企業にとって改革の外部支援導入となれば、多くの場合は慎重になります。そんな時、「こうすればこうなる」と結果を保証しきれない取り組みに対して、「わからないけどやってみよう」と可能性を信じて決められること自体が、すでに、安全圏から一歩踏み出す挑戦の始まりなのだという実感があったのです。
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【A社の事例】不安だったけど「やってみて」安心した
国内市場では圧倒的なシェアを持つ大手製造業のA社で、ボードメンバーと部長層のオフサイトミーティングをお手伝いした際の話です。
A社では、そもそもコンサルティング会社を活用した経験があまりなく、私たちのことも知らない状態で「オフサイトミーティングをやってみてはどうか」と社内で検討されていました。事務局を担当する人事部の人から最初に問い合わせがあった時、オフサイトミーティングとはどんなものか、費用対効果をどう考えるのかなど、経営陣との間でかなりの時間を費やして真剣な意見交換をしてきたと聞きました。
私たちもできるだけイメージと実際のズレがないように「何のために、何をどんなふうにやるか」を説明し、資料を提供したりしましたが、実施前にオフサイトミーティング単体での効果を約束したり、数値換算で根拠を示すことなどは困難です。結局、「大事そうではあるが、本当に大丈夫なのかという不安はある」という状態でのゴーサインになりました。
オフサイトミーティングの当日、冒頭で「最初にひとりひと言、『今の気持ち』をどうぞ」と促した時のボードメンバーSさんの言葉がそれを物語っています。
「今ですか? えーっと、とても不安な気持ちです」と心境を率直に述べつつ、「しかし、我々は変わっていかなくてはならないし、変化していくためにはこれまでやったことのないことにも取り組まなくてならないのだから、まずやってみようと思って、ここに来ています」と、決意に至った経緯が語られました。
初回のオフサイトミーティングのテーマは「ジブンガタリ」。部長とボードメンバーがそれぞれの子ども時代のこと、人生の転機とその時の選択、そして、その自分が今、会社や仕事に対して感じている“モヤモヤや問題意識”を語り、聞き合いました。
この回の終了時、Sさんは「今の気持ち」を次のように語っています。
「こんなことを話したことはなかったし、他のみんなのジブンガタリを聞いてみて、長いつき合いの方、新しく中途で来られた方のことも今まで以上にわかった気がします。そして、お互いにかなり近い問題意識を持っていたことが確認できて、これから一緒に仕事をしていく上でたいへん役に立ったと思います。不安は完全になくなりました」
不安だったけど、やってみた。実際にやってみたら、安心と対話のプロセスの意味がよくわかった。
こういう気持ちを誠実に口にする方々と一緒の時間を過ごしながら、「あらかじめ明示できないこと」や「データや文字で表すことが難しいもの」であっても、「体験すればわかるもの」の雄弁さを、私はあらためて強く実感したのでした。
A社はその後、オフサイトミーティングを上手に使いこなしながら、部長級以上の層でタテとヨコの結束を強めつつ、ひじょうに野心的な成長戦略への挑戦をスタートしています。その最初の挑戦が、じつは「不安だけど、やってみよう」という決断にあったのではないかと私は思います。
「不安だけど、やってみる」のか「不安だし、よくわからないからやめておく」のか。この心の姿勢の違いがその先にもたらすものの差は本当に大きい、と感じた事例です。
【B社の事例】わかりにくいけど、取り組んでみたい
もう一つは、右肩上がりで成長を続けるIT企業B社でのこと。
部門の部課長全員に対して「組織開発」の入門編のようなプログラムをお願いしたいという依頼を受けて、情報提供と対話体験の場を実施しました。
プロセス重視の「組織開発」や「風土改革」は、その会社の業種特性や固有の歴史、社風、経営のミッションや市場環境を踏まえて、そこにいる当事者の人たちの思いや状態を見ながら進めていくという特徴があります。標準メニューを一律に課せばなんとかなる、というものではありません。
経験的に形式知化された進め方などの情報は提供しますが、実際に人が関わる実践面の具体的なHOWについては、重要なポイント、陥りやすい失敗などの情報が中心です。
さらにいえば、効果を確実に狙える手法、唯一絶対の正解はないこと、あくまで自分たちの意思で進んでいく試行錯誤のプロセスを体験しながら変わること自体が組織開発になっていく、ということを私は場の冒頭で一生懸命に伝えました。
その場には、課長、部長と合わせて数十人が参加していました。私は話をしながら、私の目を見てうなずいたり、天を仰いだりといったリアクションが目につく方が二人いらっしゃるなあ、と思っていました。
