ベテラン世代は、個人単位で研鑽を積み、自力で知識や技術を習得してきた人たちです。
若手にも自分と同じようなありかたを、知らず知らずに押しつけてしまいます。
若手はその価値観を受け入れづらく、結果的に生産性が低下したり、優秀な人材が流出したりといった不幸な結果を招いています。

今回のコラムでは、若手の人材流出に悩んでいた医療系専門職の職場で「ある試み」を行なったところ、人材流出が止まり、結果的に生産性もアップした事例を紹介します。
その試みとは、オフサイトミーティング(以下、オフサイト)による「対話」と3人チーム制によるOJTの導入です。
そして次回の後編では3人チーム制がうまくいくための要素として欠かせなかった、オフサイトミーティングの方法について説明します。

なぜ、若手が辞めてしまうのか?

ある時、支援先の医療サービス関連の職場で、前年に専門技術職の若手社員が一気に大量離職してしまう事態があったことを聞きました。
部門を率いる管理職のJさんが、「良い技術者を育てたい」という強い信念のもと若手育成にあたっていたにもかかわらず、です。

Jさんの落胆は大きく、また困惑されていました。
Jさんは、上司、先輩の背中を見て自力で努力し、技術を身につけてきた、まさに職人タイプの方です。
それでいて、同僚やお客さんとのコミュニケーションも大切にしており、バランスの取れた優秀な方でした。
そのため、ご本人は当初、自分に原因があるとはまったく考えていませんでした。

実はこの人材流出のケースは、専門職の現場でよく見かけます。
原因は、ベテランの管理職世代と若手世代との間にある世代間ギャップです。

ベテランたちが新人だった頃は、仕事を教えてくれるような先輩も上司もおらず、見て覚えるのが当たり前でした。
わからないことがあれば自ら先輩に食らいついて質問し、休日は勉強会や学会に参加して自己研鑽も積んできました。
そんなふうに育ってきたベテランは、若手世代が「質問をしてこない」ことにまず困惑します。

「質問をしてこない=だいたいわかっている」のかと思っていたら、突然「辞める」と言い出すのですから、管理職から見ると、理解しがたい状況です。
また、自ら積極的に学び、覚えようとする姿勢は乏しく映り、本を買って勉強することもなければ、積極的にメモも取ろうともしないように見えてしまう。
そんな若手に、ベテランと同じ価値観は通用しないのです。

Jさんは、その後、幹部役員から若手が辞めた原因を「あなたの教え方が厳しく、スパルタ的だったのではないか、部署の文化が新人にとって居心地が悪かったのではないか」などと言われ、大変ショックを受けました。

そこで、今度は若手を褒めて伸ばそうと考えましたが、自部署のベテランたちともども、腫れ物にさわるような指導になってしまい、これでは技術力が上がらないのではないか、という懸念が持ち上がりました。

このような状況を打破するべく、Jさんと私は相談を重ね、結果、「3人チーム制OJT」の導入を決定しました。

対話から生まれた3人チーム制のOJTとは?

3人チーム制OJTとは、ベテラン・中堅・新人でチームを組んでOJTを進める方法です。
「これまでの1対1の徒弟制で物事を教える文化が本当に一番よい指導方法なのだろうか?」と疑いをもったことをきっかけに、対話の中から生まれた手法です。

組織内での1対1の人間関係は、上司と部下、先輩と後輩など、立場の違いが力関係に大きく影響します。
そして、情報の流れは、強い立場から弱い立場への一方通行の伝達になりがちで、逆方向のフィードバックが起こりづらいという問題があります。

たとえば、先輩が説明や指示をするとき、後輩は先輩の言うことが理解できなくても正面から「言っている意味がわかりません」とは言いづらいものです。
なんとか理解しようとして既存の知識を動員してあれこれ考えているうちに時間がたち、聞き返すタイミングを逃します。
「何か質問があればいつでも聞いて」と先輩から親切に言ってもらっても、何を質問してよいのかわからず、基本的な事実や知識も伝わったのか伝わってないかも曖昧なまま。

仮に先輩の言葉の意味が伝わったとしても、「何のためにそれを行なうのか?」という、目的や理由を知りたくなるかもしれません。
そんなとき、「それはなぜ必要なんですか?」「何のためにやるのですか?」と目的を問えばよいのですが、それもまた難しいのです。
「なぜ?」と質問することで、相手を問い詰めているかのようで失礼ではないか?とか、わざわざ説明する負担をかけては申し訳ない、後輩なりに慮っています。
また、先輩に「そんなこともわからないのか」と思われたくない、などという気持ちも働きます。

