そこで、私が参加者に「役割を持つと発言が活発になるんですね」と言ったところ、「それはそうです。私たちは役人なので」と答えが返ってきました。つまり「役人」とは「役があると遂行する人」という意味です。この言葉は、行政職員の方々の一つの側面を見事に表現しているものだとそれから思うようになりました。

機械のように組織を運営してきた経緯と現状

よくよく考えると、行政職員の方々は国や首長が決めた方針や施策を確実に執行するのがミッションなので、例え自分自身が違う考えを持っていたとしても基本的には定められたミッションに従うしかないという構造になっています。
この構造のもとでは、自分自身の意見を持ち、表現することより、上位方針を確実に執行できるように手段を考えること、動くことが求められます。企業でも多かれ少なかれこの構造はあるのですが、行政組織にはより強く役割を果たすことが求められているのだと思います。

この構造を企業では、産業革命以降の工業化社会に築き上げてきました。組織を機械のように見立て、全体がうまく動くように機能に分割し、その機能に当てはめられた人はその機能をきちんと果たせるようにして働くという構造です。これを機械論的組織観にもとづく組織運営と言います。したがって、働く人は部品となり、その部品は役割をきちんと果たしていないとほかの部品に取り換えられるか、指導という名の修理をされるのです。
これに加えて日本では、本来持つ縦社会の風土や平成時代の効率化や目先の成果を強く求められる風潮が加わりました。それによって企業では、一人ひとりがきちんと目に見える成果を出さなくてはいけない雰囲気になっていったのです。行政組織に言い換えると、一人ひとりがきちんと役割を果たさないといけない風潮が強くなっていったのだと思います。

その結果、現状はどうなっているかというと、組織内で一人ひとりの孤立化が増え、組織間の壁も強くなっています。仕事ができる人とできない人が二極化し始め、仕事ができる人に大きな負担がのしかかる状況を生んでいます。組織内の助けあいや意思疎通が弱くなったため、分断のしわ寄せを特定の個人が受けることになっているのです。

組織の自然治癒力であるコミュニケーション

(1)の状況下になってやっと人々は“組織”に関心を持つようになってきました。つまり、どうやったらバラバラになった人と人をつなぐことができるのか、違いのある人同士が協働できるようになるのか、という人間の集まりとしてとらえた組織への関心です。その証拠に組織に関する本がすごく増えましたし、売れています。

組織をよくするために多くの人がフォーカスするのがコミュニケーションです。直感的に多くの人は組織にとってコミュニケーションが大事だとわかっています。しかし、面倒だし、心の痛みを伴う可能性を感じるので、できるだけ避けようとします。その一つが仕組みや仕掛けでどうにかしようとするアプローチです。しかし、どちらも最終的にはコミュニケーションが必要になってきます。病気や怪我をして手術した後も最終的にはその人が持つ自然治癒力がないと完治しないのと一緒というわけです。

感情交流を重視した対話

コミュニケーションには2種類の交流があります。役割交流と感情交流です。役割交流とは、役割同士で必要なコミュニケーションをとることです。感情交流は、人間同士の情緒的な交流のことです。
役割を分けて効率化を進めていった結果、役割交流は過多になりましたが、感情交流が少なくなり、人間関係がギクシャクしています。これら2種類の交流をバランスよく行なうことが組織でも大事なのです。

感情交流は目に見える成果に直結しないため省かれがちですが、こういった交流をする時間を意図的に生み出すことが組織運営にとって今必要なことだと思っています。生活や遊びも「ひとり」を重視する方向に進んでいます。それはそれで、世間や周りを優先してきた日本人にとっては「自分を大事にする」という大切なプロセスかもしれません。

しかし、その延長線上に、自分の考えや感じていることを大切にしながら、相手の考えや感じていることも大切にする、双方向に人と人がコミュニケーションをとっていくことを私は「対話」と呼んでいるのですが、この力を個人も組織も身につけていかなければ今の局面を乗り越えていけないのではないでしょうか。

特に行政組織は政策分野が広く、役割分担も専門性の違いも多くあるため、困難度は高いと思いますが、働いているのはやはり人です。人が幸せに働いていくには、対話という観点を抜きにしては
人の価値観が多様化していく時代に対応していけないと思うのです。そう感じ、自分の周りで「対話」の場が少しでも増えていくことを願って、このコラムをしめたいと思います。