特に経営陣や管理職が確たる答えを持てない中で、「やってみなければわからないこと」をどう扱っているのか、そのスタンスやアプローチを見るにつけ、強まる思いでもあります。
予測不能な市場環境、世界情勢の中では
あらかじめ物事を正確に予測し、完璧な計画を立てることはできない。
今では、この命題に反対する経営者はさすがにいないでしょう。
そうであるならば、経験にないことに取り組む仕事のしかたとして、
試行錯誤すなわちトライ&エラーが欠かせない。
ここで議論は分かれます。
「トライは必要だけど、エラーは困る」
もちろん、さまざまな経験を積んで経営者となった方々は、失敗することや失敗から学ぶことの重要性についてはご存じです。しかし、いや、だからこそでしょうか。
「自分たちの時代にはまだ余裕があった。今は一つのエラーが致命傷になりかねないほど状況がひっ迫している」
「何も考えないトライからは、いい学びは得られない」
「エラーから学んでくれないと、ただの失敗で終わってしまう。そんなトライは、ないほうがいい」
そんな発言が出てきます。
いずれも切実な悩みであり、葛藤ではあります。しかし、経営陣のこのようなスタンスは管理職を通じて現場にまで行き渡ります。結果として、しばしば目にする、「やってみなければわからないことには手を出さないでおこう」という現場の判断につながってしまうのです。
経営にも不確定な要素がどんどん増えていく時代にあって、どうすれば会社は、現場の挑戦マインドを高め、人が成長し、新しいものが生まれる仕事のしかたに変えていくことができるのでしょうか。
INDEX
チームが主体的に考え動くプロセスには、何が起こるのか?
挑戦は歓迎するけど“結果が読める”アプローチで手堅くやってもらえたら…と上層部が考えがちなのは、不安やリスクに対する懸念のほうが先立つから。そうなってしまう理由の一つに、全体像やゴールが見えないまま「(仮)で、まずやってみる」というやり方に馴染みがないことが挙げられます。
やってみなければわからない試行錯誤を、従来の「結果(アウトプット)と効率」重視の考え方で管理しようとすると、あいまいな部分が多すぎて不安・不満でしかありません。
現場のメンバーが、今まで扱ったことがないテーマに取り組む。そこに何があるかわからないけれど「これを何とかできないか」と思い立ち、ピンときた直感を手がかりに動いてみる……。そこから始まる当事者たちの試行錯誤の過程には、これからの組織にとっての、どんな意味や価値、可能性が見いだせるのでしょうか?
そんなとき私が思い出すのは、ある企業の次世代リーダー育成プログラムで出会ったチームの印象的な動きです。
【現地で実験】マッスルスーツで現場作業をラクにできないか?
次世代リーダーとして将来の重要な経営課題は何かを考える、というスタンダードなプログラムでは、ただ課題を考えるだけでなく、実際に手を動かしてトライしてみる、というプロセスを組み込んでいました。
そのチームが取り組んだのは、現場の実作業を担う協力会社が抱えていた高齢化という問題、多くの業界に共通するテーマです。その会社でも従業員の多くが60代、70代に達し、要員不足は限界に近づきつつありました。
それに対して、チームが考えた対策は、当時、実用化が広がりつつあった「マッスルスーツ」です。採用や教育などの課題は他のチームに任せ、「今、目の前で困っている現場」をなんとかできないかと、作業員が装着して重たいものを動かす作業をアシストするツールの導入を考えたのでした。
本当にそれが解決策になるのかどうか、ある程度の検討を重ねたところで、彼らは「中級レベルのスーツをとにかく買って試してみよう」と決断しました。そして、4着のスーツを買い込み、いくつかの現場をチームで訪ね歩いて、協力会社の作業員4人に装着してもらい、重たいものを持ち上げる実験をしてみたのです。
チームはこの実験結果をプログラムの次の回で発表してくれたのですが、その内容は私にとって本当に楽しく、示唆に富み、忘れがたいものになりました。
まず実験に至った問題意識を述べ、実験に使ったスーツのスペックなどの説明をしたあと、彼らは実験結果を発表しました。
「結果ですが…」と、そこで一呼吸置いてタメをつくり、続けて言いました。「重たいものはスーツを着てもやっぱり重たかったです」
