自然豊かな水辺・水際と職場の〈コミュニケーションの水際〉

だんだん夏が近づくと、川辺や磯など、水際が恋しくなりませんか?
ホタルが幼虫から成虫となって翔び交う川面。トンボも水辺があってこそヤゴから羽化して翔び立っていけます。自然豊かな水辺・水際は、生物にとって絶好の繁殖の聖域です。
しかし、なぜ多くの生物がここに集まるのでしょう? その秘密を、動植物の生態系調査に詳しく、ビオトープの専門家でもある農学博士に聴いてみました。すると「水際に彼らが集まるのは、そこが多様性豊かで植物や虫にとって何より魅力的な場だからだ」というのです。なるほど、水辺・水際の「場」が活況を呈するためのキーワードは、〈多様性〉と〈魅力〉なんですね。

このような自然の営みに接するにつけ、ついつい思い巡らすことがあります。
日本の国際競争力がナンバーワンと呼ばれた時代から失墜して久しい昨今の状況には、様々な理由が議論されています。もちろん、これといった証拠があるわけではないし、極論過ぎるのかもしれないのですが、もしかすると、明治9年の太政官達に始まった「土曜半休」…いわゆる「半ドン」という“公私”の線引きのあいまいな〈水際〉の場の消滅もその要因の一つではないか…と。

当時は、国際比較でもめざましく残業時間の多い日本企業なりに、なんとか就業時間の帳尻を合わせて、会社も学校も欧米スタイルの「週休二日制」に漸次移行し、その結果、職場と家庭との“護岸工事”が竣工してしまいました。働くことと生活・人生の営みとが分断されてしまったのです。(もちろん、週休二日制は職場と家庭のワークライフバランスの充実に貢献していますが)。
こうして、企業内での更なる効率的な働き方を求められる中、職場サークル活動の消滅に見られるような、職場の〈コミュニケーションの水際〉の多くは…正確に申しますと「週休二日制」開始ではなく、「半ドン」撤廃とほぼ一緒に壊滅してしまいました。

ちょうど学生時代の部活のように、休日前の解放された気分で、仲間と一緒に心ゆくまで語り合ったり自主研究やサークル活動に没頭できる土曜半ドンは、わくわくする「社会人の放課後」でした。業務とプライベートの区別なく、気持ちの求めるままに仕事を楽しむ創造的なあいまいゾーンには、本音の心情があふれ、普段聞けない話が飛び交い、そこで培われた信頼関係が組織の基盤を強くもしたのです。

職場と個人をつなぐコミュニケーションが失われると、メンタル面は言うに及ばず組織には様々な問題が生じてきます。今日、多くの企業で人と人とがふれあうコミュニケーションを見直そうとする動きがあるのは、自然の水辺や水際が激減したその代替場として〈ビオトープ〉が設けられるのと同じように、職場にも、競争力ある日本的経営を支える〈コミュニケーションの水際〉を創出しようという、自然の摂理に適った動きと言えるのかもしれません。

『MIZUGIWAイニシアティブ』

ささやかなことですが、私が実践している一つの例をご紹介します。

実は、この5月末で9回目を数えた「九州省エネさろん」。省エネを推進する立場の「お困りチーム」、省エネビジネスで当事者を支援する「お助けチーム」、省エネ補助金など制度を提供する国や自治体の「仕組みチーム」、省エネ技術者集団の「専門家チーム」の四つ巴でオフサイトミーティングを重ね、解決策のナレッジをしぼり出すのです。
ミーティング前に「心をリセット」すべく、理解ある禅師に毎回お願いして「心の省エネ椅子坐禅」を開始し、場の魅力は倍増です。
懇親会まで含めると5時間以上にわたるこのセッションは、特に技術力の団塊の世代が去った大企業にとって魅力は大きく、この〈水際〉は多様性豊かな異業種交流の魅力もあいまって、毎回大変好評をいただけるようになってきました。

このような〈水際〉を創ったところで、実は目先の得にはなりません。仕事として誰も評価する人はいません。でも、共感して集う方々の笑顔が何よりの報酬です。そこに感じられる内面的な魅力は“信頼を土台とした敬意と感謝”を相互に感じあえる、ということかもしれません。

自然の摂理を信じ、私たちは勇気をもって『MIZUGIWAイニシアティブ』を掲げ、できるところから<水際>を創っていきたいと思います。きっとムダな壁づくりや壁壊しのためのエネルギーは淘汰され、歯車のきしみ音はいつしか消えて、ナチュラルなコミュニケーションサイクルが廻り始める…そんな、せせらぎのような爽やかな〈水際〉の音を、私は人の集まるいろいろな場所で聴き続けていきたい。
職場の至る所に〈コミュニケーションの水際〉が生まれることで、おのずと日本らしい経営力が再びたくましさを育み備え、国際競争力が高まってほしいものです。

Nothing venture, nothing win!(身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ)

蓮尾 紀博