その一方で、つねに後回しになっているかに見えるのがソフト面(人的領域)に対する本格的なアプローチです。特に、風土改革で重視している「社員の経営に対する信頼」という課題については、意外なほどに光が当たっていない印象があります。
「経営に対する信頼」は、自分と会社との距離に大きく関わり、隔たりが生まれると社員エンゲージメントにも影響します。また、仕事を通じて人とチームが安心して働き、成長するために欠かせない重要な要素でもあります。
この経営に対する信頼が低下してしまうと、“不信状態の社員”が会社にもたらす影響は小さくなく、目に見えにくい組織風土の問題となって広い範囲に及びます。ハード面だけに手を打っても、問題の根本には手が届かず、経営と社員との溝は深まるばかりでしょう。
これからの企業にとって、持続的な成長を左右する「人」の価値、経営の人的領域の重要性はますます高まっていきます。「経営に対する信頼/不信」は、会社の土台でありエンジンである「人の状態」と向き合い、経営を変えていくための大事な視点なのです。
INDEX
実行現場の「経営に対する信頼」を回復する
変化・成長のスピードアップと現場との隔たりをどうみるか
日々の仕事に忙殺され、潜在的に改善・改革疲れの現場社員にとって、
さらなる会社の成長や発展に向けた話は、「これ以上また働かせるのか」
と、希望よりも不安や疑念につながりやすい。
世界が認める日本企業の強みの一つに、誠実な仕事や品質向上の文化が根づいた現場力があります。ところが今は、特に自動化や改善活動が当たり前の製造職場などでは、生産性を高めていくと人員が削減され、目標値はどんどん高くなり、残る社員の業務負担はさらに増えてしまう…など、ぎりぎりの人員で現場を回している、人員不足で立ち行かなくなるという企業の話も珍しくありません。現場にいる人たちは心身ともに消耗しているのが実情です。
今の厳しい環境の中で、経営が持続のために新たな事業成長のビジョンを掲げ、その実現に向けて改革のスピードを上げたいと思うとき、実行を担う足下の組織はこうした状態に陥っていると考えたほうがいいでしょう。
この経営と現場との隔たり、温度差は、人手や経験を要する仕事をしている現場層になるほど大きくなり、会社の将来に対する期待や関心は高まるどころか、むしろ経営への不信感が強くなっていきます。
大事なのは、現場が日々の仕事を一生懸命こなしながら〈自分たちはどこまで頑張ればいいのか。どうすれば際限のない目標やノルマから逃れられるのか。会社の成長や発展で自分に何の得があるのか〉と疑問を感じて積み上がっていく「経営に対する不信感」を軽視しないこと。そこには、経営の手元に届く結果データからは読み取れない組織風土の問題(プロセスの欠落)が潜んでいるからです。
数字や取り組みの「結果とプロセス」を一体で見ていく信頼のアプローチ
「不信感」というエンゲージメントの低い状態から出てくるアウトプット、数字や取り組みの結果は、日々の仕事に追われ、余裕のない仕事環境の中から“絞り出された結果”でもあります。言い換えれば、人が意欲や創意や成長の喜びを持ちづらい無機質なプロセスの産物です。
人的な経営領域に立つと、「この結果の中身は会社の将来や成長の実りに結びつくのか?」という問いが重要になってきます。
結果は大切ではあるものの、それだけを求めてしまうと、揺れ動く人の感情や思い、迷いや悩み、気づきや創意工夫などの要素を伴う“生きたプロセス”を排除した、機械的な物事の進め方になります。
じつは、これが人間にとって最大の不信感のもとなのです。
経営が現場からの信頼を回復するには、人的領域の課題に取り組むために必要な人間の本質を理解すること、事実・実態にもとづくことが大切です。結果とプロセスを分離せず、どんな環境であれば人がいきいきと働けるのか、仲間とのつながりや成長実感を持てるのかなど、現場との情報交流で相互理解を深めながら環境づくりを考えていきます。
そうやって環境をつくることで、人の意欲や創意や成長実感を伴う主体的な仕事の仕方、チームの関わり合いなどを通じて人のエネルギーは高まります。考えたり相談したり試したりする中身の充実した仕事のプロセスの中で、自然な創造や創発を起こしながら結果は結実していきます。
それは“孤立して心が離れた社員から絞り出される結果”とは明らかに中身が違うのです。
外部環境が予期せぬ方向へと変化していく今の時代、経営が大きく方向転換の舵を切る、飛躍のために挑戦するステージは必ずやってきます。大きなエネルギーを要するけれども確かな成功の根拠や保証はない、そんな局面であるほど、“どんなプロセスで人の力を生かして進めるか”が実行のカギを握ります。
