アジャイル経営は、常時の経営においても競争力を増す効果につながりますが、今のようなパラダイム転換期には、盛衰を左右する要素と言っても過言ではないのではないでしょうか。自治体であれば2000年前後の地方分権改革の動きがこれに相当すると思われました。
そこで当時をふり返り、首長がいかに組織変革をリードしていたのかについて、私がとらえたポイントを紹介させていただくことにしました。

新しい価値観を基本理念に示し、日々仕事の判断基準とする

三重県で北川正恭知事が就任したのは、地方分権一括法が施行される5年前のことでした。彼はすぐ総合計画の改定に着手して、基本理念に「生活者起点の県政」を明示しました。「真に豊かな生活を求めて努力する一人ひとりの住民」を「生活者」として、「支援していくことを行政の主な目的とする」と定義したのです。
分権時代ならではの価値観を端的に表した理念です。そして知事は、職員にこの理念に則り仕事を見直すよう日々問いかけました。

近年自治体でもMV(ミッション・ビジョン)を設定する動きが出てきています。しかし、その多くが文章を作成する作業に終わってしまっている面は否めません。
より大事なことは、それを日々の仕事の適否を見分ける“判断基準”として組織運営の中で活用することにあるのです。

「何から何へ変えるのか」、思考の殻を破る行動規範を伝える

大事な価値観を理念として打ち出しても、職員は実際に業務をどのように変えればよいのかまではまだイメージできない状態にあります。そこで知事は、従来の仕事のやり方から新しい仕事のやり方へどう変えていけばよいのか、BeforeからAfterへ対比する行動規範にしてわかりやすく伝えていました。

例えば、「前例踏襲、横並びではなく、日本初、日本一をやれ」、「ピンチは、チャンスだ」、「あれもこれもから、あれかこれかへ」などです。これらの標語には、過去の思考パターンを打破することと、新しいチャレンジを生み出すことの二つの要素が含まれています。それゆえ、職員はなぜ変える必要性があるのかを理解するのと同時に、新しい組織の方向性に向けて一歩踏み出す勇気を持つことができました。

対話を通じて一緒に変わる

誰もまだやったことのない未知の課題に取り組むにあたっては、上司も明確な答えを示すことができません。それゆえ、このような先の見えない課題に関して「会議」を開くと、既存の部署や職位、職務分担に基づく発言が出され、できない理由のオンパレードになりがちです。これではせっかくやる気を出して問題提起しても、最初からブレーキがかかり、エンストを起こしてしまうことになるでしょう。

今何が問題かを探り、これから何が課題になるのかを検討する話し合いにおいては、既存の立場や肩書を外して気楽にまじめな話をする「オフサイトミーティング」の方式で実施することが有効です。まずは現場の事実・実態をもとにじっくり事情を聴き合い、背景を理解し合うことから始めます。そうすれば同じ目的を持つ仲間として共感し、共に困る関係になれます。将来どうありたいのか、そのために何ができるかの策も、共に考え合う対話を通じて生み出され、強みを生かし合うチームとして実現度を高めていけるようになるのです。

特に知事と職員との話し合いは、首長とその補助機関として通常は指示・命令を受ける上下関係にあるため、なかなか対話が成り立ちにくいところがあります。それだけに、双方向に思いを語り合えるようになるには、コーディネーターの存在が重要です。

率先する人を増やしていく

三重県が当時取り組んだ行政改革は、仕組みを変えるだけでなく組織全体を変えていくための「行政システム改革」でしたが、北川知事第1期目にはトップダウンの改革にやらされ感が蔓延していました。そこで、2期目になってボトムアップのアプローチを採り入れた「行政システム改革バージョンアップ“率先実行”~みんなで、みずから、みなおす、三重づくり」として、一人ひとりが自ら率先する取組が始まりました。

三重県では、若手職員で構成する「ワーキンググループ」が多く採用されました。この時上司は、「失敗してもいいから、思い切ってやってごらん」とスポンサーシップを発揮したり、最先端の知識や情報を得るために有識者の支援や先進自治体、民間企業、外国への視察など人材育成の環境づくりをバックアップしました。

そして、ワーキングの成果を三役報告した後は、組織としての取り扱いにモードアップさせ、今度はベテランや管理職が中心となって、部署横断のタスクフォース活動として取組を進めていきました。このように政策開発のプロセスに人材開発や組織開発のプロセスを組み入れていくことにより、庁内のいろいろな部署、階層に当事者として関わる人がどんどん増えていきました。

成功は小さく生んで大きくスパイラルアップさせていく

新しい試みは管理部門が企画して一律一斉に組織全体に広げる展開をするよりも、小さな部分でやり始めるほうが、着手しやすく失敗してもリスクが小さく済みます。「朝令暮改でいいじゃないか」との知事のメッセージは、失敗してもそこから学んで修正すればいいという組織の包容力を増し、「あそこでできたなら、自分たちもやってみよう」と自発的な動きを増やすことにつながっていきました。

例えば、課の壁をなくす施設のワンフロア化や階層を減らす人事のフラット化も、三重県では生活部という一部署が率先して自分たちにベストな働き方を考えて試行した結果、全庁の仕組み改革に広がったものです。また、最も古い体質を持った農業政策の生活改良普及員がNPO推進室に異動して、日本初のNPO条例を制定したことが、あらゆる政策分野で協働取組を取り入れるもとになりました。

また、これらの成功事例を知事が外部に発信すれば、報道で取り上げられ、実施した職員にスポットライトが当たります。他団体から視察を受け、発表する機会を重ねると、職員は自信をつけ、次のチャレンジに意欲を増して臨むようになります。好循環が回り始めて組織力が底上げされていくようでした。

 

これら5つのポイントは、ピーター・センゲ著の『学習する組織』にある5つの学習領域「共有ビジョン」「メンタルモデル」「チーム学習」「自己マスタリー」「システム思考」に当てはまります。それは、組織における変革は、トップダウンとボトムアップを連携し、新しい方向を自分事としてとらえたメンバーが、共に向き合う対話から、チームを築いて自ら変わる試行をし、成功体験を積み重ねながら、部署や階層、組織を越えて連鎖、波及して進んでいくプロセスの特性を持っているからだと思います。

先行きが不透明で不確実な今という時代における大きなパラダイム転換の中、組織では今後の方向性を見出すことすら容易ではなくなっているのかもしれません。また、一つひとつの変革には速度やイノベーションが求められています。
AIが瞬時に策を提示してくれる分、人にはこれまでの経験を超えて、よりフラットに人と関わり、組織を越えて多機関、他地域と共に学び、共創するプロセスから、多様性を活かし合って柔軟かつ俊敏に変革を実現していくことが求められていくのだと思います。

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