笑顔で話す彼らの言葉にドッと笑いが起こりました。
「今回わかったことは、『持ち上げるのに4人必要なものは、スーツを着ても4人必要』ということです」
「持ち上げた時の体感として、ほんの少しだけ楽にはなるらしいのですが、さすがに3人で持ち上げるのは無理、ということでした」
マッスルスーツが実用化され始めたばかりの頃で、他のメンバーもこの実験には興味津々でしたから、「やっぱりそうだったかあ」「残念だなあ」とさまざまな声が上がりました。
たしかに残念ですが、この実験で「4人必要な作業は、やはり4人必要」ということが「わかった」わけですから、これこそ試行錯誤のもたらす知見であり、重要な発見だ、ということを私はコメントしました。
チームメンバーも、「そうなんです。4人が3人になれば省力化になり、経営効率の点でも高齢化問題の解決の点でも意味があるソリューションになったのですが、今回の実験でそれは難しいという結論を得ました」と応じます。
しかし、それで終わりではありませんでした。
彼らはこう続けたのです。
「でも、代わりに重要なことがわかりました。4人が3人にはならなかったものの、何カ所かの拠点でこの実験を重ねていった結果、協力会社の方々がすごく喜んでくれて。本社の若い社員さんがオレたちのためにこういうことを考えてくれていることがうれしい、と」
「そもそも多くの協力会社の方々は、業務を改善して“自分たちがもっとラクに働くにはどうすればいいか”ということを、これまであまり考えたことがなかったようなのです。今回の試みで『そういうことを自分たちで考えていいんだね』というムードがちょっと醸成されたような気がします」
実験結果が失敗に終わったにもかかわらず、なぜ彼らが晴れ晴れとした表情で発表に臨んでいたのか、その理由が、私にもはっきりとわかった瞬間でした。
不確実性の時代の「試行錯誤」というパラダイムと方法論
~人の成長と関わりがもたらす影響
マッスルスーツの導入で作業員4人が3人にならない以上、外注費削減にはなりません。現場に投入する人数も変わらないとしたら、工期短縮や受注キャパシティ拡大といった全社的な数値の改善という意味では、ほぼ効果がないといっていいでしょう。
しかし、それでもなお、この実験がもたらした価値の大きさに私は感動しました。
「この会社の若手社員はオレたちの身体のことを考えてくれている」
「そうか、こういうふうに自分自身をラクにするようなことを、もっと考えてみてもいいんだな」
使ったお金は実験のために買ったマッスルスーツ4着と、彼らが拠点を回るための交通費だけ。頭で考えているだけではなく、とにかく現場に出て試してみようと彼らが実際に動いてみた結果には、予想もしない波及効果がありました。おおげさにいえば、「人」に対する本社の考え方を伝え、働く人たちの「カイゼン」意識の醸成になったのですから、その費用対効果はとてつもなく大きい、と私には感じられました。
不確実性の時代には「試行錯誤」が不可欠です。試行錯誤の特徴は、事前に結果を予測できないことであり、どんな学びや効果があるかはわかりません。しかし、失敗に終わるにしても成功に終わるにしても、そこには必ず気づきや発見があり、時として想定外の、想定以上の影響や成果をもたらすことがある。
これが試行錯誤のすばらしいところであり、おもしろいところだろうと私は思います。
もちろん、今回の事例のような学びを得るためには、数字だけではつかめない変化や影響を感知するためのアンテナ、感度が試行錯誤するメンバーの中に育っている必要があります。そのためには、オフサイトミーティングのような対話の場を通じて思考回路が開かれていたり、その企業や仕事が大切にする軸を共有している、などの条件も必要でしょう。
しかし、何より大切なのは、経営層や管理職層の価値観、すなわち、
●目標達成だけではなく、そこに至るプロセスから得られるものも成果である
●数値に現れる成果だけでなく、人の気持ちや頭の中に生まれる変化の中にも成果と呼ぶべきものがある
という「ものの見方」ではないかと思います。
こうした価値観に立つ、あるいは転換することが、不確実性の時代に適応していく新たな経営の出発点になるのではないでしょうか。
