3 場を拓く事務局 ~「経営」と「現場」が互いに近づく一歩

多忙な経営陣が変革課題を創造・実行・検証しながら議論を続けていくために、欠かせないのが「事務局」の存在である。本音の対話による議論の進展と、そこで同時進行する経営チームビルディングの成否は「事務局」にかかっているといっても過言ではないだろう。

役員オフサイトのエンジンになる事務局

役員オフサイトに向けては、まず事務局体制がつくられた。前社長時代から役員オフサイトに関わる総務部長と、経営企画担当になった内山さんがスタッフ部門で連携していくための核になり、そこに社員4人を加えた6人体制である。この事務局が毎回のコーディネートをするスコラ・コンサルトのプロセスデザイナーと相談しながら、一緒に場の運営をしていく。議論の時間は、毎月1回、午後半日の4時間だ。

事務局といっても、場の段取りや準備、運営・進行や記録などのサポート役だけではない。議論する役員メンバーと同じように、場の目的や大事にする姿勢を共有した上で、社員メンバーも誰かが必ず参加している。そして、場のモードや議論のプロセスを見ながら、次回の議論テーマ、論点などを話し合って準備する。事後には必ず事務局ミーティングを行ない、ふり返りと次の展開を考える。対話の場が“閉じない”ように議論の質や熱を重視し、切れ目のない議論の流れや勢いを維持するためだ。

目的を共有した事務局は、参加する役員と同じように
① やりながら自分たちで考え、試行錯誤しながらプロセスをデザインしていく進め方
② 自分たちも場や議論を良くするために関わる、という当事者としての姿勢
を大事にするメンバーが関わっている。

「まじめにやってくれて、しっかり準備もしてくれて、事務局の人たちからは刺激を受けていますよ、経営陣が。それに応えなきゃと思っていますから。初めは、4時間はちょっと長いんじゃないかという役員の声もあったけど、今はもうあと30分しかないという感じになってきている。彼らの力が動かした部分はあると思いますよ」(錦織)

役員オフサイトは、こうした熱意のある事務局がエンジンになり、一体で噛み合って動いているといえるだろう。

「社員の目」で見る経営陣の議論 ~経営を見る目が他人事ではなくなってくる

事務局の社員4人は、2016年から内山さんがRS事業本部で支援してきたエンパワーメント推進活動(以下、EP推)に関わっているメンバーも含む。

経営企画部RS企画室の三浦有喜(みうら・ゆき)さん、生産・調達・SCM統括センターの押田佳寿(おしだ・かすみ)さんの二人もEP推に関わってきたオフサイトコーディネーター(OC)だ。

内山さんが事務局メンバーにと声をかけたのは、二人が“会社を良くしたいという強い思いと行動力”の持ち主だから。三浦さんは2022年7月から、押田さんは2023年3月から役員オフサイトの事務局メンバーになった。
この二人に事務局への参画を頼んだ理由について、内山さんは「経営と社員のつなぎ役を期待して」と語る。

対話の場づくり、コーディネートをするOCは依頼されて対応することが多いが、EP推としての活動自体は、どこからの指示もなく業務と並行して自発的にやっている。一人でも多くの人に活動の趣旨や目的を理解してもらい、活動を浸透させるための働きかけには苦労も多い。忙しい現場の人たちに意義を理解してもらい、“対話の時間”を取ってもらうのは簡単なことではない。それを自分で選んでやっているのは、思いと行動力の証である。
EP推は、そんなエネルギーを持つ人物が見えやすかった。

“会社を良くしたいという強い思いと行動力”について当人に心当たりはあるのだろうか。
三浦さんはこう話す。
「会社を良くしたいという気持ちは、普通で当たり前だと思うんです。というか、そうあってほしいというのもありますね。一緒に働く仲間として、みんなが楽しく、苦しい人がいたら悩みとか打ち明けてほしいし。そういう気持ちはみんなあるだろうと思っています。でも、最近になって意外と、そう思っても行動できている人が少ないことに気づき始めました」
今はみんな業務量も増えて忙しい。本音の対話のような、めぐりめぐってみんなが良くなっていくような活動はどうしても後回しになっていく。「業務と同じくらい大事にして動ける人はけっこう少ない」と三浦さんは言う。

それが普通だと思ってEP推をやっている二人が普通じゃないから、内山さんの目についたのかもしれない。

現場で対話の場づくりをしているOC経験は、役員オフサイトでも役立っているのだろうか。
立場を離れてフラットな関係で行なうオフサイトの場では「偉いも偉くないも関係ない」と思っているのが三浦さんだ。その上で「役員としてすべきことを腹落ちさせて進めてもらわないと社員は困る」ので、ちゃんと話すべきことを話し、やるべきことがやれるような場づくりを毎回模索しているという。

もう一つは、対話の場で見えてくるそれぞれの個性をどう生かすか、という点。これまでいろんな人をたくさん見てきて、特徴の捉え方や働きかけ方は少しずつ上達してきたと感じ、「役員オフサイトでも個性豊かな人がたくさんいるので、いい意味で力を発揮してもらえるような場をつくれるようにと挑戦中です」

そんな三浦さんは、役員オフサイトで印象的だったこととして、臆面もなく思っていることをサラッと言ってしまう役員の存在を挙げている。
「普通はなかなか言えないじゃないですか。社長の言ってることに対して、よくわからないとか、それは役員同士の共通認識ができてないとか。外から来られた役員の人もよくそういうことを言っているのを見て、ほかの会社ってこういうのが当たり前なのかなと、正直ちょっと衝撃でした。ただ、こういうことを言い合える関係性はすごく重要だなとも思いました」

押田さんの世界も広がっている。役員オフサイトで経営の議論を聞いていると、ふだん自分が仕事をしている職場からは見えない会社の別世界が見えてくる。

「会社って広いんだなと本当に実感していて、勉強になると同時に、一つの会社の中でこれだけ価値観に違いがあるというのは難しいなと。業務の分野も職種も階層も違うとなると、それぞれに正義があって、歩いてきたヒストリーとかやってきたことも一人ひとり違う。そういういろんな価値観を持った人が一つの会社の中にいて、みんなで一つの方向に向かって進んでいかなきゃいけないということを考えると、オフサイトに参加すればするほど体感で難しいなと思います」

「共有」とはよく使う言葉だが、ふだん接している現場の人たちの顔や日常を思い浮かべながら聞いていると、経営陣がやろうとしていることはたいへんだなと押田さんは実感する。共有範囲は最低でも「全社」のように広くなり、共有するものも〈GTSP〉のような大きく多面的であいまいなものになると、なおのこと。現場の社員(もしかしたらOCで苦労した人間)にしかわからない経営の苦労である。

「経営は現場を見ていない」と言うのと同じように、社員も経営の現場を見る機会はめったにない。役員オフサイトの場に入って異世界にふれている二人は、そこで見るもの、知ること、感じることでモヤモヤし始め、新たな悩みを拾っている。