病室で看護婦さんとオフサイトミーティング

まだ冬の寒さが残る二月下旬のことです。携帯電話が鳴ったので出てみると、「お久しぶりです。○○です(以下、文中でYさんと表示)」と、聞き憶えのある声が聞こえてきました。ただ、その声の主のことを思い出すのに、一瞬間が必要でした。それは、私がYさんの組織の風土改革の取組みを支援していたのは、もう4年近く前のことだったからです。

「お久しぶりです。お元気ですか」

私は、普通に会話を始めました。するとYさんは「いやぁ、それがちょっとね。健康診断でひっかかりまして、今入院中なんですよ」声の明るさからはそんなことを想像もできず、とまどってしまった私にYさんは、自分の病名と、もう半年以上入院していること、今は回復傾向にあり、春には退院できる見込みがでてきたことを知らせてくれました。そして、続けてこんな話を始めました。

「実は、元吉さんから以前教えてもらったオフサイトミーティングを、先日看護師さんたちと一緒に私の病室でやったんですよ」
それは、思いもかけない報告でした。

「え!? 病院で、看護師さんと、オフサイトミーティングですか?」
少し驚いて聞き返してみると、Yさんは淡々と、でも、少し心をウキウキさせている様子で語り続けます。

「長く入院していると、お医者さんや看護師さんには、本当にお世話になり、感謝することばかりです。何かお礼をと思ってみても、規則があって金品は一切受け取ってくれません。そこで、私に何かできることはないかと考え、『看護師長さんチームの風通しがよくなるミーティングをしてみませんか』と提案しました。看護師さんたちの仕事ぶりは多忙で、以前看護師長さんが自分たちの仕事の目的を互いに確認したり、どうしたらよりうまくできるかなどについてチームでゆっくり話をする機会も持てないでいると話されていたからです。看護師長さんは、『みんなが素顔で本音を語り合える場なら、ぜひお願いします』と言ってくれたのです」

「より楽しい職場に」を目的にフリートーク

「病室でオフサイトミーティングをされたのですよね」
私には、まだよく状況がつかめません。

「えぇ、私の病室です。担当科の看護師さん十数名の内7人が、昼勤務の引き継ぎが終わる時間に丸椅子を持って集まって来てくれました。事前に看護師長さんと相談して、メンバーがお互いの気持ちを理解し合えるよう、テーマを設けずフリートークにしましょうということにしていました。そこで、最初に『同じ働くなら、より楽しい職場にしましょう』という、この場の目的を掲げました。そして自分が一番うれしく感じるときや困ってしまうときなど『実は聞いてほしいけど普段話せていないこと』を正直に語ってくださいと、私からお願いしてオフサイトミーティングを始めたのです。
患者である私がベッドに座ってこのような場を開くのですから、看護師さんにとっては前代未聞のことだったでしょうね。笑いあり、同感の声あり、参加者それぞれに収穫があったようでした。翌日参加された看護師さんからは、『昨日は楽しかった、ありがとう』とお礼の言葉をもらいました」

話をお聞きしながら、私は驚くばかりで、思わずYさんが病人であることをすっかり忘れてしまっていました。

「看護師さんチームは、新人からベテランまでが、三交替で勤務しています。誰とパートナーになっても気心が通じ合うチームになっているかどうかが大切で、それが緊急時の対応に影響を及ぼします。ですから、師長さんは、看護師さんたちの気心が通じ合えたことをとても喜んでおられました」

この電話の後、半月ほどして私は、Yさんの病室を訪ねる機会を持つことができました。少しゆったりとした個室で、部屋にはオルゴールが置いてありました。そのオルゴールはYさんの手作りのものでした。

「オフサイトミーティングのとき、飲み物やお菓子があると本当はよかったんですけどね。お菓子代わりのオルゴールだったのかもしれません」

「相手を信じる、納得できるまで聞く、素顔で語る」重要性

私は、Yさんのやさしさにあふれた場がどんなものだったのか、思いを巡らせていました。
そしてこの訪問の1カ月後に、Yさんから病室で一緒に撮った写真とともに、退院のお知らせが届きました。お便りには、「退院のとき、廊下の角を曲がるまで看護師さん全員が手を振ってくださったことが本当に嬉しかった」と、しめくくられていました。

私たちはいつも無意識のうちに、看護師さんは患者さんを看護するという一方通行で関係をとらえてしまっているようです。でも、患者さんもまた看護師さんを見守り、ケアしている存在なのだということに改めて気づかされました。
病院の医療行為では、医師と看護師と患者が信頼関係で結ばれていることが、治療効果に大きな違いを生みだすようです。それは患者さんが医療・看護チームに心を開き、積極的に病気と向き合う気持ちになるかどうかが分かれ道で、そこにたどり着くためには、看護師さんからの優しく粘り強いアプローチが必要です。そして、患者さんが心を開くようになると、医師・看護師さんのモチベーションも高まってきます。
ただ、三者のコミュニケーションを良くすることが大事なことはわかっていても、効果的な手を打てるほど現場には余裕がないのが実態です。

「相手を信じること、納得できるまで聞くこと、素顔で語る(医師や看護師にもそうなってもらうこと)の重要性は、一般の職場以上に緊迫感が伴っていると感じました。医療の現場は本当に厳しい真剣勝負の連続です」

Yさんの生命を支えてきた対話の実践に、私は、長い冬を乗り越えてきた力強さと迎えた春の暖かさを感じ、胸があつくなりました。