実現できた』と言えるのか?」を具体的に考える議論が続いている。

「本音の対話を組織文化にする」を実現する姿とは?(例)
・仲の良いケンカができる(思ったことが言える)
・面従腹背がなくなる
・事前会議がなくなる
・報告や共有は会議ではなく日常のコミュニケ―ションでできるようになる
・自由な意見が出る
・仕事や会社の将来に関する社員同士の日常会話が活発になる
・めざす姿、軸が共有できて論点がブレない
・役割が自覚され衆知を集める会話ができる  など

これが大事だと役員の総意で言葉にしたら、次は言行一致で、役員自身が実行、体現していく努力をする。そこもまた一人ひとりの腹落ちと試行錯誤のプロセスだから、チームで意見や知恵を出し合って模索する議論が続いていく。

このように、経営が描いためざす姿に向かう道筋は、まず経営陣がその意味や目的を問い直し、「軸」となるパラダイムやエッセンスを腹に落として共有することから始まる。そして、めざす姿に近づくための課題創造、実行の道筋となる方針設定や施策立案にも、「何のため?」「とは何か?」の問いにもとづく議論を重ねて「軸」を通す。社員を巻き込むエネルギーを高めるためには、ここの議論に胆力が必要だ。
こうしたプロセスを体験しながら、役員は少しずつ「軸」にコミットする当事者、チームになっていく。いわゆる“軸のぶれない経営”の実行、“魂の入った変革推進”と言われるものに近づいていくのである。