ここでは、半世紀以上の歴史を持つゴルフ場運営会社、鹿沼カントリー倶楽部の総支配人と若手フロントスタッフによる「脱属人化とノウハウ継承」の取り組みを取り上げてみたい。

取り組みのポイントは「ベテランの仕事を引き継ぐ」ではなく、「大事にしたい仕事文化の基盤の上に、新たな文化を花開かせる若手を育てる」こと。
先輩の経験から「何をするか、どうやるか」の知識を得るだけでは、今の社会やビジネスの状況に応じて個々が考え、柔軟な対応をしていく実戦力にはつながらない。

鹿沼カントリー倶楽部の若手スタッフは、総支配人が接客で実践している「関係づくりのポイント」を言語化し、さらに自分たちがベテランの仕事にトライしてみる体験によって成長することで、ノウハウ継承の壁を越えようとしている。

未経験の若手スタッフに「伝統のサービス」を託すには

ゴルフ漫画「風の大地」の舞台にもなっている栃木県の鹿沼カントリー倶楽部(以下、鹿沼CC)。年間10万人以上が訪れ、45ホールを有する県内随一のゴルフ場は、コンディションのいい高速グリーンのコースが自慢だ。
2004年に民事再生を経験し、以来「お客様に『また来たい』と思ってもらえるゴルフ場」をめざして、ホスピタリティに力を入れてきた。

鹿沼CCが掲げるのは、「ヒューマンサービスでダントツ!」。当倶楽部の顔であり、みんなにお母さん的存在として慕われている米谷彰子総支配人を中心に、フロントスタッフは、堅苦しくなりすぎない、心地よい接客サービスに力を入れている。

その一方で、他のサービス業と同様に、ゴルフ場も機械化やIT化による効率化の動きが加速している。鹿沼CCでも、自動精算機を使えばフロントに寄らずともスピーディーにチェックアウトができるようになった。

米谷さんは、時代の流れとして無人化による施設の利便性向上は必要だと思っている。しかし、半面ではどこか疑問を感じていた。
「お客様は単にコースを回るだけではなく、スコアが良かったり悪かったり、いろいろな気持ちを抱えてクラブハウスに戻ってくる。その気持ちを誰かと話して噛みしめることもなく、ただ黙って帰るというのは、私たちのめざすゴルフ場の光景なのだろうか」

そこで始めたのが、お客様一人ひとりのお見送り。今までフロント内にとどまって電話応対や事務作業をしていたスタッフが、フロアに出て、お客様への声がけやお見送りをするようにした。
お客様とリアルに接したスタッフは、「いつもネットの口コミはチェックしていましたが、お客様から直接ダメ出しやお褒めの言葉をいただくことは、接客を見直したり、ゴルフ場を良くしていくために大切だと感じた」という。

同時に米谷さんが抱えたのが、サービス人材をどう育てるかという問題である。
どうすれば、接客経験のない若いスタッフが「ダントツ」レベルのサービスを身につけることができるだろうか。

米谷さんは倶楽部が民事再生という厳しい局面を乗り越える際、営業チームのリーダーとして最前線で会員やお客様と真正面から向き合ってきた。世代を超えて事業を継続することの難しさを身をもって理解しているだけに、支配人になってからは「若手の人材育成をしっかりやりたい」と思っていた。

この課題に対して、米谷さんは、ITを活用して業務の効率化を進めると同時に、若手がどんどん新しいことに挑戦して成長する組織にするため「ベテランの経験・スキルに頼る属人化した接客対応から脱却したい」と考え、栃木県が主催するチームイノベーション実践プログラムに参加することを決めた。県内のサービス産業を対象に、ITも活用しながら商品・サービスの革新に取り組む9か月間のプログラムである。

「めざす姿」に向かうための行動指針と目標を持つ

メンバーは「ヒューマンサービスでダントツ!」を実現するために、まず基本の行動指針となる「10か条」をつくることから始めた。
10か条のレベル感は、メンバーが決めた。一足飛びにダントツレベルのやり方を追うのではなく、まず自分が試せる範囲で“大事だと思う行動”をやってみて、お客様の反応や手ごたえを得ながらステップアップしていく進み方である。

その先にある、めざす姿は“米谷さんの接客”。
「誰と誰が組めば楽しくラウンドできそうかがすぐわかる」というほど会員一人ひとりの特徴を把握し、会員同士がつながることで、ゴルフを通じてお客様の人生がより豊かになればと、磨き抜かれてきたスタイルだ。
長年の営業で顧客と気持ちの通い合う関係性を築いてきた米谷さんの接客こそが、鹿沼CCのフロントスタッフにとってはわかりやすい「ダントツ」のイメージであり、めざす指標になった。

