協働の着眼点

このような事態に対して、農林水産省は今年、「フード・コミュニケーション・プロジェクト」を立ち上げました。食品事業者がみずからの創意工夫を通じて「食」に対する消費者の信頼を向上していこうという取組みです。
そこでは、多様なステークホルダーが、食品事業者の行動を評価する際に「協働の着眼点」と呼ばれる視点を共有して、コミュニケーションの活性化を図り、食品事業者の行動を「見える化」しようとしています。また、国は、防止策としての規制強化ではなく、協働関係が進めやすくなる環境を整える役割を担っています。これによってサプライチェーンの中で食品事業者がどんな努力をしているのかが見えるようになれば、消費者をはじめ関係者からの信頼を取り戻していく可能性も高まるでしょう。
消費者ニーズが高まり、ますます情報化が進んでいく時代を背景に、製造業者から卸売業者、小売業者から消費者までが業種・業態を越えて相互に働きかけ、関わり合うことを通じて信頼を築いていく、新たな挑戦が始まろうとしています。

コミュニケーションツールとなる共通言語を持つ

このような取組みの必要性は、身近な職場の中にも存在します。
今日の企業のオフィスワークでは、インターネットやイントラなどの情報環境が整って、流れる情報の量も劇的に増大し、スピードも加速しています。しかし、情報を処理する人の能力が同じように増大しているのかというと、もはや情報量のほうが人間の能力をはるかに越えるものになっていると言えるでしょう。これは、企業のどの階層の人と話していても必ず出てくる問題です。
一日で数百件にも及ぶメールを受け取る現場責任者は「メール、メールで気が滅入る」と重い心境を語り、上司は「CCの宛先に上司を入れておけば報告したことになっている」と部下のそっけなさに閉口し、部下は部下で「上司は他部署から来た難題を転送キー一つで押しつけてくる」とぼやいています。すぐそばにいる職場の中でさえ、メンバー間で信頼のバランスが崩れ始めているのです。
どんなに機械化という便利な手段を得ても、機械には代替できない人にしかできない本来のコミュニケーションがあるはずです。それが低下しているという重大な問題が今起こっているのだと思えます。

情報には、事実を伝える一次情報とそれを補足・加工した2次情報とがありますが、多くの場合、事実は伝えられても、「なぜそうなったのか」までを伝えることは困難なものです。この背景を理解し合うためには、顔を合わせて対話をすることが不可欠です。相手の顔を見ながら話を聞くことで、「実際のところはどうなんだろう」という疑心暗鬼や、「相手もわかっているはずだ」という思い込みが消えて、後の大きなすれ違いを防ぐことができるようになります。

ただし、立場の異なる者同士が互いに関わり合おうとするとき、その背景を理解し合うことは決して容易ではありません。
けれど、先に述べた食に関する問題のように、多様なステークホルダーの間であったとしても、「消費者の信頼を高める」といった同じ目的を共有する、「協働の着眼点」のようにコミュニケーションツールとなる共通言語を持つことができれば、互いの認識のギャップが見えるようになります。そこが見えるようになってはじめて、それを埋めるために歩み寄ろうと「働きかけ」を始めていくことができるのだと思います。

「社会人基礎力を考える」

「社会人基礎力を考える」という共通テーマのコラムを、数回にわたってお届けします。
現場で変革を支援するプロセスデザイナーの視点から、「社会人基礎力」といわれる能力が発揮されるためには何が必要なのか、それらの能力はどのようなかたちで現われてくるのか、などを考えていきたいと思います。

「社会人基礎力」の意味(柴田昌治 2008年5月)
なぜ「社会人基礎力」が大事なのか(柴田昌治 2008年6月)
どうすれば社員の主体性を引き出せるのか(山科雅弘 2008年7月)
日常の現場の「実践」で身につける(高木穣 2008年8月)
「ストレスコントロール力」マネジメントとストレス
~人と仕事を、どんな価値観で結び合わせるか~(簑原麻穂 2008年9月)

ネットワークのなかで「自分」と「仲間」が働き合って生まれる力 (若山修 2008年10月)