これからの企業がまだ世の中にないもの、新たな価値を見つけて生み出し続けるためには、社員が経営を信頼し、会社の方針に共感して一緒に進もうという関係性、失敗しながら成功に近づこうという社員の前向きなマインドが欠かせません。不確実性の高い時代は、そういう社員と会社の関係、人のありようを育てる価値観とプロセス(=成長のための環境)を持つことが経営のスピードや自在性を下支えし、後押ししてくれるのです。
信頼される経営をするための経営チーム
なぜ役員同士の関係が「会社と自分との関係」に影響するのか
経営からの方針・施策の内容や展開、折々に聞く経営層の言葉など、社員は直接・間接の情報を通じて意外に経営を見ています。特に敏感に感じ取っているのは、役員個々の価値観や考え方や、役員同士の関係性でしょう。
役員同士がどんな価値観や信念のもとに議論し、大事な情報を共有したり意思決定したりしているか。全体を見ながら協力・連携、相談し合って経営チームとして動けているか。社員にとってそれが気になるのは自部門・職場の全体最適性、問題解決や仕事のしかた、働きやすさのためだけではありません。
社員が自分の人生を考える上で、会社がこの霧がかかったVUCAな環境でどのように針路を取り、難局を乗り越えていけるのか、経営の姿勢や判断の信頼性が自分の将来にも関わるからです。
経営がどんなチームになれば社員は安心し、先の希望が持てるのか
そもそも経営がチームになる目的は何でしょうか?
チームの必要性が高まるのは、経営トップ一人の能力や経験だけでは判断できない難しい環境になったとき。コロナ禍以降ずっと続く環境変化の波を思い浮かべると、地殻変動的に過去の常識が何度もくつがえり、そのつど事態を正しく見極めて経営が確たる見通しをつけること自体が困難になっています。
それは中計にも表れていて、中長期の目標設定・計画をすること自体の難しさ、度重なる修正、環境急変による目標達成の断念などで、ついに廃止の動きも出てきました。計画見直し・修正のたびに振り回される社員の負担感や不信感も、中計のあり方を問う理由の一つになったのではないかと思います。
不確実性が高まるばかりの時代には、環境分析や計画に時間をかけ、正解にこだわっていては変化のスピードについていけず、対応が遅れます。早くアクションを起こすためにはある程度の仮説で試してみることも必要です。同時に、経営が検討すべき要素は今まで以上に複雑多岐になり、判断のための情報、判断すべきこと自体も増えていくため、一人のリーダーの経験や能力だけでは答えを出せなくなりました。
経営トップでさえ正解を持てない中で、スピーディーに質の高い意思決定をする経営体制として経営チームが必要になっているのです。
経営チームは、役員間での上下関係や予定調和の慣習を超え、個々が自分の考えや意見を持った経営の当事者として対等な関係性を築いていることが、周りからの納得や信頼につながります。単に部門・分野の代表として補完し合う関係ではなく、他者の意見を聞き、時には互いの領域にも踏み込んで忌憚のない議論をすることができる。そんな自立した個人同士だからこそ“一人の限界”を超えるチームのメリットが生かせるのです。
経営にも必要な「プロセス」を見る目
ただし、日本の社会は昔から和を重視し、企業には年功序列の長い歴史もあります。企業人はあまり議論を好まない文化の中で育ってきました。そのまま、今まで慣れ親しんできたトップダウン経営からチーム経営にシフトしようとしても、当然、一足飛びには変われません。目的確認やチームビルディングのためのフラットな話し合い、めざす姿を考え抜く議論などの体験的なトレーニングが必要です。
社員が環境変化に合わせてリスキリングなどの新たな学習をするように、経営メンバーも時代の環境や文化にフィットするあり方、人的な領域のマネジメントの価値観や考え方、関係性構築や対話の仕方などを身につけ、人が生きる環境、プロセスをデザインしていくことが必要な時代です。
そうした経営の変化が、経営と社員が共にめざすものに向かうための組織風土づくり、そのプロセスを通じた人づくり・組織づくりにつながっていくのです。
年々増えていく問題・課題に対処する目先のめまぐるしさが“会社のめざす姿”をかき消してしまわないように、働く人たちが失望・委縮して離れてしまわないために、未来を見て経営の価値観やスタイルを変えていく。その第一歩として「経営への信頼を高める」ことは、今日の経営の大事な課題だと思っています。