若手スタッフは普段から、米谷さんのふるまいをよく観察している。
時としてスタッフに厳しい指摘をすることもあるが、その行動には、常に「お客様にとって心地のいい時間を提供したい」という信念が見て取れる。
米谷さんの接客の奥にある“関係づくりのポイント”を頭に置きながら、メンバーは、日常的に見聞きして大事だなと思った基本姿勢や行動を拾い出した。
たとえば、「笑顔」「明るい」「必ず名前を呼んで挨拶に行く」「物怖じしない」「聞き上手」「お客様の喜ぶことをどんどん形にする」「言うべきことは言う」などである。

そこから、メンバーと米谷さんが目標として決めた、信頼されるベテランにしかできない「会員権販売ができるようになること」に向けて、具体的な行動がイメージしやすいような10か条にまとめていった。

これ以降、若手スタッフは日常業務においても、この10か条を意識して行動を変えようとしている。
「お客様に名前を覚えてもらいたい」「笑顔で帰ってもらいたい」と、素直な自分発の目標を持てたことで、先輩から学ぶ、お客様から学ぶ、という若手スタッフの姿勢や観察力はさらに磨かれていく。
基本に持つ10か条をはじめ、足りないものを取り入れるばかりではなく、内に持つものが発揮できるようになったことでやりがいも高まった。

「やってみる」トライで実戦感覚を学ぶ

行動指針に加えて、お客様のニーズや状況に柔軟な対応をしていくためには、個々が考えて動く実戦感覚を実際に味わってみる必要がある。
そこで、若手が挑戦したのが「ゴルフ会員権の販売」である。

従来、高額商品であるゴルフ会員権は、経験ある一部のベテラン社員のみが取り扱える商品だった。しかし、鹿沼CCの従業員の年齢構成はひょうたん型で、そのベテランの仕事を継ぐのは、いきなり若手になる。そうした内部でのノウハウ継承に加えて、会員のほうでも高齢化が進んでいる。若い世代に客層を広げ、時代に合った若い感覚や文化で次の世代のファンをつくっていくことは、経営の差し迫った課題でもあった。

米谷さんは、できるだけ早いタイミングで、この会員権販売を若手スタッフも担えるようにしたいと思っていた。

まずは座学で、会員権および会員権ビジネスの基本についてベテランから学んでいく。教えるのは、会員推進部の神山新一部長。穴埋め問題も交えながら、初心者にもわかりやすいお手製の資料で勉強会を行なった。
若手の面々は会員権販売の商談にも積極的に同席し、米谷さんやベテランセールスメンバーのやりとりから、施設案内の仕方やセールストークを学んでいった。最終的には、ロールプレイで実戦に近い形のトレーニングを積み重ねていく。

その結果、2年目、3年目のスタッフが会員権の契約を取れるまでになった。
最初は緊張したし、まだまだ足りないところはあるけど「お客様が『頑張ってね』と応援してくれました」「『最初の契約者になれて嬉しい』と言ってもらえました」と、メンバーは目を輝かせる。倶楽部への信頼を背に頑張る若手を応援してくれるお客様も少なくない。

「信頼される仕事」を文化としてつないでいく

近年の傾向として、組織が若手社員を大事に育てようとするあまり、リスクを伴う難しいことにチャレンジさせる機会が減っていると感じることがある。

鹿沼CCでは、プログラムを通じて、若手社員が自分たちの感覚を生かしてトライする仕事の機会を積極的につくっていった。SNSでの情報発信のほか、売店の商品構成・陳列・POP作成なども若手社員が責任をもって行なっている。

米谷さんはこれらのトライにもフィードバックを欠かさず、ていねいなフォローを行なっている。こうした幅広い実戦機会の提供は若手を急速に成長させる環境になっている。

フロントの若手スタッフたちは、次なる目標として「ファン500人計画」を掲げている。お客様の名前を覚え、お客様からも名前を覚えてもらう。そういう顔の見えるお客様を500人つくろうという取り組みである。
最初は100人ちょっとだった人も、200人、300人と着実に顔なじみのお客様を増やしている。500人計画が達成される頃には、さらに「ヒューマンサービスでダントツ!」に近づいているだろう。

最近になって、プログラムに参加していた若手スタッフが、4月入社の新入社員に業務内容の研修を行なっているという連絡があった。
ベテランの米谷さん、神山さんが大事にしてきた経験知、仕事の姿勢や行動を若手スタッフに引き継いだように、若手スタッフもまた後輩に「信頼される仕事」を伝えていく。
こうして回り始めた組織の学習サイクルに乗って、鹿沼CCの大事にしたい仕事の文化も引き継がれていく。