なぜ企画者の思いは空回りするのか

よくある家族の風景、私にも記憶があります。
父が行きたいレストランに強引に連れて行かれて、母と私と妹はため息しか出ないことが何度かありました。当時は、そんな父に対して文句ばかり言っていましたが、「なぜ父はそこまでして行きたかったのか」については聞けないままでした。

私が家族のために旅行を計画したこともありました。
事前の準備が大変であるほど旅行を成功させたい気持ちが強くなり、旅の間も自分そっちのけで家族のおもてなしをしました。しかし、家族にはそれがまったく伝わりません。「こんなに頑張っているのに何でわかってもらえないんだろう」と脱力したのを覚えています。

やろうとしていることを「わかってもらえない」、一生懸命やっているのに「成果が出ない」、どうしてうまくいかないのか「自分でもわからない」。
会議でもミーティングでも、イベントでも、1on1でも、人と一緒に何かの「場」を企画・実行する時、自分としては頑張っているのにうまくいかないことがあります。皆さんも、そのような経験はありませんか?

当事者が一生懸命になるほど欠落する視点

人間は、一人で頑張ろうとするほど強みに集中し、自分が精通し得意にしていること、大切にしていること、責任を感じていることに傾注するあまり、「死角」ができてしまいます。しかし、自分ではそれに気づきにくいもの。
そんな「死角」を「多角」に変えて、早い段階で視野を広げることができたら、もっと自分が楽になり、仕事やチームもうまくいくのではないか。

そのようなことを漠然と考えていた時、たまたま同僚が昔から使っていた、進行役・参加者・スポンサーの3者視点でバランスよく場づくりを考えるためのフレームに出会いました。
「これは自分で自分の死角に気づくのに有効かもしれない」と感じ、以来、自分なりにそれをアレンジして活用しているのが〈思いの三角レンズ〉です。

 

 

 

 

 

 

 


「場」を企画する前に使います。

●「関係する3者」の未整理な思いを書き出します。
●3つの思いの重なりに「何のためにやるのか(目的)」を置きます。
「どうやるか(HOW)」を考えるのは、そのあとです。

これは、企画者が何かの「場」を企画・実行しようとする時、「どんな場づくりをすればうまくいくだろうか」と、場の全体像や目的を考える上で役立つものだと思っています。場に関係する3者の立場から状況や問題意識を理解し、それぞれの思いを重ねた全体感を持ちながら場づくりを考えていく、思考のガイドのようなものといえばいいでしょうか。

〈思いの三角レンズ〉で見えてくる3つの死角

通常、組織で何かの「場」を企画する時、上司(もしくは会社)、企画者、参加者という立場や役割の異なる3者が関わっています。その3者それぞれに見ている現実や問題、思いや感情は異なるものです。
ところが、これまで会社を良くする取り組みに情熱をもって関わるメンバーと場づくりをめぐる話し合いをしてきて、気づいたのは、ほとんどの人が3者のうち2者の立場にフォーカスし、残る1者の立場の視点が抜けていることでした。3つ目は、多くの場合、死角になりやすいのです。

この企画段階で生じる死角によって、視野(考える範囲)が偏り、場づくりやコーディネートがバランスを欠いたままだと、話し合いの場はエネルギーを失ってしまいます。深まり広がっていくはずの話し合いが行き詰まるだけではなく、それに続く実行面でも足を取られることになります。
それは企画者にとって、不本意な結果でしょう。

以下に、よく見られる「3つの死角」と行き詰まりのパターンを取り上げてみます。

1.熱い人が、はまりがちな死角

企画者の熱い思いに呼応して、参加者はどんどん盛り上がるが…

自部署のチームワークの悪さを懸念する人が同僚に声をかけ、対話の場を企画してコーディネートするが、上司との目的共有ができていないケース

メンバー同士は、抱えていたモヤモヤを語り合い、「そんなことが起きていたのか」と相互理解が進む。参加者からは好評で手応えを感じるが、「この場の成果は?」「時間対効果は?」という上司からの質問にはうまく答えられない。会社の方向性とのつながりもうまく説明できない。その結果、取り組みをストップすることになる――。そんな話を現場でよく聞きます。

