第3回 サイボウズは本当に「いい会社」なのか【ビジョン・戦略編】

組織運営は「意外と普通」ですが、簡単そうに見えて実は難しいことを実践しているサイボウズ。それができる背景には、きっと心が突き動かされる目的があるはず!「サイボウズは何をめざしているのか」をビジョンと戦略の観点で探っていきます。

10年前から多様な働き方に取り組む

「働き方改革」が話題になっていますが、なかでもサイボウズは多様な働き方を実現した先進的な企業として注目されています。しかし、10年ほど前は高い離職率に悩み、複数の事業が統一性なく存在していて、社員の意識もバラバラな状態でした。

しかし、2007年の合宿で、グループウェアに事業を絞ることと多様な個性を重視した経営をするという方向性が決まったことなどを通して危機から脱出。グループウェアとチームワークには親和性があったことから、「チームワークあふれる社会を創る」ことを理念とし、その後は一体感をもって邁進してきました。(青野慶久氏著「チームのことだけ、考えた。」などから)

サイボウズの山田理(おさむ)副社長が当時を振り返り、「原点回帰で従業員や家族の幸せを追求したら、時代が追いついて先進的と受け取られている」とインタビューで語っていたのが印象的です。

事業ビジョンは壮大

多様な働き方で注目されがちなサイボウズですが、事業や組織形態のビジョンはかなり壮大です。私は「ハーバード・ビジネス・レビュー読者と考える『働きたくなる会社』とは」で、青野社長と山田副社長のディスカッションを聴いたとき「一見ぶっ飛んだ発想だが本質を捉えている」と感じました。

国内だけを考えれば安定軌道に入っているのかもしれませんが、彼らは世界中でグループウェアが使われることやチームワークを溢れさせることをめざしています。グループウェア機能も持っているマイクロソフトやグーグルなどの競合に対しては、「同じやり方では太刀打ちできないので、違うやり方で勝つ術を考えている」と言います。

さらに、IT業界の下請け事業者がサイボウズと組めばメリットを享受できるようにしたいという発想を持ち、業界構造を変える意識で取り組んでいることがわかりました。製品の普及、つまり本業を通じて、ユーザーや自社の従業員のことを考えるだけでなく、業界や社会のことまで考えているサイボウズ。この点では、社会的視点でビジョンを掲げる「創造的組織」のレベルにあると言えるかもしれません。

固定観念を取っ払って組織の形態を考えている

「世の中の役に立つものを、安くてもいいから広めたい」という想いが強く、そのためには、「寄付で成立しているWikipediaのような財団やNPO法人のような組織形態でもよい」と青野社長と山田副社長は語っています。妄想的な話かと思っていたのですが、具体的に検討している資料をインターン中に拝見しました。もしかしたら本当に実現させてしまうかもしれません。

他にも「会社がつぶれても、良いサービスであれば引き継ぐ会社があるはず」と考え、かたちだけの会社の存続には興味がないようです。次世代のことは次世代の人たちで考えてくれればいい、という姿勢も感じられます。どうやら資本主義や株式会社の常識にとらわれず、むしろ仕組みとして活用しようと考えているようです。

一見奇抜なアイデアに見えますが、広い視野で社会のことを考えており、会社の無意味な存続を安易に約束することなく、社員にも自立を促していることはかえって誠実な態度とも言えます。副業も認められているので、つじつまは合っています。

では、このような一見ぶっ飛んだ考え方は、社員にはどう受け止められているのでしょうか。アンケートではビジョンや戦略への共感度が高かったのですが、インタビューでも一部の社員から「保守的な自分の考えを拓いてくれる」「どんどんやってもらって自分も貢献したい」などの感想が聞けました。固定観念を問い直す経営者の姿勢は、社員に受け入れられているようです。

 

合理的に先手を打ってきた

「グループウェアという製品があっただけのブラック企業が、ビジョンや仕組みを構築したことで、ホワイト企業になった」とインタビューで語っていた社員がいます。

10年前に離職率増加や売上停滞、その後の不況があっても、急に収益がなくなるビジネスモデルではなく、キャッシュはあったそうです。また、グループウェア業界は他のITサービスに比べると、スピード感がゆっくりとしていました。そのため、ワークスタイル改革やサービスのクラウド化戦略に耐えられた面があるかもしれません。働き方やチームワークが良いから勝てるのか、勝ったから取り組めたのか?

