全社レベルの目標や課題は誰が考えるのか

転職時にいちばん心配したのは、役員からの抵抗でした。その会社で長く働いている役員にとって、突然、落下傘のように外部からトップがやってきて、上に立つことになるのです。また、私自身、仕事への思い入れはあっても、その会社の事業に対してはまったくの素人でした。そんな社長についてきてくれるのか、抵抗する役員によって社内が分断されてしまったりはしないか、そういった心配をしていました。

でも実際に入社してみると、役員はみな温厚でまじめで仕事熱心、経営状況の説明も私からの質問にも実に丁寧に対応してくれました。
ひと安心して、いい会社だなと思っていましたが、しばらくすると違和感をもち始めている自分がいました。たとえば、全社の中期目標や年度目標の進捗について報告する月次会議で、その目標や課題がまったく進んでいない報告がされます。その会議は、部長以上の管理職が集まっているのですが、遅れの事情説明も、対応案も出てこないのです。

不思議に思って役員に聞くと、「それは会社の考えることですから、私たちは社長からの指示があれば動きます。早く指示を出してください。部下もみな困っていますから」と言われてしまったのです。役員や社員にとって、全社レベルの目標や課題は社長が考えるものであって、自分たちはその指示に対して動くのだと、当然のように捉えられていたのでした。

実は前の社長は、とても優秀で行動力のある方でした。ひとりで事業を立ち上げ、広げてこられました。だから、仕事の詳細まで誰よりも熟知し、細かな指示を役員や社員に出して動かすマネジメントをしていました。また、役員が積極的に自分で考えて行動したことに対し、社長は「勝手に動くな」ときつく叱ることも多々ありました。必然的に彼らは、自分で考えて仕事をすることはなくなっていったのでしょう。役員がそうですから、管理職、社員も同じように動きます。

そんな会社のようすを知り、私も同じようなマネジメントをしなくてはと細かい指示を出し、精力的に動き回りました。宮沢賢治の「雨ニモマケズ…」のように、西に東に走り回ってしました。その詩を額に入れて、社長室に飾って毎日見ていました。

仕事はどんどん増えます。役員間のもめごとの調整や、社員への細かい施策の説明まで自分でやっていました。日々、エンドレスの皿回しをしているような感覚です。何かおかしいと感じてはいましたが、社長として自分は一生懸命やっているし、部下は背中を見てついてきてくれると信じていました。ところが、とうとう体調を崩して入院してしまったのです。

「自分は、何がいけなかったのだろうか」
過去はふり返らないタイプですが、このときばかりは病院のベッドで、社長になってからの一年間のことを考えていました。考えてみれば、入院も、こんなに何もしないゆっくりした時間を持ったのも初めてでした。

この貴重な時間で思い至ったのは、「会社は、社長一人では動かない。役員たちに助けてもらわなければ、会社を動かすことはできない」ということでした。
自分は、役員と仕事について十分聞いたり、質問したり、一緒に考えてきただろうか。役員に、自分はどのような役割を期待していたのだろうか。役員は、社長である自分の役割をどのように考えているか聞いたことがあっただろうか。

もちろん答えは「ノー」でした。
私にとって役員は、自分のコマとして指示どおりに動いてくれればいい存在でした。今思えば恥ずかしい限りですが、自分は役員よりもできる人間であり、役員は私の指示で動いてくれればいい、と本当に思い込んでいたのです。だから「どうして社長である自分がこんなことまで指示しなくては、役員は動かないのか」「役員同士で話し合って、相談し合って意見を出してくれないのか」などと内心不満に思いながらも、距離をおいて、指示・命令を出していました。でも、考えてみれば、私自身が役員とそのような話し合いをしていないではないか。そのことに、ようやく気づいたのです。

その後は、会議でも立ち話でも、まずは相手の話を聴き、自分の意見はできるだけわかりやすく説明をするように努力しました。すぐに変化があったわけではなく、もちろん仕事の成果に即結びつくようなことはありません。でも、対話の量が増えるにつれ、役員たちは「ちょっといいですか」と私の部屋に来て、気になる仕事の話をしてくれるようになりました。仕事がらみの雑談も多くなってきました。以前はあった、話を始める時の固さもなくなってきました。

役員の役割とは何か

ある程度対話ができるようになってきたので、思い切って「役員の役割とは何だろう」ということをテーマに、話し合うことを提案しました。もちろん人によって解釈は違いますし、正解はありません。でも、対話を繰り返しながらみんなでこのテーマを考え、一人ひとりが自分の言葉で話せるようになればいいと思ったのです。
このような対話を繰り返し、役員はこれまで、自分の役割は何なのかを考える機会もなくトップに聞くこともできずにいたこと、それでも会社のためにがんばってくれていたことを改めて感じました。そして時間がたつにつれ、役員から全社的な視点での発言が出てくるようになりました。私と役員間だけでなく、役員と部下との間も対話が明らかに増えていきました。
「もっと早くこのことに気がつけば」と悔しい感もありましたが、「まだ遅くはない。これから、会社が変わっていけばいいのだ」と自分に言い聞かせ、対話を続けていったのです。

過去の私がそうであったように、役員にもっと考えてほしい、と思いながらも、指示・命令を出し続けているトップの方も多いのではないでしょうか。そんな方は、たとえば次のようなテーマから、役員との対話を始めることもいいのでは、と思います。

・自分たちの行動はお客様のためになっているだろうか。
・お客様のためになる役員とは何だろう。
・自分たちの行動は社員を働きやすくしているだろうか。
・社員を働きやすくする役員とは何だろう。

「忙しいのに、そんな青臭い議論はしていられない」「何年も役員をやっているのだから、今さらそんなことはわかっている」そういった声も出るかもしれません。でも、「役員とは何か」という素朴な問いは、意外に答えづらいもの。まずは、役員のみなさんと一緒に対話を繰り返し、少なくとも20時間くらいをかけて、このテーマを話し合ってみてください。きっと、何かが変わってきます。