物事を伝えるためには、このように、わからないことを明確にするための、初歩的な「事実確認」の質問と、まだ言葉になっていない目的や背景を引き出す「深掘り質問」が必要なのです。
しかし、上下関係にある1対1の間柄では、お互いに素直に質問し合うことが意外に難しいという、現実の構造がありました。

そこで、「両者のつなぎ役を置いたらどうか?」と考えました。
「つなぎ役」が先輩と後輩のコミュニケーションを補い、技術伝承の密度が高まることを意図したのです。
こうして、本人とつなぎ役を含めた3人によるチーム制が生まれました。

3人チーム制をどう組むのが、いちばん効き目があるのか?

次に考えるべきは、チーム構成です。
具体的に誰と誰を組み合わせたら、言いにくいことも言いやすそうか、技能を高められそうか、とイメージしてチーム構成を考えました。
その結果、Jさんのような技術力に長けた職人タイプ(父親役)と、チームマネジメントに長けた中堅を新人とのつなぎ役(母親役)として、3人でチームを組むことにしました。

これは、PM理論(※)が説く人物像に似ています。
Pm(左上の領域)に近い人物が父親役、pM(右下の領域)に近い人物が母親役となります。
この2人の組み合わせがチーム制の要となるのです。

※PM理論は、三隅二不二博士がリーダーシップ行動の調査研究により1966年に提唱した理論であり、現在は世界的に広く認められている。

PM理論でいう「成果を上げられ、集団をまとめる力もある」(右上の領域)人は、なかなか実在しません。
2人以上がペアになって、その集団にあったリーダーシップをとるのが、現実的に効果があると、私は考えています。

Jさんはさっそく、中堅スタッフと私との対話で生まれた3人チーム制を実行に移しました。
繁忙期の前に新人に一定の技量が身につくことをめざし、通常、習得まで6カ月かかるレベルの技術について、3カ月という短い期間でOJTを進めました。
実技、3人でのふり返り対話、次の実践というサイクルを丹念に繰り返すのです。

結果、短い期間にもかかわらず、たとえば、専門性を要する検査工程の実施にあたり、それまで1回に35分かかっていたのが、ベテランでも達成が難しい15分でできる新人が現れ始めました。
これは当初の期待を大きく上回る成果であり、期せずして職場の生産性もアップしたことになる、本当に驚くべきものでした。

成功の秘訣は、オフサイトミーティングによる土壌づくりにあり

この実例を読んだみなさんの中には、すぐにでも3人チーム制を導入したいと思われる方がいるかもしれませんが、1点だけ注意点があります。
それは、あらかじめチームメンバーがお互いに話しやすい雰囲気の土壌づくりをしておくことが必須であることです。

Jさんの職場では、この土壌づくりを、オフサイトミーティングを通して行なっていました。オフサイトミーティングとは、「気楽にまじめな話をする」がコンセプトのミーティングです。
このミーティングは、アフター5の飲み会のような、気楽に当たりさわりのない話をする場ではありません。
また、緊張してまじめな話をする、会議のような場でもありません。
オフサイトミーティングは両者の良いところを兼ね備えたミーティングであり、通常の「仕事をこなすための最短モード」からいったん離れて、リラックスした状況で、フラットに本質的な話ができるというメリットがあります。

長めにミーティング時間をとることで、気持ちに余白ができ、お客様のあるある例、本当に大事なポイント、背景として自分たちの仕事が今のかたちとなった経緯や歴史、時には失敗談なども交えながら、仕事の本来の目的や意義がじっくり共有できるのです。

この3人チーム制OJTがはじまる前に、問題意識を持っていた中堅スタッフの2人が始めたオフサイトミーティングがいろいろな人を巻き込み、全部で3回ほど開催されたという流れがあったのです。

1回目のオフサイトミーティングはベテランのみで実施されましたが、2回目と3回目は新人と中堅スタッフとで実施し、Jさんが打ち出した、チームのビジョン(こうなりたいという姿)を共有できていました。
また同時に、「フラットな話合いはいいね!」という土壌を全員で共有することができていました。

3人チーム制OJTがすぐに軌道に乗ったのは、オフサイトミーティングを通じて、フラットでオープンな「対話」の土壌ができていたからにほかなりません。
次回は、あなたの会社でも取り入れられる、オフサイトミーティングの方法を具体的に説明したいと思います。

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