原因と結果の関係は、山田副社長によれば「どちらかわからない」「利益が出ないときにもワークスタイルやチームワークが大事と言えるかはわからないが、選択肢が広がったときにはそれらを進めていく」とのこと。また、「働き方を変えることは、リスクが少ない割には変化が表れやすい」とも語っています。

私は、安定した環境にあぐらをかく企業をしばしば目にするのですが、サイボウズは「取り組む余裕があるからできる」というシビアな認識を持ちながら、チャンスを合理的に使ってきたのだと感じました。先見の明で取り組んだサイボウズのワークスタイル変革は、世の中の注目を集めました。いまでは、会社のブランド向上が、営業や採用の面で大きな効果を生んでいます。

ビジョンに向かって集約する

サイボウズは、社員の働き方に関しては多様化を実現してきましたが、事業や製品についてはグループウェアの普及というビジョンに沿って「選択と集中」をしました。たくさんの製品を生み出すのではなく、少ない数の製品を長く育てていく事業スタイルで、チームプレイができる人たちが地道に取り組んでいます。

また、10年ほど前は買収した事業を複数抱えていましたが、グループウェアに的を絞ることにしたため売却しています。グループウェア開発の初期フェイズや、サービスをクラウド化する戦略は、青野社長が主導的な役割を担ってきました。社長なので、当然、事業の判断を握っているのですが、その方向性の実現は各部門や各階層に権限移譲され、アレンジして実現していくキーパーソンたちの活躍があってのことだと私は想像します。統制的に行なう部分と自由な裁量を与えるというバランスで結果を出してきたのでしょう。

戦略の良し悪しはさまざまな要因が複合的に絡まっており、部外者は結果を見てから後づけで言っているに過ぎない部分があります。私からは「何が功を奏したか」を安易に言うことはできませんが、めざす姿を決めたあと、実現に向かって当事者たちが試行錯誤でやり続けた結果、現在のサイボウズがあるのだということを今回の研究で実感しました。

現状は整合性がとれている組織

さて、ここまでの研究結果から、サイボウズの現状をまとめてみます。

■統制と自由のバランス
統一的な目的・ビジョンに邁進しています。意外と統制的な要素もありますが、自由でいいところは自由にしてあり、個人や部署ごとのやり方に任されています。結果的にはバランスが良く、社員の人たちも「仕事の中で自分の色を出せる」と肯定的に受け止めているようです。
■「自己革新力」がある
公明正大が重視され、グループウェアも駆使して事実を表に出す習慣があります。議論の中では目的(ビジョンや理想の姿)が問われます。問題があっても自浄作用が働くので、自ら解決する「自己革新力」がある組織といえそうです。
■ビジョンへの共感と多様な距離感
高い理想の実現を前向きにめざす人材が一定の割合で存在していることが、全体の活力につながっています。ビジョンに対しては各自の距離感で関わることが認められているものの、どの立場にいても、より良い状態をめざして貢献することが求められると思います。

現状は、めざしている姿に対して、組織の運営や必要な人材の整合性が取れていると私は感じました。

さらなる飛躍の可能性は?

世界中にグループウェアやチームワークを広めることは、本当にたいへんなことだと推察します。

私自身、グループウェアを通じてチームメンバーとコミュニケーションをとっているときに、「文書作成ソフトやビデオ会議システムをもっとシームレスに使えたらな」と思うことがありますが、実際、マイクロソフトはスカイプやヤマーなどの機能を統合し、グーグルもさまざまな機能のアプリケーションを統合的に備えています。

10年前なら比較的じっくり取り組めたグループウェアに関しても、変化が加速しているように見えます。サイボウズの会議資料の中には上記以外にも競合の動向が記載されているのを目にしました。サイボウズはマイクロソフトやグーグルといった強敵とは違う戦略で勝とうとしています。「勝つ」といっても相手を直接的に「倒す」というよりは、「多様な個性のチームワーク」で「ゆるくても勝ってしまう会社」になるというイメージだと思います。

ぜひサイボウズ的な方法でビジョンを実現してほしいですが、そのための飛躍の可能性はどこにあるのか、次回はそれを考えてみたいと思います。