せっかくなので、セッションの最後に二人を指名して感想を話してもらったのですが、会が終わったあとに「じつはマイクを向けていただいた二人は、たまたま私の部下でして」と本部長が声をかけてくださいました。
後日、私はこの本部長と部下の部長お二人から、この本部でオフサイトミーティングの取り組みを始めるための相談を受けることになります。
「先日はありがとうございました。社内でのアンケートでは参加者のほとんどが『勉強になった』『組織開発は大事だと思った』と回答したようです。でも、実際に動き始めるにはまだまだハードルがあると感じる人がほとんどではないかと思います。『それなら、まずうちからやってみようか』と思って」というのが本部長の第一声でした。
あらためて現状や問題意識などを聞きながら、私からも具体的な始め方や場の設定や内容について説明し、“実際にオフサイトミーティングを始めるとしたら”というイメージづくりのために意見交換をしていきました。そして、向こう3カ月間の大きな流れのイメージができたあたりで、本部長は笑顔になって決断します。
「この意見交換で『組織開発』はとても重要で、とても意味がありそうだというのがほぼ確信に変わりました。でも、私も含めて、うちのメンバーが本当に変わっていくのかどうかという効果に関していえば、『組織開発』というのは、やっぱりやってみなくてはわからないということもよくわかりました。それならやっぱりやってみよう、という感じですね」
心あるリーダーが浮かび上がる、心ある会社の組織文化
やってみなくてはわからないことなのだから、まずはやってみよう。
つい先日まで、スコラ・コンサルトのことも、組織開発も風土改革も知らなかった人がこのように考え、実践しようとしている。そのことに私はちょっとした感動と“同盟者意識”のようなものを感じて、思わず言葉が出ました。
「やってみないとわからないことはやらない、という選択をする人も多い中、やってみないとわからないことはやってみようという、そのスタンスを私たちは『プロセス型』と呼んで、まさに新しいパラダイム、価値観の一つだと思っています」
すると本部長はちょっと驚いたように、「そうなんですね。私はこのスタンスでずっと“変人扱い”されてきました」と、笑いながら言いました。
やってみないとわからないことをやってみる。この考え方を「変だ」と不備、不完全に感じるパラダイム、価値観は、企業だけではなく社会全体でもまだまだ支配的な気がします。綿密に計画し、その通りに実行することで、確実に結果を得る。それは取り組みの対象や条件が固定できる場合にはとても有効な、理に適った近代的な考え方だと思います。
しかし、もう一方で、経験したことのないテーマの新規事業のように、従来のアプローチ方法では対応しきれないものも現実にはたくさんある、とするのが真に科学的なものの見方ではないかと思います。
より複雑化する課題、変化する環境下での未来については「あらかじめ見通して、すべてを詳細には計画できない」不確実な要素がたくさんあります。同様に、人の感覚・感情を伴う創造やエンゲージメントのような「わかりにくいけど、とても大切そうなもの」も無数にあるのではないかと思います。
そういったものを簡単に切り捨てず、学べば変えられるかもしれないと考え、可能性として何とか扱おうとするのが、変化の時代に必要なオープンマインドのスタンスではないでしょうか。
たまたま出会った2社の方々と接する中で、未知のものを試してみようと考える「“心あるリーダー”がいる“心ある会社”」には、“人”の可能性に希望が持てる何かがあると、私は強く思いました。
長年“変人扱い”されてきたというB社の本部長は、組織の常識とは違っていても、自分なりに大事だと感じることを大切にして仕事や人生に向き合ってきたのだろうと思います。そして、そういう人を本部長に据えた会社にも、言葉にならない何か“大切にしたいもの”があったということではないでしょうか。
最初に取り上げたA社でも、ボードメンバーは不安を持ちながらもオフサイトミーティングに取り組み始め、それを主体的に活用するようになっていきました。新しいものを取り入れて変わることにつなげたいという柔軟な態度は、A社が長い歴史を持ち、国内トップの地位を不動のものにしてきた老舗の優良企業であることと無縁ではないと感じます。
理念や哲学といった、明確な形になっていなくても“これは大切にしよう”というものが共有されている。それが「やってみないとわからない」という局面に立った時に、「やらない」のか、「やってみる」のか、挑戦の態度を分ける組織文化なのかもしれない、と私は感じています。
