仕事においてはプロでありたいと考えていたHさんは、新人の頃から貪欲に先輩に学んで知識を蓄え、技術力をつけてきました。そこでは人に教わるために“自分から聞く”ことを自身に課していたのでしょう。「若い頃から質問することには抵抗がなかった」とHさんは言います。
同時に、先輩からリアルで教えてもらえる経験、自ら人と関わって学ぶことの大切さも実感してきました。
マニュアルやデータなどが今ほどには整備されておらず、教わった先輩たちの考え方、仕事の手順や技術にも個人差がある中で、Hさんは「そもそも何のためにこの仕事があるのか」と目的を考え、仕事の全体を見渡し、業務に精通するために設備まわりの幅広いノウハウを身につけていきました。
そうやって仕事の基本を自分なりに整え、さらに最善、最適な仕事の仕方を追求して自力で確立していったのです。
現場において知識・経験(暗黙知)、技術力は仕事の要となる要素です。
Hさんは、それを自分だけにとどめず、成長したい後輩、同僚、年上のベテランにも惜しみなく教えてオープンにしてきました。チームで仕事をする製造現場においては、一人ひとりの技術力が高まることが、仕事全体の質的向上につながるからです。
自身の努力によって得たノウハウ、その真髄までを職場に伝えられるのは、メンバーが普段からプロとしてブレないHさんの姿を見て、学ぶ姿勢を持っているからでしょう。言行一致が感じられるリーダーの言葉だからこそ、人に響くものになり、周囲に対する深い影響力になっていきます。
自分には厳しいHさんですが、周りには決して「プロであれ」と声高に言うわけではありません。それでも20代のメンバーの何人かは、言葉こそ違うものの、かつてHさんが先輩の言葉に感じたのと同じような気づきを口にします。
「自分がまだ中途半端だった頃、Hさんに言われた。ちょける(ふざける)のはええけど、仕事ができてからやろ。仕事しに来てるんやから」と。そう言われた時、反発を感じるよりも「その通りだと思った」と言います。
なぜそう思ったのかを聞いてみると、「Hさんは本当に仕事ができる、プロだ。しかも、とても深く広く考えて発言している。そして、今だけでなく先はどうかという目で見て問題意識を持っている」と。
そもそも人としての信頼が大きいのです。だからこそ、言われた側も自分に目を向け、自分自身のあり方を見直すようになるのだと話してくれた人もいました。
どんな仕事であっても、「基礎知識・スキル(=やり方)」だけではなく「何のためにそれをするのか(=目的と全体感)」があってこそ、応用や改善が進んで、やり方も生きたものになっていきます。めざす状態や全体が見えないまま、決められた作業をこなすだけの仕事を続けていると、部分最適になるばかりでなく、成長不安を感じて去っていく人を増やしかねません。