思いの熱さは人としての魅力のひとつ、企画を動かす原動力にもなります。
その一方で、熱さが強く出れば出るほど、上司の存在や会社の方向性が「死角」になり、組織的な理解や応援が得られないという結果に。「いい取り組みなのに、なぜ続けられないのか」と、企画者の胸には悔しい気持ちが残ります。

2.やさしい人が、はまりがちな死角

上司の意向と参加者の思いを大切にして企画し、最初のうちはうまくいくが…

対話の場を続けていくうちに、上司(もしくは会社)からの要求と参加者の要望との板挟みになり、企画者が疲れてしまう。調整に振り回され、企画者自身が次第に目的を見失っていくケース

たとえば、若手の離職を懸念する上司から「若手を元気にしてほしい」とリクエストがあり、中堅クラスの社員が若手のイベントなどを企画する。若手は同世代同士でつながったり、思っていることを言い合える機会を得て、だんだん元気になっていく。その様子を見て上司も満足する。
しかし、中堅社員にとっては「本業もあるのに、いつまでやればいいんだろうか」「若手は元気になったけど、こっちは元気が出ないよ」と、企画そのものが重荷になっていく。

会社のために、若手のために一生懸命になれる「やさしさ」は、この中堅社員の強みなのですが、それが強く出れば出るほど、「自分はどうしたいのか」という自身の思いが「死角」になってしまうのです。

3.責任感が強い人が、はまりがちな死角

事務局に指名され、会社にとって必要というスタンスでの企画は上司から後押しされるが、参加者の心は離れていく…

上司や会社から指示があり、事務局に任命された責任感から意思を持って企画し、フォーマルな場にはなるが、進めていくうちに参加者が冷めて、思いが抜けてしまうケース

企画側にとっては「会社のためになること」でも、参加者側が「なぜ自分たちがこれをやるのだろう」と感じていると、対話が活性化せず、面従腹背のような状態になったりする。継続的に実施する場合は参加率がだんだん下がるなど、思うような効果が得られず、「会社のためになることなのに、なぜうまくいかないんだろう」と企画者は首をかしげることになる。

たとえば、ビジョン浸透や新人事制度、DX導入など、会社の重点課題を推進する時、事務局が説明会や研修の場を企画します。目的も構成もしっかり押さえられて完成度が高く、上司からも「よく考えられた企画だ」と評価される内容。しかし、いざ実施してみると参加者の温度が上がらず、実行の意欲や関心も低いまま。会社のために目的を理解し、責任を持って動くのがスタッフ部門の企画者の強みなのですが、その強みが強く出れば出るほど、「参加者はどう感じているのか」という視点が「死角」になってしまいます。

机上だけでは得られない「多角的な視点」

家族旅行も仕事も、一人では完結しません。
企画・実行の前には立ち止まって、「私は今、どの立場を大切にしていて、どの立場が見えていないのか?」と自分に問いかける。そして、3つの立場から全体や目的を多角的に考え、自分の死角になっているかもしれない視点や要素を加える。
見えない面は想像だけで埋めずに、その人のところに生の情報を取りに行き、「今何を感じ、何をめざし、どうありたいか」などの思いや考えを受け止めておくことが大事です。

これまで、場づくりに関わる多くのメンバーと一緒に〈思いの三角レンズ〉をやってきて、思った以上に手ごたえを感じています。
「これは企画だけではなく、営業の現場でも使えますね」
「参加者の視点を加えて構成を考えるようにしたら、活気がなかった月次会議で発言が出てくるようになりました」
「上司から対話の場づくりの応援をもらえるようになりました」
などの嬉しい声もたくさん聞かせてもらっています。

ただ机上で考えるだけではなく、見えていない立場の人に対しては足を運んで直接やりとりをする。そんな対話型の習慣や感覚を育ててくれる〈思いの三角レンズ〉は、人と協力して何かをやろうとしているすべての人にとって、地味だけれども頼りになるフォーマットだと思っています。